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【プレイレポート】鬼の研究_第1話《猿の怪》_前編

1. 猿と火の神

声がする。
ささやく声がする。
繰り返し、繰り返し、寄せては返す波のように。

――起きなよ
――もう、いい頃合いだよ

そして“それ”はゆるりと目を開けた。

そこが洞穴の中で、そして周囲でキィキィと声をあげたり自分を崇めるようにひれ伏したりしているのは猿どもの群であると“それ”はなぜか瞬時に理解した。

確かに猿の群ではあるが、いかにも奇妙な一団であった。群の首魁ーーというよりは大将といったほうが相応しい大猿は、小札を連ねた鎧のぼろぼろになったものを身体にくくりつけ、腰に荒縄を巻いて太刀を佩いている。もう一体、これまたひときわ身体の大きな猿はひび割れた胴丸鎧を着込み、山刀を背負っている。居並ぶ小猿どもも、きゃあきゃあと声をあげながら、半数ほどは錆びた小刀だの槍の穂先だのを携えている。

枯れ枝がひと山運ばれてくる。猿どもが期待と畏れに満ちた目で凝視してくる。いったい何を――いや――

身体の中で何かが形を成す。熱い。これは――

――やってみなよ
――できるよ

また、目覚めを促したのと同じ声がささやく。導かれるまま、”それ”は身じろぎした。
鎧の残骸を接ぎ合せたような”身体”から、ぼろきれと金属片で細長く形作ったもの――腕――が延びる。指が延びる。その先端めがけて身体の奥から熱い塊が奔(はし)ったかと思うと、指先から炎が噴出する。

ごう、と燃え上がる炎に“それ”は目を細める。そして、燃える炎に向かって伸ばされている自分の指を、腕を、それがついている”胴体”を、その下にある”脚”を、つくづくと眺める。いずれも金属片――ちぎれた鎧とぼろきれをつぎはぎしたものがまといついている。そして、思いのままに動く。そうか、これはおれか。これもおれなのか。

炎に怯える小猿どもをよそに、なんだか嬉しくなって”それ”がくすくすと笑い声をあげたとき…

「われラノてニなリシ、あらタナルかみヨ、コノくもつヲうケ、われラヲまもリ、われラニちからヲあたエたまエ…!」

大将猿が大音声で呼ばわる。応えるように”それ”は、今度はもう一方の、杖を携えた手を掲げる。無造作にも見える動作で構えた杖から破裂音。と同時に、今度は指先からではなく杖の先端から何かが飛び出し、枝の山を弾き飛ばした瞬間、新たな火が燃え上がる。どうやら杖と見えたのは、石火矢、とでも呼べばよいような物騒なからくりであるらしい。

”それ”は心地よさげに唸る。
次々と足元に積み上げられる枯れ枝の山を、燃やせば燃やすほど力が漲ってくる…

大将猿が傍らの、山刀の猿に合図をすると、続いて運ばれてきたのは、何やらのっぺりとした塊だった。縛り上げられているというのに、そいつは放り出された平台の上でもんどり打って跳ねた。
「このやろう、放しやがれ、縄、ほどきやがれ、こんちくしょう‼︎」

ーー威勢がいいなぁ。燃やしてやったら、さぞ、よく踊るだろうなぁ

火を放とうとして、だが、ふと掲げた石火矢を下ろす。

目の前の平台にお膳立てされたものばかりを燃やしているのも芸がない。いくら今、よく跳ねて賑やかだとはいえ、燃えやすそうなものがほんの少ししかついていないのっぺりしたシロモノよりは、目の前の毛むくじゃらな猿どものほうが、よく火がついて、跳ねて、踊るだろうなぁ…

不意を討たれ、大将猿は悲鳴をあげた。さっきまで機嫌良さげに供物を焼いていたかれらの神の火が、いきなり自分に襲いかかってきたのだ。

「なにヲ…!」

あとは獣の咆哮が喉を衝いて出た。転げ回って身体についた火を消し止める。

「はなしガちがウゾ‼」

叫ぶ大将猿の視界の端で、せっかく生贄に据えた人間の子どもが、平台から転がり落ちる。いつの間にか縛り上げた藤蔓も切られている。
裏切りだ、騙されたぞ、ものども、とにかく奴を喰い殺せ。あげた雄叫びは猿の金切り声。火に怯えて逃げ散った小猿たちが慌てて駆け戻ってくる。

ーーああ、にぎやかだなぁ、楽しいなぁ、よく踊るなぁ…!

