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「アルビノ」 ロスト・カラーズ第4話



アルビノ=先天性白皮症

先天的なメラニンの欠乏により体毛や皮膚は白くなり、瞳孔は毛細血管の透過により赤色を呈する遺伝子疾患

シロウサギやシロヘビなど、誰でも動物でなら見た事があるだろう。その症状は人間にもある。私も症例としては知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。

ミユキちゃんの髪の毛は黒く染めているのだろう、だから違和感を感じるほど黒かったのだ。眉もメイクで描かれていたが睫毛は白いままだった。白い肌はメラニン色素が無い為紫外線に対する耐性が極めて低く、皮膚ガンになりやすいため外に出る時は帽子をかぶりサトシが手に持っている薄手のコートを着ているようだった。

「おじさん、びっくりした?」
私は、そのミユキちゃんの声で我にかえった。

「ああ、びっくりしたよ」
私がそう答えると、ミユキちゃんは何とも言えない悲しそうな顔をしたんだ。

「やっぱりね、、、」
その顔を見て私は続けた。

「そりゃそうさ、こんなきれいなめをしたおんなのこ、はじめてみたもの」
それを聞いたミユキちゃんは、悲しそうな表情のまま、私の目をじっと見つめるのだった。

なんと言う目の色だろう。吸い込まれそうになる神秘的な色あいだ。

アルビノの目の虹彩はメラニンのない場合は無色半透明で、眼底の血液の色が透け瞳孔とともに淡紅色となる。人間の場合、瞳が大きいのでウサギのように「真っ赤」ではない、そう欧米系の「青い目」も、全体が「真っ青」ではないだろう、あんな感じなんだ。けれどミユキちゃんの目はどこか通常の人間と目の構造が違っているのか、赤い色がはっきりとしている。本当にアルビノのウサギの目みたいだった。

「ほんとなんだね!おじさんは、ほんとにそうおもってるんだね!」
悲しい顔が一転して笑顔になり、ミユキちゃんは、中腰になっている私の首に抱きついてきた。

「おとなのひとはね、ミユキのこと、かわいそうだっていうの。みんなとちがうから、かわいそうだって」

「それからね、こわいっていうひともいるよ。みんなとちがうから、こわいって」

「でも、おじさんはちがうね。ミユキにはわかったよ」
この子は、大人の深層心理を目から読み取れる特異な感覚をもっているようだ。

もちろん、その時の私は「アルビノ」に興味が湧いただけで、ミユキちゃんを特別視したわけではなかったのだけれど、、、

アルビノはまた、網膜上での光の受容が不十分で視力が弱い。眼球振盪・斜視・乱視・近視・遠視を伴うこともあり、光を非常に眩しく感じる。
ミユキちゃんは、目の症状はそれほど酷くないようだがコンタクトレンズ無しの為、今は見えにくいようだった。

だからことさらに私の目をじっと見る小さな女の子の、その目に顔に私の視線は釘付けになってしまったんだ。

「パパ!ミユキね、このおじさんだいすきになったよ!」
私の首に手を回したまま、ぐいっと、顔だけをサトシの方に向けてミユキちゃんは言った。

「そうだろう。じゅんおじさんは、パパのいちばんのしんゆうだからね」
サトシが、にこやかにそう答えると。

「ねえ、じゅんおじさん。ミユキとおともだちになってくれる?」
また、私の目を見つめながらミユキちゃんは言った。

「いいよ。おじさんも、ミユキちゃんみたいなかわいいこが、ともだちになってくれたらうれしいなぁ」
私も幾分かは社会適応能力が上がったので社交辞令も言えるようになったのだ。

「ほんとう!じゃあね、おともだちのしるしに、これあげるね」
と、ミユキちゃんはピンクのワンピースのポケットから少しはみ出している物を手でつかみ私に差し出した。

「このこはミミちゃん。うさぎさんだよ」
それは、15cmほどの小さなうさぎのぬいぐるみだった。

「こんなたいせつなもの、もらっていいのかい?」

「いいよ、じゅんおじさんは、ミユキのおともだちだもの。ミミちゃんもよろこぶよ。たいせつにしてあげてね」

私は受け取ったその小さなぬいぐるみを自分の白衣の胸ポケットに入れてあげると、それを嬉しそうな顔でミユキちゃんは見ていた。

そのやり取りを、にこやかに聞いていたサトシが口を開いた。

「なあジュン。親友の君に話しておきたい事があるんだが。時間はあるのかい?」
「ああ、ここなら夜まで大丈夫だ。ミユキちゃんも一緒でいいのか?」
「この子には以前話した事がある。もう一度聞かせるのにもいい機会だ」

「そうか、ならコーヒーでも入れよう。ミユキちゃんはオレンジジュースでもいいかな?」私がそう聞くと。
「パパがね、100パーセントじゃなきゃ、のんじゃだめだって」
「ちょうどよかった。おじさんも100パーセントしかのまないんだ」

サトシは、ミユキちゃんが小さい頃から、自分の体の事は自分で気を付けるように教えているらしい。添加物が直接アルビノの体質に関係なくても「生命体として弱い」と言う事は幼くとも知らねば生きて行けないからだ。

       * * *

コーヒーの良い香りが部屋に立ちこめてきた。
サトシはパイプ椅子を二つ並べて、ミユキちゃんを左隣に座らせていた。

コーヒーを一口入れて、私が話を聞く体勢にはいった頃に、サトシは鞄から一冊の本を取り出し、私の前に差し出した。
それは、モノクロームの表紙をした写真集だった。
表紙の写真は、何処かの外国の風景のように見える。その写真の中央に小さめのゴシック体で「その色彩は死んでいるのか」と活字があり、下の方には「写真・文 /須藤大元」と印刷されていた。この写真家の名前を私は全く知らなかった。すると。

「これがいつか君の役に立つ日が来る。だからそれまで持っていて欲しいんだ」とサトシは言った。

私は、それはどういう事なのかを聞こうとしたが、サトシの顔は「それが、何なのかは君自身が調べるんだ」そう言っているような気がした。それにその時のサトシは私の知らない「顔」をしていたんだ

再会した時は10年前と何も変わっていないんだなと思ったのだが、あの「事件」が、やはり彼を変えてしまったのか?そんな気がして私はそれ以上何も言えなかった。

サトシはコーヒーを一口入れて、ゆっくりと話し始めた。

それは、私の知らない「サトシ」と「カナ」の話だった。

そして白い少女「ミユキ」の話だった。




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