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「満ちたる月の下で」 ロスト・カラーズ イントロダクション



僕が探していた 
モノクロームの世界は
月にあったんだね

誰かが そうつぶやいた


「ロスト・カラーズ」 イントロダクション




満ちたる月が照らしている
夜の公園

ベンチの上に空を見上げ寝そべる少年がいた。
手入れがされていないためボサボサになり、ゆるくウェーブのかかった黒い髪。薄汚れていてもその闇の中で浮き出るかのような白い顔に、降り注ぐ月の光すべてを吸い込むかのような漆黒の瞳をしていた。
くたびれて首元が伸びきった白っぽいトレーナーに、すり切れてナチュラルダメージ加工されたようなゆったり目の麻で出来たベージュのパンツ。そして素足に履いた使い込みくすんでしまったかつては白だったスニーカー 。
その容姿と服装の違和感が、彼の素の美しさをより際立たせていた。
それは、まるで塵に埋れ落ちた天使のようだ、、、

少年は唄う

 月よ ひとの心に 

 つめたい刃を突き刺すような その光

 その刃で 僕のケモノを殺してくれ

 愛する者の 血を啜らねば生きていけぬ 

 このケモノを


 月よ 闇に泣く心を 

 やわらかな絹で包むような その光

 その布で あの子を包んでおくれ

 愛する者の 夢を見れねば生きていけぬ 

 あの少女を


それは彼の内にある双極性の魂の詩(うた)


彼の名は 
佐伯 眞魚 (さえき まお)


満ちたる月が照らしている
月に唄う少年を


*****


満ちたる月が照らしている
夜の街

シャッターの下ろされたアーケードで、その少女はいつも歌っている。少女と呼ぶには大人びたその顔立ちに、ざっくりと短く切った黒髪のツイッギーヘア。睫の長いきりっとした目にはらりとかかる数本の前髪が、どこか男性的な色香を漂わせている。
女性にしては身長が高い。175か6cmくらいだろうか。丈がウエストラインの黒い革ジャケットに黒いジーンズ、重量感のある金具のついたエンジニアリングブーツ。首にかかったシルバーのネックレスには指輪が通されている。それは赤いガラス玉の付いた古いおもちゃの指輪だった。そのチープさは違和感となり彼女の存在をよりミステリアスにしていた。

最後の曲も終わり聞く人々が誰もいなくなったその後で、誰に聴かせる訳でもなく歌う曲がある。その歌詞に込められた思いへの鎮魂歌のように歌う曲がある。
街灯だけのうす暗いステージに、黒いギターのネックとピックガードに施された貝の装飾が、きらきらと輝く、、、

彼女の名は 
樋口 稜 (ひぐち りょう)


 うさぎ うさぎ お願いだから

 あなたのその赤い 

 赤い目を わたしにちょうだい


 うさぎ うさぎ お願いだから

 わたしのこの黒い 

 黒い目を あなたにあげるわ


 黒い方が 愛されるもの

 いろんな人に 愛されるもの


 わたしはいいの あの人にだけ

 愛されれば それでいいの


 赤い方が 好きだったの

 愛しい彼は 好きだったの


 だからいいの あの人にだけ

 愛されれば それでいいの


 わたしのこの黒い 黒い目を 

 だからお願い うさぎ うさぎ


 あなたのその赤い 赤い目を 

 だからお願い うさぎ うさぎ


リョウが歌い終わると、パチパチと拍手がおきた。
いつのまにかリョウの前に少女が独り座っていて、その歌を聴いていたのだ。

小柄で細身の少女。栗色の長い髪にはゆるやかなウェーブがかかっていて、前髪はナチュラルに整えられた眉の上でぱつんと切りそろえられていた。その内側に春風を含んだような薄いピンクの色に花の地模様の生地で出来たワンピースに、タイツを履いていない素足に茶色をした膝下丈の編み上げブーツ。見た目は欧州の女の子のようだった。

彼女の名は
如月 恵 (きさらぎ めぐみ)

メグミが近づいてくるのを気にもとめずに、リョウはギターを手早く片付ける。
メグミは、縮こまって座っていた時は小柄に見えたが、並んでみるとリョウの鼻の高さくらいまで身長がある。二人並んだその姿は、日本人離れしていた。

「わたし、その歌が大好き。リョウの唄う、うさぎの歌が大好き。」

その言葉にギターケースを担いだリョウは、にやっと笑うと空いた左の腕をメグミの首に回し「いつも同じ事ばかり言って」と、言葉に出さない代わりにメグミの顔をぐいっとその胸に引き寄せた。
メグミはそのまま、リョウの胸に抱きつく。その不安定な格好のまま、よたよたと歩くメグミに歩幅を合わせるようにリョウは歩いてゆく。それがいつもの二人の帰り道なのだ。

