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「追憶の少女」 (前) ロスト・カラーズ第1話



青く、晴れ渡る空

緩やかに流れる川縁、なだらかな斜面に広がるシロツメクサの緑

その緑の斜面を

やさしい風が吹き抜ける、、、


シロツメクサの緑の中に座るメグミ

好奇心旺盛な幼い少女のようなその姿を見つめているリョウ

(そういえば、君と初めて出会ったのも、こんな晴れやかな春の日だった、、、)

記憶を辿るように、リョウは呟く

(幼い少女だった君も、そうやってシロツメクサの緑の中に座り、探し物をしていたね、、、)

シロツメクサの緑の中にうずくまるように、メグミは何かを懸命に探している

(そして、その君の可憐な姿に、僕は声をかけずにはいられなかったんだ。「何を探してるの?」って、、、)

メグミは、その緑の中からようやく探し物を見つけたようだ

(僕のその声に気付いていないかのように、君はそのまま、じっとしていたね、、、)

メグミは、その緑の中から、1本のシロツメクサを摘み取り、リョウの元へと駆け寄って来た

「あった!あったよ、リョウ!」

嬉しそうに声をあげるメグミ

(そして、1本のシロツメクサを摘み取り、僕に見せてくれたんだ、、、)

まるで妖精のような微笑をうかべ、その手にしたシロツメクサをリョウに差し出した

「四葉のクローバーだよ」

やさしい風が二人の間を吹き抜ける

(あの日、僕は君に恋をしたんだ、、、)

リョウは微笑み返した

「これで幸せになれるんだよ」

(そう君が言ったから、、、)

リョウが手にした四葉のクローバーを、風が揺らす

(今、君は何処にいるんだ?マオ、、、)

また、緑の中へと駆けていくメグミの後姿に、記憶を重ね合わせながら

「マオ、君は今、幸せなのかい?、、、」

リョウは、そう呟いた、、、


また

やさしい風が吹き抜ける

その緑の斜面を、、、





青く、晴れ渡る空

青々とした木々が立ち並ぶ都会の片隅の公園。その木々の間に通された道。
その木々の間の道を優しい風が吹き抜ける、、、

その道を、青年が歩いていた。
ゆるくウェーブのかかった黒い髪、汚れていてもなお妖しいまでに白い顔。その底が見えない夜の海のような深い漆黒の瞳。唇はうっすらと皮下の血の色が透けて見えるように赤い。

彼の名は佐伯眞魚(サエキマオ)年齢は20歳。

くたびれたニット、くたびれたズボンに、素足に使い込んだスニーカーを履いて歩くマオは常に猫背のため、身長は165cmほどなのだが、少し低く小さく見える。マオは普段なるべく目立たぬよう思春期の頃からそうするようになっていた。

マオが歩いて行く先には、ホームレス達が暮すコロニー(集団居住地)がある。それぞれに、ダンボールやビニール、角材、ベニヤ板、トタン板、集め来たさまざまな資材を使い、簡易的な物から本格的な物まで「家」が作られ、それらが集合して一つのコロニーとなっている。

ここは、通称「J(ジェイ)」と呼ばれるリーダーが統治する比較的まとまりのあるコロニーだ。リーダーのJは年齢は40歳。ホームレスにしては知識も豊富で統率力にも長けていて、彼より年齢の高い者達も彼に従っている。隠してはいるが財力も有るようで何故ホームレスをしているのか皆、不思議には思っているようだった。

今日は気候がいいからだろう皆外に出て思い思いの事をしている。その間をすり抜けるように、マオが歩いていると一人の青年が声をかけてきた。

「マオさん。この間の詩もすごく良かったです。」
彼の名は「英次(エイジ)」年齢は21歳。

マオより少し背が高い。薄汚れた黒っぽいジップアップのジャケットに、薄汚れた黒色の綿のパンツに、くたびれた黒のスポーツシューズを履いていた。ボサボサの髪に被われた顔は21歳よりさらに幼く見える。どんな事情があって、ホームレスをしているのか、このコロニーには色々な年代の人達が集まっているようだ。

