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「誰に聴かせるでもない歌を」 ロスト・カラーズ 第5話




そのワンルームアパートは必要最小限に整えられたシンプルな部屋だった。
2人がけのローソファに座りリョウはギターを抱えながら、A4サイズのリングノートに書き込み済みの歌詞にコード進行を書き加えていた。そしてそのノートの横にはもう1つ「小さなノート」が置かれている。
表紙には色々なウサギのシールが張られているだけでそれ以外に文字は見当たらない、少し古ぼけた小さなノートだった。
リョウはコードに悩んだ時は、その小さなノートを眺めてはフレーズのヒントを探しているようだ。
「お風呂でたぁ〜よっ」と無邪気な声をあげて濡れた髪をしたメグミが後ろからリョウの首に腕を回し顔をくっつけてきた。
「ちょっとメグちゃん。髪ビショビショだって!タオルとドライヤー持ってきて!」メグミの手をほどきながらリョウが怒ると。
「はぁ〜いぃ〜っ」とふくれ面をしてちょっと低めな声でメグミは応えた。
メグミが洗面所に行っているうちにリョウはギターをスタンドに立てかけ、ソファの下にメグミを座らせる為にクッションを敷いた。
小走りに帰ってきたメグミはタオルとドライヤーをリョウに押し付けるように渡すと、リョウが用意したクッションの上に足を投げ出し座り何やら鼻歌を歌い始め、テーブルの上の小さなノートを手に取りページをめくり始めた。
タオルで髪をゴシゴシと拭かれ、ドライヤーの音が邪魔をするのでメグミは鼻歌のボリュームをあげていた。そして目当てのページが見つかったようで、リョウの方をむいてドライヤーを止めてと合図を送った。
「これこれ!これだよね!リョウのウサギの歌!」とページを見せながらリョウに言うメグミ。リョウはニコリとして「そうだよ」と答えた。
「でもこれリョウが歌うのと、ちょっと違う気がするなぁ」
「それはね。カナさんの書いた歌をもっともっと素敵な歌にするために僕が気持ちを込めて唄っているからだよ」
「そっか。カナさんとリョウの2人の歌なんだね」
うんうんとうなづきながら、メグミは鼻歌をまた歌い始めた。
リョウはまたドライヤーで髪を乾かし始め、メグミの踊る栗色の髪越しに小さなノートのページを眺めるのだった、、、



「小さなノート」

それは小さなノートだった

病院のベッドの下に

そっと隠されていたノート

それは何年にもわたって書かれていた

その人そのもののように

時には力強く 時には儚気に

語るように 歌うように

ひとつひとつ 命そのもののように

これはその小さなノートの1ページ



うさぎ うさぎ

お願いだから

あなたのその赤い目を

わたしにちょうだい

わたしのこの黒い目を

あなたにあげる

黒い方が

みんなに愛されるもの

わたしはいいの

あの人にだけ

愛されればそれでいいの

だからお願い

うさぎ うさぎ




だから

僕は歌い続けるんだ

初めて恋したあの人の

あの人が遺したその言葉にのせて

その1日1日書き綴られた

一つ一つ命を削るように

あの人そのものを




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