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「智(サトシ)」 赤い目 第2話


そこは真っ白な世界だった

サラサラと静かに雪が降っていた

青い服を着た男の子と白い服を着た女の子が

並んでうつ伏せになっていた

顔を向き合わせて仲良く眠るように

サラサラと静かに雪が降っていた

そこに近づいてくる小さな存在に

その気配に男の子が気がついた

そしてその身を起こして見つけた

その真っ白な世界に現れた

白い化身を

* * *


僕と加奈が7歳の冬。
一緒に父の故郷の東北の町に遊びに行った時の事。
雪が降り積もった雪原で白いウサギを見つけたんだ。

「わー。かわいい」

僕らが近づいても、その白いウサギは逃げなかったんだ。

「ぼくね ゆきうさぎ が すきなんだ」

「どうして?」

「しろくて ふわふわしてて めがあかい から」

「ふーん」

「、、、」

「じゃ ゆきうさぎ と かな どっちが すき?」

「、、、」

「、、、」

「ゆきうさぎ!」

「、、、」

「、、、」

ちょっと加奈に意地悪をしようと思っただけなんだ
だけど加奈は、すごくすごく悲しい顔をしたんだ
僕の胸を締め付けるような悲しい顔をしたんだ

「、、、」

「うそ! うそ! かなが いちばんすきだよ!」

あわてて僕はそう言ったんだ。そしたら

「、、、」

「、、、」

「うそつき」 加奈はそう言って笑ったんだ。

僕にはそれが何だかとても怖かったんだ
僕の心臓が張り裂けてしまうほどに
何だかとても怖かったんだ、、、

その日の夜、僕は布団の中で神様にお願いをしたんだ。

「かみさま もうぼくは ぜったいに かなに うそをつきません」

「かなの かなしいかおを わすれたいです」

「かなの わらったかおだけ みてたいです」

「かなを ぜったいに なかせません」

「かなしい おもいは させません」

「だから おねがい おねがい 」

「おねがい おねがい」

「おねがい 、、、」

一晩中、僕は布団の中で神様にお願いをしたんだ。

、、、


そうして、本当に僕は忘れていたんだ。

あの日の事を。加奈の悲しい顔を。僕の願い事を。

再び「うそつき」という加奈の言葉を聞くまで。


* * *


その病院の白い世界の部屋の中で。

僕を見ていた顔を、また窓の外に向けて加奈は言った。

「にんじん食べても目は赤くならなかったよ」

「、、、」

「いっぱい食べたのに目は赤くならなかったよ」

「、、、」

「毎日毎日食べたのに目は赤くならなかったよ」

「、、、」


「だからね私ね切ってみたの」

「、、、」

「右目をナイフで切ってみたの」

「、、、」

「だけど切っても目は赤くならなかったよ」

「、、、」

「赤い血は流れたけど目は赤くならなかったよ」

「、、、」


「ねえ智」

「、、、」

「ねえ、覚えてる?」


不思議だった

それからの加奈は
それからの僕らは

すごく自然に 昔の話をしたんだ
すごく楽しく 昔の話をしたんだ

小さい頃から これまでの二人の話を
加奈と 僕と 二人しか知らない話を

今までで 一番楽しかった
今までで 一番愛しかった

加奈 どうして今なんだ
加奈 どうして僕なんだ

加奈 どうして、、、


別れの時間が近づいた。
僕はどうしてもその夜に帰らないといけなかったんだ。

「じゃあね」
加奈は すごく自然だった

「うん」
僕は 自然にふるまった

僕がドアの前に立った時、加奈は窓の外を見ていた。
背中越しにそう感じ、僕は振り向かずに言った。

「一週間後には、また逢いに来るから」
「絶対に、逢いに来るから」
「それまで、待っててくれ」

「行かないで!」そう言ってくれと願った。
だけど、加奈は言ったんだ、、、

「私ね、ウサギになりたかったんだよ」
「白くて、ふわふわしてて、赤い目をした」
「智が好きな雪ウサギに」

ああ!加奈!

「私ね、死んだらウサギになる」
「白くて、ふわふわしてて、赤い目をした」
「智の好きな雪ウサギに」

もうそれ以上言わないでくれ!

「雪ウサギになって、智に逢いに行くから」
「絶対に、逢いに行くから」
「それまで、待っててね」

僕は振り向く事が出来なかった。

僕の顔には なみだ が溢れていたから
加奈の顔は えがお に溢れていたから

もう僕にはどうしようもなかった
もうどうしようもなかったんだ

「もう、冬なんだね」
「もうすぐ雪が降るんだね」

加奈の声が やさしく響いた
僕の背中に やさしく響いた

それから3日後。加奈がいる街に雪が降り積もった。

加奈は

白い服を着て

白い雪の上に

倒れていたそうだ

眠るように

子供のように

あの日のように



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