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「その少女たちの残酷なまでに青い痛みが僕の胸の中で」 ロスト・カラーズ 第9話



眩しかったの、、、目の前が青くてさ、、、

「ドン」 と音をたててあの娘(こ)が飛んだわ

妹の手から取り上げた人形が飛んで壊れちゃった

なぜか眠ったみたいな顔は奇麗なままだったけど

人形の首と手がプランプランになっちゃって

動かないあの娘を見て笑っちゃったな嬉しくて

*  *  *

少女とは  可愛らしい生き物だ

そして

少女とは  残酷な生き物だ



「理由?あの娘の心臓が欲しかったからよ」


*  *  *


「さて、話を戻そうかな」

「雪ウサギの人」の話を終えたJは、またサトシと再開した時の話に戻った

*  *  *

私の目の前の智が話を終えた時、美雪ちゃんは智にもたれかかるようにして座ったまま眠っていた。

「さあ美雪、起きなさい。そろそろ帰る時間だよ」
「ん。はぁい」

返事をして椅子から降りた美雪ちゃんに、智はコートを着せ帽子を持たせて言った。

「潤。今日は会えてよかった。もう間に合わないかと思っていたから」
「どういう意味なんだ?」と私が聞くと

「1分1秒。1年1日という時間は気がつけばあっという間だ。とくに私には、、、」
「確かに今日は、10年前までの君と過ごした月日が昨日のことのように思えたよ」

そういえば窓の外はいつの間にか暗くなっていた。智の話をじっくりと聞いていたから、にしても時間が経つのが早すぎるようにも思えた。智の話を聞いている間に、昔の記憶がよみがえってきていたからなのか?

いや、何かが違うような感覚だ。「記憶がフィードバックした」というより「記憶がインストールされた」感覚だ。私の脳に直接的に、、、
あの「写真集」を渡され、その表紙を見た瞬間に「それがキーワードだった」かのように、その後の智の話は「智が語った」のではなく「脳に直接入った」のではなかったのか?

そんなことが頭に浮かんだ後に気がつけば、私は窓際に立っていて下を見下ろしていた。
そこは大学の裏門がある通りで黒塗りのハイヤーが止まっていた。運転手らしき黒づくめの男が後部座席のドアを開けていて、そこに美雪ちゃんを乗せている智の姿があった。
私はいつの間に智と美雪ちゃんと別れたのか?別れ際にどんな言葉を交わしたのか?覚えていなかった。何故だ?
すると智はその私の姿を見上げ「右手」を挙げてニコリと笑うと車に乗り込んでいった。
遠くに見えなくなってゆく黒い車を見送っていた時、私は思い出した。

「右手」

私たちは別れ際に握手をしていたんだ。そして、、、


* * *


「サトシの右手は、親友のサトシの右手ではなかった」

Jはそうマオに言い、続けた。

「私の手の親指は他の指より長いんだよ」
そう言いながらJは両手を開いてマオに見せた。

確かにJの手は親指が長かった。両手共に親指が長いというか、手のひらの大きさからすると親指以外の4本の指が短いように思えた。

「実はねサトシも私と同じ親指の長い手をしていたんだよ。だから握手をすると分かるんだ。お互いの親指が長いことが。その手の感覚は、他の人間には分からない私とサトシだけの感覚だった」

「ではあの日、ミユキちゃんを連れてきたサトシは誰だったのか?」

「顔も声も仕草も記憶も全てサトシと同じだったあの男は?」

「どうして私はその事に最後まで気が付かなったのか?」

「もしかしたら、あの日の全てが実体のない私の記憶だったのでは?」

「マオ君。君はどう思うかね?」

「僕は、、、僕にはわかりません、、、」
マオは戸惑いを隠せなかった。
Jの言ったように「何かが違うような感覚」がしていたから。その背中のうぶ毛がぞわぞわと逆立つような感覚。

「見た目が同じ人間でもそれが本人だと証明する手だては記憶だけなんだよ。肉体を構成するDNAではない、記憶の固まりである魂だけなのだ。だが、その記憶が、生まれてから今までの記憶が誰かの手によって全て書き換えられたとしたなら?サトシではない肉体でも魂がサトシだとしたなら?あのサトシはサトシなのだろうか」

Jはそう言った後、脇に置いていたアタッシュケースの中から本のような物を取り出してマオの前に置いて言った
「これは、あの日サトシが私に預けていった須藤大玄の写真集だよ」
マオは身構えた。反射的に。

「大丈夫だ。この本は君の味方だよ」
「味方?ですか?」
「そう、君に害をあたえる存在ではないと言う意味でね」
しかし、まだマオは不安を隠せなかった。

「マオ君。この表紙の写真の風景に見覚えはないかね?」
その不安には気づかないような素振りでJは表紙を指差した。
マオは「その色彩は死んでいるのか」と書かれた表紙のその風景を見たが自分の記憶には無いと思った。

「そのタイトルの左横に、そこに立つ人物が見えないかな?」
Jに言われて見ると、確かにそこに白い服を着た髪の長い女性らしき人物が小さく写っていた。
写真はなだらかな丘の上の真ん中に一本の木が立っていて、画面の左下からそこだけ草が生えていない道がその木の左側を通る緩やかな線を描くように続いていた。そしてその道の途中にその人物は立っていたのだ。それは少女のように見えた。
顔が判別できないくらい小さく写っていたのだが、
マオにはその「少女」の「たたずまい」に見覚えがあるような気がした。
その様子に気がついたJはマオに

「その本の12ページを開いて見るといい。そこにその人物がフォーカスされた写真があるんだよ」

マオはそのJの言葉を聞いた瞬間、反射的に写真集に手をかけページをめくろうとした。
それを開けば「危険だ」と心で思っていても「本能」がページをめくらずにいられない「何かが違う」という感覚の答えがそこにあるはずだという確信がマオの手を動かしていた。

そしてページをめくり開いたそこには、、、

「白い少女」が

あの

「成川有佐」が

そこに

たたずんでいたのだ

マオは左胸を手で押さえて

「アリサ」

そう声に出した

マオの心臓が

「ドクン」

と脈打つ音がした





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