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陸上100mのはなし① ボブ・ヘイズとジム・ハインズ

リオデジャネイロ五輪 陸上男子400mリレーの銀メダリストで、1走を務めたのは山縣亮太。昨季はけがに泣いたが、セイコーホールディングスの所属で、プロ契約ではない一般社員だ。

日本の時計メーカー・セイコーは、東京、札幌、長野の日本で開催された3回の五輪でいずれも公式計時を担った。
特に1964年の東京五輪での功績は高い。
日本政府は当時、国産技術による「科学の五輪」というスローガンを掲げた。
セイコーの技術者たちは各競技のルールを学ぶところから始め、高精度のストップウオッチや、スターターピストルと連動した写真判定装置などを開発した。
東京五輪でボブ・ヘイズ(米国)が、陸上男子100mで金メダルを獲った際の写真判定は目にした方も多いのではないか。

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ところが、2021年の東京五輪で公式計時を担うのはスイスのオメガ社だ。
IOCにはTOPと呼ばれる公式スポンサー制度があり、1つの分野には1社としか契約することができない。
時計はスイスのオメガ社との契約が継続されている。
現在のIOCとオメガ社との契約は2009年に結ばれたもので、2014、16、18、21年までの4回の五輪に製品を提供するというもの。
その総額は8000万ドルという巨額のものだ。

若い人は知らないかもしれないが、陸上競技のタイムの計測には、現在行われている電気計時のほかに手動計時があった。
手動計時とは、簡単に言えば、10分の1秒までしか計測できないストップウオッチで記録を計るものだ。

オメガは1932年のロサンゼルス五輪で、10分の1秒まで計れるストップウオッチを開発し、30個を組織委員会に提供した。
以後、五輪と深くかかわっていく。
1952年のヘルシンキ五輪では、100分の1秒まで計測できるストップウオッチも導入されているが、正式記録は10分の1秒までの手動計時による記録という時代が長く続いた。

東京五輪の陸上競技の記録測定については、諸説ある。
①手動計時による記録が正式なものだが、試験的に使った写真判定装置の電気計時が100分の1秒まで正確に計れることを実証したため、東京以後の五輪では電気計時が正式タイムとなった。
②写真判定装置の電気計時が初めて導入され100分の1秒まで計測された。が、正式記録は10分の1秒までとされた。電気計時の故障に備え、3人の手動計時の記録員がこれまでの五輪同様準備されていた。

東京五輪の100mに優勝したボブ・ヘイズは、『黒い弾丸』という異名をとり、第1レーンを滑走する姿は日本人に強烈な印象を残した。
このときの記録は世界タイの10秒0。
100分の1秒まで計測できる電気計時では10秒06。

この当時、1970年まで陸上競技の全自動電気計時のタイムは、スターターのピストル発射後0.05秒で時計が始動する取り決めがあり、10秒06から0秒05を引き10秒01。
競技規則の換算表によって10秒0と発表された。

3人の記録員の手動で計ったタイムは9秒8、9秒9、9秒9。
限りなく9秒9に近い10秒0であったといえる。
上記の2説の内、①が正しいのであればヘイズの公式記録は9秒9=世界新とされたはずだ。
だが、10秒0となっていることから②が正しいと推測される。

  金 ボブ・ヘイズ 米国 10秒0 (10.06)
  銀 エンリク・フィゲロラ キューバ 10秒2 (10.25)
  銅 ハリー・ジェローム カナダ 10秒2 (10.27)

ちなみにヘイズは1次予選から決勝まで4回100mを走っているが
  1次予選 10秒4 (10.41)
  2次予選 10秒3 (10.37)
  準決勝 9秒9 (9.91) (追い風5.8m参考記録)
  決勝  10秒0 (10.06) (世界タイ記録)

という記録が残っている。

100mで初めて10秒の壁を破ったのは、メキシコ五輪の100mを制するジム・ハインズ。
メキシコ五輪開催の年1968年の6月開催された全米選手権の準決勝だった。
記録は手動計時である。

  準決勝第1組 ①ジム・ハインズ 9秒9 ②ロニー・スミス 9秒9 
  準決勝第2組 ①チャーリー・グリーン 9秒9 

この日ハインズ、スミス、グリーンの3人が手動計時で9秒9の世界新記録を出したとされている。
その年の10月に開催されたメキシコ五輪でもハインズは優勝している。

  金 ジム•ハインズ 米国 9秒9 (9.95)
  銀 レノックス•ミラー ジャマイカ 10秒0 (10.04)
  銅 チャーリー•グリーン 米国 10秒0 (10.07)

1970年になり、全自動電気計時をスタートのピストル発射から0.05秒遅れて始動させる調整は廃止される。
そして1975年1月1日以降、400m以下のレースの世界記録は電気計時と手動計時の2本立てで公認されることになった。このときにジム・ハインズの9秒95が世界記録として公認された。
さらに、1976年8月からは、400m以下の記録は100分の1秒単位の電気計時しか公認されないことになっている。


話をボブ・ヘイズに戻そう。
東京五輪陸上男子100mで金メダルを獲ったボブ・ヘイズは、日本人に強烈な印象を残した。
が、その後の人生は日本ではあまり知られていない。
五輪後ヘイズはNFLのダラス・カウボーイズに入団し、俊足のワイドレシーバーとして活躍した。
東京五輪から7年後1971年28歳の時には、スーパーボウル優勝も経験している。
長い五輪史の中で、金メダルとSB・リングを獲得したのはボブ・ヘイズひとりしかいない。

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