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「追憶の少女」(後) ロスト・カラーズ第2話



Jの「家」は木々の間の奥まった所にあり、他の家より少し大きめだった。壁は厚みのある合板で屋根はポリカーボネート製のトタンで出来ていて、見た目は同じようでも他の家より丈夫に出来ていて、雨対策に1段高く敷地を作りその上に建てられていた。

「マオです。失礼します。」とマオは自分なりに大きめの声で挨拶をした。
ドアは後付けできるような枠が取り付けられているが今は付いておらず、ブルーシートを中央合わせで垂らしてあるので、マオはそれをかき分けて中に入って行った。

その家の中に入ると、部屋にはコーヒーのいい香りが充満していた。
入り口を入って左奥でJは立ってポットを手に持ちコーヒーサーバーにお湯を注いでいたのだ。しかも濃紺のストライプ柄をした上質なスーツを着込んで。
その違和感に動揺を隠せないマオに。

「コーヒーを入れてみたのだが、君は飲めるかね?」
Jは横を向いたまま尋ねた。

「え、、、ええ、頂きます」
こんな所でコーヒーを飲ませて貰えるとは思っていなかったマオは、さらに戸惑いながら答えた。

Jの部屋は明るかった。天井に白色のLEDライトが点いていたからだ。電源は自動車用のバッテリーを変圧しコンセント方式になっていて、そこから電気を使えるようにしてあるようだ。ポットをお湯を沸かした電気コンロの電源もそこから取っていた。

「今日は特別さ。普段は明かり取り用の天窓があるから電気は点けないし、ポットでお湯も沸かさないんだよ」そう言いながら、Jはマオにカップを差し出した。

「ブラックだが、いいかね?」
「ええ」
マオがカップを受け取ると、Jは奥にあるソファに腰掛けた。

「そこのソファに座るといい。手作りだが座り心地はなかなかだよ」
奥のソファに向かい合う様に低めの木で出来たテーブルを挟んで、もう一つソファがあった。骨組みを作り、クッションで肘掛付きの様な形にして、大きめのクロスを被せた簡易的なソファだが、ゆったりとした座り心地は悪くなかった。

今ひとつ気分が落ち着かずに部屋の中を見渡していたマオは、この空間に不釣り合いな物を見つけた。Jの右側のノートパソコンと携帯電話が置かれているテーブルの奥の方に大事そうに置かれていた、それは。

ウサギのぬいぐるみだった。

「やはりこれが気になったみたいだね。私には不釣り合いだろう?」
マオの視線に気付いたJは、ウサギのぬいぐるみを手に取って見せた。

「これはね、昔に友達になってくれた、ある少女がくれた物なんだ」
大きさ25cmくらいのピンクのワンピースを着たウサギだったが、かなり古いのだろう、そのピンクの色もくすんでいて、白い毛も薄汚れていた。

「実は、君に話したいのは、このウサギのぬいぐるみをくれた少女の話なんだよ」
ウサギのぬいぐるみを見るJの目が、古い記憶を辿る。

「少し長い話になるが、聞いてくれるかね?マオ君」
ウサギのぬいぐるみを机の上に置きながらJはマオに問うた。
「、、、はい」
少し間をおいてマオは答えた。Jから初めて聞く話が、「ウサギのぬいぐるみをくれた少女の話」だなんて唐突だったからだ。

「この話は、少なからず君にも関係してるかもしれない話なんだよ」
さらに思いもよらないJの言葉に、マオは戸惑う。

「マオ君。我々には時間は充分あるんだ、まずコーヒーでも飲んで、君の気分が落ち着いてから話そうかね」
そう言いながら、Jは手にしたコーヒーを口にした。

マオは、今思い出したかのように久しぶりのコーヒーの香りを嗅いで一口入れると、それは身体に染み渡るようなやわらかな味がした。
一息置いてJが話を始めた。

「これは、今から12年ほど前、私が28歳の頃の話だ」
手にしたカップをテーブルの上に置き、何処か遠くの誰かを想うような顔をしてJは話を続けた、、、

     *  *  *

当時、私は大学で生物学者の助手をしていたんだ。

型破りで偏屈な教授の下で好き勝手な事をさせて貰っていた私も、あと数ヵ月後に向かえる教授の定年と共に、大学を追い出されるであろう危機に直面していた。
まあ、自分自身としては、それほど危機感はなかったけれどね。

そんな好き勝手し放題な私の研究室に、ある日、友人が訪ねて来たんだ。
私の数少ない、、、いやたった1人の親友の「石本 智(イシモトサトシ)」だ。彼とは小学校から高校まで一緒に通った幼馴染だった。そして彼とは高校3年の冬に別れて以来、10年ぶりの再会だったんだ。

「久しぶりだな、潤(ジュン)」
「サトシ!まさか君がここに訪ねて来てくれるとは思わなかったよ。10年ぶりか?」

サトシは少し上質なスーツ姿だったが、高校の制服がブレザーにネクタイだったこともあり、別れた時と雰囲気が全然変わっておらず、私はすぐに彼だと分かった。

出迎えようと彼に近づくと、私はもう一人の小さな訪問者に気が付いた。
それは小さな女の子だった。
その時の、その二人との出会いが、後の私の人生を一変したんだ。

彼らが、悲しき運命を背負った者達だと知ったあの日から、、、




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