難民認定制度に関する内閣府世論調査

 昨年、法務省が作り、内閣府が実施した「基本的法制度に関する世論調査」(https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-houseido/index.html)で難民認定制度が初めて取り上げられた。「難民受け入れが少ない」と考える人が 5割強なのに、「今後、積極的に受け入れるべき」とするのが 2割余りで、「難民受け入れに消極的な世論」という見出しがメディアなどで流れたが、この調査結果の解釈や使い方は慎重にすべきだ。

設問の文脈が与えられていない
 今回の調査では18歳以上の日本人1,572人から回答を得ている。数年前のUNHCRのアジア局の調査(ギャロップ社)では、日本はアジア17か国中で難民問題についての関心や知識が一番低かった。今回の調査の対象者のほとんども、難民問題についての認識がごく低い人々であると想定できる。調査結果はそのことを念頭に置いて解釈されるべきだ。

 調査票にある設問から調査の問題点がいくつか見えてくる。まず、調査の背景説明となる「資料2」には、難民の定義とともに、昭和57年(1982年)から平成30年(2018年)までの37間に 750人が難民認定を受け、2628人が人道配慮で受け入れられたとされているが、年平均にするとそれぞれ20人、71人に過ぎないことや、世界の難民数が2500万人を超えている中で、多くの先進国が数千、数万人単位で受け入れていることは触れられていない。また、日本に対しては、歴代のUNHCR高等弁務官を始め、難民受け入れ数があまりにも少ないことに対して国際的批判が続いてきたことも触れられていない。難民の受け入れは国際条約のもとで負担と責任の分担の精神でなされ、日本だけで決められる純粋な内政問題ではない。設問のなされる国際的文脈が与えられず、あたかも国内問題であるかの如く設問されているのは不十分だと言える。

肝心の問いがなされていない
 その上で、質問の5(Q5)は、これまでの受け入れ数についてどう思うかを聞いている。回答肢(ア)少ない、(イ)どちらかと言えば少ない、(ウ)どちらかと言えば多い、(エ)多い、の4つは少ないと思うか多いと思うかを聞いている。しかしなぜそう思うかについては聞いていない。多い、少ないは相対的なものだから、その根拠を聞かないと調査の意義が薄れる。特に(エ)の「多い」という回答の理由は、難民などの総受け入れ数が年間90人にすぎないことを考えると、ぜひ知りたいところだ。

 回答肢(オ)は「受入れ数は難民認定制度に従い判断された結果であるから、多い・少ない、の問題ではない」となっているが、これは(ア)~(エ)とは異質の回答肢だ。この回答肢は「現行の難民認定制度は妥当である」という前提でこそ意味がある。「制度が正しいから結果はそのまま受け入れるべきだ」ということだ。もし「現行の制度には問題がある」と考えていれば「結果は問わない」という答えは出ないだろう。悪い制度を正しく運用しても悪い結果が出るだけだ。(オ)は質問の5から外し、別の質問にして、「現行の認定制度についてどう思いますか?このままでいいと思いますか?問題があると思う場合、どうすべきだと思いますか?」といった、認定制度・手続きそのもののあり方について問うべきだった。というのも、これこそが日本での難民制度を巡る議論の中心であるからだ。肝心の問われるべき問いがなされていないのが、この調査の決定的な欠陥だ。


 ちなみに日本の難民認定数が少ない、という批判に対して、法務省は常に「認定制度を適正に運用した結果だから、多いとか少ないとかいう問題ではない」と答えてきた。法務省的には(オ)に多くの回答が集まることを期待していたかもしれないが、それを選んだ人は19%に止まった。「現行制度とその運用は妥当なものだ」という法務省の主張が支持されていないと解釈できる。

「慎重に受け入れる」とは?
 質問の6(Q6)は、今後の受け入れの方向について尋ねているが、ここにも問題がある。(ア)と(イ)の「(積極的に)受け入れるべきである」という答えと、(ウ)「現状のままでいい」という回答の意味は分かるが、(エ)と(オ)「(どちらかといえば)慎重に受け入れるべきである」は意味が不明瞭だ。積極的の反対語は消極的だから「減らすべきである」というのが論理的な回答肢だろう。しかし今以上に減らすということは無理なので、「慎重に受け入れる」というあいまいな回答肢を用意したのであろう。難民認定を慎重に行うべきことは当然のことだから、答えとしてはあまり意味がないが、回答者としては無難で選びやすい答えだ。そこに設問の作為性を感じる。


 ところで、日本の難民認定制度の運用への批判は、出身国情報の活用が不十分で、本来なら難民認定されるべき人が不認定となっているということだ。難民申請者の出身国の政治状況などを慎重に調べると、難民とされる者が今より増える可能性がある。「慎重に受け入れるべき」という答えが「法務省はもっと出身国事情を精査して、救われるべき難民を見出すべきだ」ということであれば、この答えは法務省への批判ともなる。