心の底から嬉しくなって、“それ”は高らかに笑い声を上げた。

火だるまになって跳ね回る猿どもの姿の向こうに、”それ”はいつか、もうひとつの情景を見ている。たくさんの“人間”どもが、高々とそびえる壁の上と下で、大小の石火矢を構えて発砲しあっている。上からの一斉射撃で下の連中がばたばたと倒れる。下の軍勢が据え置き型の巨大な石火矢を持ち出してくる。それが火を噴くと、今度は城壁が大きく崩壊し、籠城側の兵士たちが崩れる壁と一緒に落ちてくる…

ごう、と、さらに炎が膨れ上がり、爆ぜた。

まず、はぜ火が神として崇められているシーンを始めた。
はぜ火がどのようにこの先ふるまうのかをアピールしてもらうため、魔猿の集団と生け贄の少年を登場させる。
プレイヤーのチョモランさんは、用意されたものには敢えて手をつけず、燃やしておもしろそうなものに火を着けるという風に、目覚めたばかりの危険な鉄火の神を演じてくれた。うまい。
猿の不穏さは、動物でありながら人のようにも振舞い、道具を使うところ(『銀牙伝説WEED』の猿編や、『ゴジラvsコング』のアレを思い出せ)。そこで、“武器を使う猿の群れ”という形でモンスターにしてみた。昔話にはたぶんいなかったはず。

DM: D16氏による補足


2. 洞窟を伺うもの

山深い場所にある自然洞窟の多くは、獣たちの隠れ家になっている。小さな野ネズミがいっしんに覗きこんでいるそれも、そのひとつなのであろう。獣臭が漂い、そして耳を澄ませばキィキィと甲高い声が幾重にも重なるのも聞き取れる。

猿だ。
声が大きくなったかと思うと、ひと群の猿が洞窟から飛び出してきた。だがその姿は常の山猿ではない。ちぎれた鎧具足をてんでに身体にゆわえつけ、錆びた刃を構えたり口に咥えたり、そして身ごなしだけは間違いなく猿の一団はあっという間に木に駆け登り、そして梢から梢へ飛び移るようにして何処かへ消えていく。

「あいつら、もう山のものじゃなくなったね」

野ネズミが呟く。

「山のものがしちゃいけない悪さをしすぎた。もう、いけない」

”野ネズミ”はもちろん変化(へんげ)のものである。木の股に生じ、滝の如くなだれ落ちて咲く蘭の精が姿を変じたものである。石斛(せっこく)と呼ばれるその蘭は、医神・少彦名命(スクナヒコナノミコト)の眷属とされ、その精は癒しのわざをよく為すのだった。

ところで、このところ、野焼き山焼きの季節でもないというのに、大火傷を負い、癒しのわざをたよって身を寄せてくる小鳥や栗鼠、鼠たちがことのほか増えた。そして皆が口を揃えて、最近猿どもが妙な知恵をつけ、強い火でもって山火事を起こしてまわっているという。

そこで様子を見に来たら、山のあちこちに奇妙な大火の痕があった。やたらときれいさっぱりと燃え尽きた、奇妙な臭いのする焼け跡、灰を集めた跡。つい最近燃えたばかりらしき場所から続く足跡を辿ってきてみれば、案の定、これだ。

もう一度耳を澄ませた。洞窟の中の猿の声は、聞こえるような聞こえないような、聞こえるとしても、減ったような。

ーー見なきゃ、わからないじゃない。

声に出してつぶやいたかどうか。野ネズミはちょろりと洞窟に。

猿の住む洞穴は、最初はゴブリンの巣穴的なイメージでいたのだけど、途中からは西遊記は孫悟空の本拠地“花果山水簾洞”のイメージが後からついてきた。山中の異界、フェイワイルドにあるダンジョンとしてもおもしろそう。
その場合、魔猿たちの年経り具合でクリーチャーとしての性能を変えたり、他の化生(カワウソやイタチあたりかなあ)が客分としているとかすると、遭遇に幅が出る。
いつだってドルイドの自然の化身は役に立つが、今回のように脳内劇場スタイルのセッションで野外活動多めだと本当に縦横無尽。あと、まったくいじらなくても日本昔ばなし世界にそれっぽくフィットしてくれる。

DM: D16氏による補足



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