見出し画像

ドアストッパー(ランダムワード小説)

史上最高のドアストッパーと呼ばれた男は、もともと甲子園で腕を鳴らした高校球児だった。地元では彼を知らない人はいなかったし、親戚一同からの自慢の子だった。もちろんプロチームに入って、活躍することを誰もが信じてやまなかったし、本人だってその気でいた。何人ものスカウトマンの名刺を持っていた。こっそりと高級外車のホームページをお気に入り登録していたくらいだ。
しかし、無情にもドラフト会議で彼の名前が呼ばれることはなかった。彼のところにテレビカメラが待機することもなかったし、会議後に携帯電話が鳴り響くこともなかった。残念だったね、という声がけすらなかった。あまりに拍子抜けして、そのまま近くの橋から汚いドブ川に飛び込びそうになったくらいだ。ただ生憎その日は雨が強くて、家を飛び出すのを躊躇した。いっそずぶ濡れになるほうがよかったのかもしれないが、だとしても、慰めの何かが待つ訳でもない。
そんな訳で、突然に就職先を失った高3生はその高いプライドが邪魔して、そのまま卒業前に高校を中退し、行方をくらました。かと思えば、再び町に戻ってきたときには、いわゆるドアストッパーになっていた。それも、中途半端なものではなく、それで生計を立てる、本意気のドアストッパーだった。
ドアストッパーのことをよく知らない人に(あまり多くいるとは思えないが、一応、優しい性格なので)、ドアストッパーの標準的な一日を紹介しよう。
職業的ドアストッパーの朝は早い。ドアストッパーにもよるが、おおよそ6時前には朝食や身支度を終えて、家を出る。暗い夜明け前の冬の朝も同じだ。朝のうちにいくつかのドアをストッピングした後、昼前に軽めの昼食をとる。彼はプロ意識が高いので、小さめのサンドイッチが多い。おにぎりは海苔がこぼれるし、弁当は箸を割る必要がある。その点、サンドイッチはパックを開けて、軽くつまむだけで済む。大体フルーツジュースか、乳酸ドリンクでそれを流し込む。
多くの人の昼休みの時間が、職業的ドアストッパーの繁忙期だ。ドアをストッピングしては、ストッピングする。たまに別のドアストッパーとバッティングするが、初めの1、2年はともかく、二十歳になるころには彼の右に出る者はいなかった。どのドアも、彼が思うようにストッピングできたし、する必要のないドアすらも、彼にストッピングされることを望むようになっていたらしい。
夕方になり、腕時計を確かめると、5時ちょうどにシャッターを下ろした。次の日に備えて、軽い筋トレをして、自宅までジョギングして帰る。酒を飲むことはまずないが、たまに同業者の集まりに顔を出す。トレンドを押さえておく必要があったし、場合によっては新しい面子を前もって潰しておく必要もあった。世の中にドアストッパーという職業はそんなに必要がないからだ。その割にどこで嗅ぎつけてきたか、軽々しく始める者も少なくなかった。
7時のニュースに間に合う時刻には毎日家に着いて、たっぷりの夕食を時間をかけて平らげて、長風呂に入り、爪の手入れをしてから、床に就く。
このような規則正しく、そして取るに足らない一日一日の連続が彼を最高のドアストッパーたらしめるのだ。しかも、ドアストッパーとして一線で活躍し始めてから、十年と経たずに、「史上」最高と称されるようになっていた。
もしかしたら、読者の中には、ドアストッパー、それも職業家としてのドアストッパーの存在に懐疑的な人もいるかもしれない(こんな時代においても)。地方によってはまだその地位は確立されていないところもあるだろう。しかし、彼の一流のドアストッピングを一度でも体験すると、「彼なしで過ごしてきたそれまでの人生」を後悔するとも言われる。
この世界中にドアストッパーは数多いても、彼はたった一人しかいない。巡り会えたとしたら、それは奇跡。ましてや目の前で彼のドアストッピングを体感することができたなら、それはあなたの人生において最も素晴らしい瞬間の一つになるだろう。
何せ、彼は史上最高のドアストッパーなのだから。ドアストッパー史上、最高の。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?