難民問題の「安全保障化」を進める設問
 Q6sでは、(ア)と(イ)「(積極的に)受け入れるべき」とした回答者にその理由を尋ねた上で、「日本の人手不足の解決」や「人口減少による問題の解決」の一助になるからという回答肢を入れてある。しかし、年間100人足らずの受け入れのインパクトはあまりに小さく、意味がある理由とはならない。むしろ、日本で難民募金をする人々に多い「国を追われて困った人を助けるのは当然だから」といった人道的な理由を入れるべきだったろう。

 また、「受け入れるべきか否か」という問いは、そこに具体的な数字がないと、回答者がそれぞれ違った数字を想定するので、意味が薄れる。「より多くの難民を受け入れるとしたら何人ぐらいがいいと思いますか?」とか、「(今までの5倍の)500人ぐらいを受け入れるとしたらどう思いますか?」という追加質問をしたら有意義だったろう。


 (エ)と(オ)「(どちらかといえば)慎重に受け入れるべき」理由として、「社会的な負担や社会的摩擦が増える」、「犯罪者などが混ざっていた場合には治安が悪化する」、「受け入れることでさらに多くの人々が流入することが心配だから」という回答肢が与えられた。このような回答肢は、 2015年以降の西ドイツなどへの100万人を超す移民や難民の流入に伴う混乱を回答者に想起させる。年間の受け入れ数が100人足らずで、紛争国からは遠いという地理的環境や「難民鎖国」イメージの強い日本に数十万の難民が押し寄せることは現実性がない。北朝鮮からの200人ほどの漂着者の誰一人として日本で難民申請をしていないのだ。ほとんどの難民は日本を逃避国とは考えず、素通りする。


 これらの回答肢は「難民は社会的な負担を増し、社会的摩擦を大きくし、治安を悪化させる人々」という偏見と不安感を強化し、難民の受け入れに伴うリスクをことさらに強調する効果がある。これは、難民の受け入れは国や社会への脅威となるとする「難民問題の安全保障化」の典型だ。その脅威感・不安感が、半数以上の回答者が「難民の受け入れは慎重に」という回答を選んだことにつながったといえよう。難民が治安悪化のスケープゴートとされているのだ。難民問題についてほぼ白紙状態にある一般市民は、内閣府(法務省)という権威ある中央官庁が作った説明と設問に影響・誘導されやすいのだ。


 このような回答肢が与えられたこと自体から、法務省・入管が難民に対して抱くネガティブな認識と漠然とした不安感が浮かび上がるように思われる。法務省・入管庁の抱く不安感を設問に反映することで、「難民を入れないから日本は安全な国だ」という誤った言説を広め、今までの「難民鎖国政策」を正当するという政治的効果がある。このようにして受入れの国内的コストを強調する一方で、受け入れないことの国際的コスト(国際的悪評、外交的損失)は捨象されている。

世論誘導的な設問
 背景説明の「資料3」は、難民制度を濫用・誤用するとされる難民申請者の扱いについての設問だ。濫用者・誤用者に対して、就労を認めない、在留を認めないといった行政技術まで詳しく書かれている。前出の質問6で、難民申請者に対する不安感を強めた上で、申請者を非難するトーンの説明を与えたせいだろう、法務省の厳格な対応への支持が多くなっている。申請者が急増した理由が、法務省が2010年に難民申請の6か月後から一律に稼働許可を与えるという取り扱いを導入した結果にあることは触れられていない。政策判断のミスには触れられず、申請者側に問題の責任が転嫁されている。多くの難民申請者が各地の人手不足の事業所で働いて日本経済に貢献していることも無視されている。


 今回の調査、法務省の描いたストーリーをベースに設問がなされ、現行の運用と施策を正当化するための回答を誘導しているということができよう。世論を反映するのが民主主義の原則だが、世論を誘導するのは行き過ぎだ。いくつもの欠陥を含んだ今回の世論調査の「結果」をもって、国際的に厳しすぎると批判される難民認定制度の運用を正当化するようなことは、決してあってはならない。そして、問題をはらむ今回の調査結果がメディアなどで公表されることによって、「大半の日本人は難民受け入れに消極的なのだから、法務省が消極的なのは当然だ」という言説が広がり、世論調査の公表が持つ「自己実現的」効果が発現することを懸念する。


 最後に、今回の世論調査は、「特定技能制度」のもとで今後5年間に35万人の外国人労働者を受け入れることに政府が大わらわになっている中で実施された。かくも多くの外国人労働者を短期間で受け入れることの方が、せいぜい数百人の難民を受け入れるよりも治安上も社会的にもはるかに大きい長期的な問題をはらむ。外国人労働者の受け入れについても、同じような設問を設けて詳細な世論調査をすべきではないか。

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