リョウに抱きついたままで、よたよたと歩くメグミが声をあげた。

「あー。満月だー。」
リョウが見上げたその先に、月が浮かんでいた。

「きれーい。」
子供のような声をあげるメグミを、その左腕で少し強く抱きしめながらリョウは思う。

”可哀想なメグミ。僕がずっとそばにいるよ”と


満ちたる月が照らしている
二人の行く先を


*****


満ちたる月が照らしている
窓際のベッド

そのベッドの上に、シーツも何もかかっていない二人の裸の少女が眠っている。
仰向けになった少女に、もう一人の少女がうつ伏せで重なるように。窓から差し込む月の光が、二人をその部屋から浮かび上がらせていた。
上になっている少女が、月の気配に目覚め体を起こす。
窓の外の月を見上げるその肩越しに、はらりと長い髪が落ちる。その髪は白く、まるでプラチナで出来た糸のように、月光にキラキラと輝いていた。その髪がかかる肌も、皮下の血が透けて見えるほどに白く、まるで冷たい陶器のようだ。

「ねえぇ。ユキぃ。」
下になっていた少女も目覚めた。ユキと呼ばれた少女とは対称的な長い黒髪をしていた。

「なあに。リィナ。」
月を見上げたままユキが応えた。

「ここから見るユキは、まるで”白の化身”みたいだよ。」

「そう?」

「このまま額に閉じ込めて、永遠に飾っておきたい。そんな気分。」

「リィナ。まるで何処かの芸術家のような台詞ね。」
そのまま顔だけ、リィナの方に向けてユキは微笑んだ。きゅうっと口角の上がったその唇は、まるで血の色がそのまま浮き出たように赤い色をしていた。

はらはらと、ユキのプラチナの長い髪がリィナの顔に落ちてくる。

「ねえぇ。ユキぃ。あたしユキが居ないと生きていけないの。あたしと離れないでね。ずっと一緒にいてね。」
月の光に潤んだ目をして、リィナは言った。

「大丈夫よリィナ。あなたはあたしの欠けた一部。あたしが生まれてすぐに無くしたモノを、あなたは持っているの。だから一緒よ。ずっと一緒。」
月の光ごしに、ユキは答えた。

「ありがとぅ。ユキぃ。ユキの事はあたしが守るよ。絶対に守るよ。」
潤んでいたリィナの目は、強い光を帯びていた。

「ねえぇ。ユキぃ。キスして。そしてあたしを眠らせて。」

「いいよ。リィナ。」

ユキは、リィナの下唇に通されたシルバーのピアスをその舌で舐め、そして、その赤い唇でキスをした。

深く長いキスをした。

その長い睫をした目が静かに閉じられ、リィナは眠りにつく。

キスを終えたユキは、リィナの右耳に通された5個のピアスを、猫のように舌で舐めた。その赤い舌に感じる金属の冷たさが、ユキは好きなのだ。

「おやすみリィナ。悲しいリィナ。」


彼女達の名は
真島 美雪 (まじま みゆき)
神崎 里奈 (かみさき りな)


満ちたる月が照らしている
絆で結ばれた少女たちを


*****


満ちたる月が照らしている
ビルの上

ビルの屋上に無造作に置かれている軽量なアルミ製のテーブルとイスがあり、そのテーブルの上に少女が腰かけてている。

黒髪で毛先が不ぞろいに切られた前髪無しセンターパートの顎ラインボブヘア 。黒地に大きな髑髏がデザインされたTシャツに、ジッパーを外したままのざっくりとしたショート丈の真っ赤なブルゾン、赤ベースのキンガムチェックのショートパンツに黒いレギンス、使い込まれて沈んだ赤い革のショートブーツ。個性的過ぎたファッションだが、小柄な猫科の動物のようなその少女には似合っていた。

「やっぱり、ルシファーには月の光が良く似合うねぇ。」
少女が話しかけるのは、左手に握った拳銃だ。

「ルシファー」と呼ばれたその拳銃は黒いオートマチックタイプで、その銃身には金色の中世風カービングが施されている。それは精巧に造られたモデルガンだった。

少女は、それを月にかざして愛しむように見つめていた。

彼女の名は
蛭子 ニ夜 (えびす にや)

「やっぱり、ここに居たんだ。ニヤ!」
屋上のドアが開き、一人の少年が叫んだ。カツカツと靴音を響かせニヤの所へ向かってくる。

先に行くほど金髪になるようにグラデーションに染めた髪をワックスで無造作に立て、極才色の派手なTシャツの上に黒地にシルバーのラメが入ったシャツをはおり、シルバーの大きなバックルの革ベルトを通した黒の革パンツに、底に金具が打ち込んでいるテカリのある黒い革靴を履いていた。俗に言う「チャラい格好」をした少年だ。