「また、次の詩集が書けたら、読ませて下さいね」
マオが、エイジに顔だけをむけて少しだけ笑い立ち去ろうとすると、一人の男性がエイジの後ろから現われた。

気候は暖かいはずなのだが、男性はかなり年季の入ったボロボロの冬用のハーフコートを着ていた。ホームレスの彼らには気温の変化はあまり気にならないらしい。長年で慣れてしまっているのだろう。頭にはつばのよれた帽子を目深に被っていた。年齢は40代後半くらいだろうか。

「あ、あのよう。オレも、、、読ませてもらったんだよ、、、あんたの詩集」
男性は、指を鼻にあて少しすすってから話を続ける。

「な、何ていうか、、、こう、、、む、胸がな、ジンとすんだよ、、、な。あんたの詩はよ。む、昔の、こう、何かモヤモヤしてて、、、でも、なんか熱かった頃の自分をな、思い出すみたいな、、、そんな感じがすんだよ、、、な」
男性は、目深に被っていた帽子を左手で取り、右手で頭をボリボリと掻きながら、照れたように言った。

「だから、、、つ、次のが書けたらな、、、またオレにも、、、よ、読ませてくれないか、、、な」
マオは、その垢と髭だらけの男に、「いいですよ」と言う意味の彼なりの誠意杯の笑った顔で答え、また歩き始めた。

ここでホームレスになってからしばらくしてマオは詩を書くようになった。最初はぽつぽつと落書き程度にノートに書いていたその詩を、エイジが見つけ「幾つか書けたら、まとめて僕に読ませて下さい」と頼まれて少し意欲的に書き始めたのだった。
それをエイジがコンビニでコピーをして詩集にしたものがコロニーの間で広まり、何人かの人に読まれているらしい事はマオも気付いていたし、こうやって直接感想を言われる事に悪い気はしていなかったのだが。マオは素直に喜べないでいた。

元々感情を表に出すのが苦手なタイプなのだが、若くして全ての物を捨て去りこの都会の片隅に堕ちて来てから、マオはさらに感情を出さなくなった、その理由。
それはホームレスになる以前、マオは「愛する人がこの世から居なくなったこと」と「愛する人が自分の中に居ること」その2つの「相反する真実」に激しく慟哭し、その魂が抜け落ちたようになってしまっていたのだ。

春の風が、マオの身体を通り抜けるように吹き抜けていった。

と、その風に乗って現われたかのように、一人の青年がマオの前に立っていた。

グレーの薄手のロングコートを無造作に羽織り、インナーには黒のTシャツ、ダークグレーのジーンズに黒い編み上げのライダーブーツ。どれも着古しているのだが、彼が着ているとビンテージ物のように見える。髪も肩ラインの切りっぱなしなのだが様になっていて髭もきれいに剃られ、一見ホームレスには見えない。

彼の名は「三上(ミカミ)」下の名前は不明。年齢は20代後半くらいに見える。

「マオ。ジェイが君に話したい事があるから来てくれと言っている」
ミカミは若いがJの側近で、そうとう腕もたつようだ。そのスッとした佇まいは何か得体の知れない雰囲気をかもし出している。

「ジェイさんが?」
このコロニーにいれば、リーダーのJとは言葉を交わす事は回数あっても、マオは話をした事が1度も無かった。

「何だろう、、、」
ふと、そう思って見た時、もうミカミの姿はそこには無かった。気配も無く現われ消えてゆく、ミカミは風のような男だった。

何かが起こりそうな、そんな予感がマオの頭をよぎる、、、

そんな事とはうらはらなやさしい風が、またマオの身体を吹き抜けていった。


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エイジが編集したマオの作品集の原稿


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