落語と江戸言葉

 こんにちは、最近は春風亭一之輔さんにハマっている瀧澤克成です。最初に聞いたのは時そばでしたが、「そういう方向!?」ととにかくぶったまげました(笑)。

 

 落語は江戸に生まれた文化なので江戸言葉がよく出てきます。わかりやすいところだと相手の事は「おまいさん」、自分の事は「てまえ」とか「あっし」とか「あたし」、お手伝いさんの事は「手代」、目上の第三者のお母様は「ご母堂」、お手洗いの事は「はばかり」、時間や時代の事は「時分」。英語を始めとした方言など言葉に非常に興味を持つわたしにとって江戸言葉も非常に興味深いんですよね。

 その中でも「この言葉は今でも使えばいいのになぁ」と感じるものは「粗忽」という言葉。「そこつ」と読みます。聞いたことあります??知っています??

 平たく言うと「そそっかしい」とかそういう意味なんですけれども、おっちょこちょいの男性を面白おかしく描いたりする楽しい落語の噺にはうってつけのキャラクター設定。落語の演目にも「粗忽長屋」とか「粗忽の釘」などタイトルに出てくる程によく使われる言葉だったりします。なんか粋でいいですよねぇ、そこつ。まぁ意味としては「そそっかしい」という意味なんですけど(笑)。

 「粗忽長屋」を現代風に訳せば「そそっかしい人ばかり住んでるアパート」みたいなものでしょうか。道中で倒れている人を見つけた八五郎は「あれ、そこに倒れているのは熊のやろうじゃねぇか。なんでこんなとこに寝てるんだ。」と声を掛けるも返事がない。そばにいた役人さんが「おまいさんの知り合いかい?熊五郎さんてのかい??この行き倒れ、身元がわからず困っているんだ。」と声を掛ける。

 「このやろう、死んでるんすか!?おおい、どうしちまったんだよ、今朝まで元気にしてたじゃねぇか。普通に挨拶したじゃねぇか、おい!!熊のやろう!!熊!!起きろ!!」

 「今朝その人に会ったのかい??じゃぁ人違いだね、この人は昨晩から倒れてたんだ。今日会えるはずないんだから。」

 「いや、熊のやろうならやりかねねぇんすよ、あいつ死んだことに気づかず、そのまま家へけぇって、今朝俺に挨拶しやがったんすよ。きっとそうにちげぇねぇです、すんません、熊の野郎がこんなに人騒がせしちまって。。。。。」

 「何を言っているんだね、おまいさん。死んだのなら家に帰れるはずがなかろう。人違いだよ、用が無いならけぇってくれ。」

 「何を言うんすか!?そんなに言うなら本人をここに連れて来やすよ!!見比べてみれば同じ野郎だってわかるにちげぇねぇ!!見てやがれこんちくしょう!!ちょいと待ってな!!」

 「おい!!おい!!おまいさん!!何を言ってるんだ!?話がややこしくなるから止めておくれ!!来ないでおくれ!!」


 そんな楽しい噺です。是非聞いてみてくださいませ。



 まぁこういう噺を聞いて、「うーん、他人事じゃねぇなぁ」と思う今日このごろです。電池を買いに行って、たんと買い物をして帰って、電池を買い忘れる。撮影をするつもりで店に行ったけれども、カメラを忘れる。

 みなさんの周りにも沢山「粗忽」が転がってますね。粗忽。こういう面白い言葉は伝わらなくてもどんどん使っていこうかなとか思っちゃうわたしでした。


 おわり

もしお気に召して頂けましたら投げ銭などはいかがでしょうか。1000円貯まると僕がサイゼリアでベルデッキオを注文出来る様になります。飲ませて下さい、ベルデッキオ。