「ニヤぁ。やっと”プラチナの蝶”の情報が手に入ったぁ〜。」
そう言いながら、少年はニヤが腰掛けるテーブルの左横にあるイスに腰掛けさらに話を続けた。

「ニヤぁ。今回は苦労したんだぜぇ。なにせネオン街の探りだもの、命がけだぜぇ。こんな格好までしてさぁ、、、な、の、に、」

少年はニヤの座る横に右肘をついて、ニヤの顔を指差した。

彼の名は
葉月 ケイ (はづき けい)

「ったくぅ。何で携帯の電源切ってるんだよぅ、ニヤぁ。探しまわったじゃないかぁ。」

と、ケイが言い終わるやいなやニヤはケイの指差しに対抗するように、スッと黒い拳銃の銃口をケイの額に当てて。

「わたしの楽しみの邪魔をする事は誰にも許されないの。」 と、上からの目線で言い放った。その位置関係は、二人の立場を表しているようだった。

「分かってるけどさぁ。ニヤぁ。」
ニヤは、その声が聞こえていないかのように。

「せっかく、いい気分でルシファーと二人で月を見てたのに。ねぇ。」
また拳銃を月にかざしてつぶやいた。

「にしてもケイ、何だよその頭の悪そうな喋り方。キモいんですけどぉ~。」 と、右手を握り口に当ててギャルのような口ぶりをするニヤ。

「仕方ないじゃないか。あの町に溶け込むにはチャラ男が一番だからな。それに、っと!?」

その瞬間、黒い何かがケイの左肩に跳んで来た。

それは、影のように音も無くそこに降り立つ黒い猫だった。
その黒猫の身体は限りなく細かった。無駄な肉をそぎ落とした手足に長い尻尾、ピンと立った耳 。肩の上に乗っても、ほとんど重さを感じさせないほどスリムな容姿だった。全身真っ黒な光沢のある毛並みをしているが、眉間から上に伸びる白く細長いラインが特徴的な黒猫だった。

「何だ、ニアかよ。」
ニアと呼ばれたその黒猫は 「ナァー」と低い声で鳴いた。

「ごめん、ごめん。ニアも一緒に見てたんだよねぇ。」
ニヤが謝ると、黒猫のニアは、”俺を忘れんなよ”と言わんばかりに「ナァー」とまた鳴いた。満月の良く似合う神秘的な雰囲気を持つ黒猫だ。

その泣き声の余韻があたりを包む、、、

「ほんとに、今夜の月は今まで見たこともないくらい綺麗だねぇ。」
ニヤは、ため息とも吐息ともつかない息を吐いた。

「なあケイ。」

「ん?何だよニヤ?」

「今日は気分がいいから、わたしにキスしてもいいぞ。」

その声に一転して、ケイはすっと立ち上がり、ニヤの前に立つ。黒猫のニアは音も無くその肩から降りていた。そしてケイは慣れた手つきで、ニヤの顎を指で少し持ち上げた。

さっきとは目線が逆転しニヤを見下ろすケイは、その容姿に似合わぬほどの大人びた雰囲気を放ち、まるで別人の様に見えた。いや、ケイは、その立てていた髪の毛がいつの間にかサラッとした黒髪になり、顔つきも少し中性的な顔立ちになっていて、本当に別人のようになっていた。

ゆっくりと静かにニヤにキスをするケイ

ニヤは目をつぶらずに月を見ていた

そうして瞼に月を焼き付けてニヤは目を閉じる

月がケイを通して自分の体内に入り込み

その身体を夜に溶かしてしまう

今夜のニヤは そんな気分だった

「ナァー」
黒猫のニアが月に向かってまた鳴いた、、、


満ちたる月が照らしている
夜に溶け込む二人を


*****


色を失った少年

色を奪われた少女

痛みを無くした少女

記憶の海をさ迷う少女

少女として生まれた少年

死を選ぶ事の出来ない少女

全ての苦しみから逃れた少年

それぞれの 

生と死と 感情と愛憎が

行き交い 交じり合う

満ちたる月の下

モノクロームの光を浴びて

物語は 動き出す

音 静かに




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「プロローグとエピローグはリンクすべきである」と言うのが僕の理想形。
小説でも映画でも漫画でもそういう作品は今で言うところの「神」と呼べる。
それを今回、あえて最初に出した。自分でハードルを上げてしまった事に後悔はしていない。逆にネタバレを自らしても、この物語は面白いと宣言できる。
作者がそう思って書かないと本当に面白いものは書けないのである。(冷や汗)


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