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「美雪(ミユキ)」赤い目 第3話




「雪ウサギになって、智に逢いに行くから」
「絶対に、逢いに行くから」
「それまで、待っててね」

加奈の残した言葉に誘われるかのように、僕は雪原にいた。

そういえば、加奈にはどうして僕が雪ウサギが好きになったのかを話してはいなかったね。

僕は小さい頃、赤と黒の色の違いが分からなかったんだ。色盲だったから。
でも、女の子達が「あかいチューリップ、かわいい」とか「あかいリボン、きれい」とか言ってるのを聞いて「あかいもの」は「くろいもの」とは違うんだ。「かわいい」「きれい」なものなんだって気付いたんだ。

けれど、どんなに一生懸命見比べても、僕の目には「あかいもの」と「くろいもの」は同じようにしか見えなかったんだ。

そして真白なウサギが「めがあかくて、かわいい」生き物だって知った時、僕は雪ウサギの虜になったんだ

「あかいめって、ほんとうはかわいくて、きれいなんだ」

「ウサギさんのほんとうのあかいめを、みてみたいな」

「いつぼくは、あかいものが、みえるようになるんだろう」

「ねえ、ウサギさん」

「いつぼくは、、、」


それから僕は探していた。いつか加奈と雪ウサギを見たこの雪原で、、、

加奈を

雪のような白いウサギを。赤い目をしたウサギを。

だけど

加奈は、見つからない。僕に逢いに来てくれない。

そして翌年の冬の夜。僕は夢を見たんだ。
夢の中で女の人が呼んでいる。僕を呼んでいる。

「智、、、智、、、」

真白なひとだ。

「私を覚えている?」

ああ、覚えているよ。「雪ウサギのひと」だ。

「さあ行きなさい、あの雪原に」

雪ウサギのひとが言った。

「あなたを待っているひとがいるのよ」

優しい顔で言った。

「その時が来たのよ、さあ行きなさい」

そして僕は目が覚めた。

僕は走った。いつか加奈と雪ウサギを見たあの雪原に、、、


そして満月の明かりが照らしていた。真白な雪原に、、、

彼女は立っていた。真白な毛皮のコートを着て。

まるで白いウサギのように。

黒い髪を高く二つに束ねていた。そしてリボンを結んでいた。

まるでウサギの耳のように。


「加奈!加奈じゃないか!」
僕は駆け寄り、彼女を抱きしめた。

「あっ」
彼女は驚いたように声を出した。

「どうしたんだ加奈?僕だよ。智だよ!」
彼女の顔を見て、僕は言ったんだ。

「ごめんなさい、、、分からないの、、、」
彼女は小さな声でそう言った。

「僕の顔を忘れたのかい?」
「ごめんなさい、、、あたし目が見えないんです、、、」

「目が?両目が?何かの後遺症なの?でも声は分かるだろう?」
「ごめんなさい、、、分からないの、、、あなたの事、、、」

「記憶?記憶が無いのかい?」
「ごめんなさい、、、あたし、、、わからないの、、、」

月明かりの下だったけど、加奈だった。加奈だと思った。

どうしてこんな所に一人でいるのか。どうして記憶が無いのか。右目の傷は癒えているようだったが両目が見えないと言う。

分からない事だらけだったけれど、僕は彼女を家に連れて帰ったんだ。
そうして僕は、記憶の無い加奈と暮らし始めた。

あの日。執事から連絡を貰った時に「加奈の遺体は外国に移送され、そこで埋葬された」と聞いていたから、僕が見た加奈の最後の姿はあの病院の後ろ姿だけだった。
そしていつの間にか加奈の家はもう会社の保養所のようになっていて、あの執事とも連絡は取れなくなっていた。真島建設に問い合わせても「企業の情報及び個人の情報」として教えてはくれなかった。もう一般人の力ではその消息を知ることはできなくなっていたんだ。

僕には、そんな事どうでもよかったんだ。僕には加奈さえいれば、、、
加奈にも僕がそばにいれば、、、それでいいんだと思っていたんだ。

目の不自由な加奈は懸命に家事をこなし僕の支えになってくれた。
僕も加奈の支えになろうと、懸命に日々を生きた。
そうして加奈の記憶が戻らぬまま僕らは愛し合うようになったんだ。

もう一度、始めから、、、


そうして、僕らに子供が出来たんだ。

加奈は戸籍が無いから、出来た子供にも戸籍は与えてあげられないかもしれない。この子は不幸を背負う事になるかもしれないし、僕は父親として失格かもしれない、、、

でも僕は加奈との子供が欲しかったんだ。無責任だと思われても加奈との子供が欲しかったんだ。
それは、「雪ウサギのひと」との約束でもあったから

僕らは自宅で出産をする事を選んだ。何も聞かず協力してくれる親切な産婆さんに赤ちゃんを取り上げてもらう事にしたんだ。

そうして、僕らに子供が生まれたんだ、、、


生まれたんだよ

子供が

小さな

かわいい

女の子が

肌が白い

透き通るくらい白い

髪も白い

透き通るくらい白い

「雪ウサギのひと」が言ったように

白い女の子が

生まれたんだ

名前は

美雪と決めた

生まれたその日は

雪が降っていたんだ

美しい雪が

、、、


「よく頑張ったね」
僕は加奈に声をかけた。

「ありがとう、智」
加奈は、見えないその目で僕を見た、、、その時、僕は息が詰まった。
加奈の、、、加奈の目が「赤い」ことに気がついたんだ、、、普段は加奈は目を閉じていたから、、、ほとんど開く事がなかったから、、、

今まで気がつかなかった
加奈だと思っていたんだ

加奈だと思っていたから
気がつかなかったんだ

「赤い色」と「黒い色」の違いに
目の色の違いに、、、

君は誰なんだ?
加奈と同じ君は?
目の色だけが違う君は?

けれど美雪をその手に抱いた君は笑っていた
幸せそうに笑っている君を見たら
もうそんな事どうでもよくなった

君は加奈だ

目が赤くても

本当は加奈じゃなくても

君は僕の加奈だ

三人の幸せは

これから始まるんだ

そう思っていた、、、

けれど翌朝、加奈はいなくなってしまった。僕と美雪を残して。まるで雪のように消えてしまった、、、

何処を探してもいなかった。探しようもなかった。手がかりも何もなかった、、、

僕は美雪に、さらに不幸を背負わす事になってしまった。まだ目も開かぬこの子に、、、


そして


やがて開いた美雪の目は

赤かったんだ

雪ウサギのひとが言ったように

赤い目をしていたんだ、、、


その時

僕の耳に加奈の声が聞こえた

「必ず逢いに来る」と言った

加奈の声が

「逢えたね」

「やっと逢えたんだね」


加奈の声が やさしく響いた
僕の背中に やさしく響いた



赤い目 第1章 「白いウサギ」 完



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