車いすシーティングの基礎

 高齢者や片麻痺で歩行能力が落ちている方にとっては、車いすが重要な移動手段となります。学校で車いすの基本的な名前やフィッテングを習ったことがあるかと思いますが、実際に車いすに乗っている方を前にして、なんか座りにくそうだけど、どうすればいいのかわからない。と困ったことはありませんか?私自身も現在臨床8年目ですが、あまりシーティングは得意な方ではなく正直どうしたら良いかよくわかりませんでした。ここ最近、訪問や通所といった在宅で生活する方をみさせて頂くようになり、車いすシーティングの重要性を感じ勉強するようになりました。また、在宅だけでなく急性期・回復期では離床を早期に促し、寝ている時間を少なくするといった考え方が主流となっていると思います。しかし、車いすに座っていると疲れる、お尻や腰が痛くなるから起きたくないといった方も多くおられると思います。
 そこで今回、円背をていした高齢者を中心にシーティングのポイントや、今からでもできる身近なものを使ったシーティングの方法をお話したいと思います。

①人間の身体の特徴
椅子の役割とは?
③リクライニングとティルト
④お尻を後ろにつけて座りましょう、は正しいのか?
⑤骨盤サポートとアンカーサポート
⑥横倒れ
⑦実際の方法

①人間の身体の特徴
 そもそもなぜシーティングが必要かというと、身体機能が低下し自分で体動ができない方は、前滑りや横倒れが起き褥瘡発生や腰痛になる可能性があるからです。また長い人では1日の半分は車椅子で過ごすことになります。単純にちゃんと座れた方が楽だからです!
 次に身体の特徴から座位を考えて見ます。図1を見てください左側は、サルで右側は人間です。動物の背骨は真直ぐもしくは、円背を呈しているいるのに対して人間の背骨はS字カーブを呈しています。このS字カーブは立って移動するために必要な構造となっています。人間の上半身の質量は体全体の約7割を占めておりこの重たい上半身を支えるために、カーブをいくつも作って、衝撃を分散(サスペンション機能)させています。 
 座るとこのカーブはどうなると思いますか?座ると立位と比べると必ず骨盤は後傾します。骨盤が後傾すると運動連鎖で、腰椎は後弯し胸椎も後弯します。例えば図2のように胡坐だと骨盤後傾、脊柱後弯により後方重心となりバランスを保つために、頭部は前方位変位し、頸部伸筋や腰背部の筋は過緊張状態となります。サルなどの動物は元々後弯姿勢のため座っても筋や脊柱に対してあまり負担はありませんが、人間は構造が変化するため筋(脊柱起立筋)は伸ばされ、椎間板や内臓は圧迫され負担が増大します。こういった特徴から人間は座っているだけでも疲れやすいとされています。 
 また、車いすを使っている方で自分で駆動や体動ができない方は、血液がうっ滞しやすいため疲労物質が蓄積しやすく、疲労しやすい状態となります。そこで極力負担を軽減するためにシーティングが必要となってきます。                    

画像1

画像2

②椅子の役割とは?
 通常椅子はバックレスト(背もたれ)と座シート(座面)によって構成されています。バックレストは背中を支える役割があり、座シートは体重をさせえる役割があります。バックレストと座シートからなる角度が背座角で、通常95~100°ぐらいやや後方へ倒れています。この角度が90°近くだと前に押し出せるような形となりきつく、逆に後ろに倒れすぎるとお尻が前にすべっていきます。座面と、床面と平行な線からなる角度が座面角で通常3~5°前方が高くなっています。前方が高いことにより前への滑り出しを防いでいます。これらシートや各角度の調整がシーティングにを行う上で重要なポイントなってきます。この角度の調整が容易にできるものがリクライニング機能とティルト機能になってきます。

画像3

③リクライニングとティルト
 リクライニングとティルト機能について、知っているようで意外と知らない、知っていてもうまく使えていない方が多くいるかと思います。
 リクライニングとは、もたれるや倒れるといった意味があり、その名の通りバックレストが後ろに倒れる機能です。古いタイプの車いすでは、このリクライニング機能だけがついた車いすもありますが、あまりおおすすめはしません。なぜかというと先ほども説明したようにバックレストを倒し背座角が大きくなると必ずお尻が前に滑りだすからです。健常者では滑り出す角度は130°ぐらいですが、高齢者や片麻痺の方など、足や手で支える力が弱い方はもっと浅い角度から滑り出してきます。さらに滑っていなかったとしてもそこには、摩擦力が生まれ、褥瘡を発生させる原因になります。
 ティルトとは傾くいった意味があり、座面とバックレストが後ろに同時に倒れる機能です。背座角が一定のままで後ろに身体を倒すことができます。そのため前に滑る力は発生せず、滑り出しや褥瘡の発生を防ぐことができます。
 体幹機能や嚥下機能が衰えて、通常タイプの車いすでは厳しい方には、リクライニング機能とティルト機能両方を備えたタイプがおすすめです。また、倒す順番にポイントがあり、必ずティルトをした後に微調整でリクライニングしてください。先にリクライニングをしてしまうと、滑る力が発生してしまいお尻は前にずれます。滑った状態からティルトをしてもお尻を戻すことは難しく、あまり意味がありません。ティルト機能がついている車いすを使っているのに滑ってしまう方は、大抵この順番が間違っていることが多いです。

④お尻を後ろにつけて座りましょう、は正しいのか?
 基本的に良いとされている座り方は、股関節・膝関節・足関節が90°と各関節が直角になっており、極力骨盤が真直ぐ前傾に近い形だとされいます。図4のようにお尻を後ろにくっつけることで骨盤が真直ぐになり、逆に空間が空くと後傾しやすくなります。上記で説明したように骨盤が後傾してしまうと、脊柱の円背が強くなるため、疲労しやすくなります。また、力が赤丸部分集中するため、赤丸を支点として前に滑りだす力が発生してしまいます。

画像4


 よくみかける光景で、同じように円背の高齢者に、「しっかり後ろにお尻をつけて座りましょう」と声掛けし、座りなおしをしているかと思います?これは人によっては間違っていることがあります。脊柱の可動性に問題はなく、姿勢保持が可能でただ単に姿勢が崩れている方には問題ありませんが、構造上可動性が低下した方では間違った方法となります。なぜかというと、図5のように背中が伸ばせない方が、後ろにお尻を引いて座るとそのまま前に倒れて、結局は円背姿勢のままになってしまうからです。さらにどんどん前に倒れて体幹はどんどん潰れてきます。また顔は正面を向けようとするため、頸部が伸展位になり顎が上がったような姿勢をとり、嚥下もしにくい姿勢となります。こういった理由から構造上背中が伸ばせない方は、深く座ることが間違っているとなります。ではこのままの浅座りで良いかというとそれも違います。背中の空いたスペースからどんどん下に沈み円背が強まったり、上記で説明した、前滑りが起こってしまいます。そこで骨盤サポートとアンカーサポートと使ったシーティングが必要となってきます。

画像5

⑤骨盤サポートとアンカーサポート
骨盤サポートは、名前の通り骨盤の支えになる物です。円背を呈し、骨盤部分に空間ができている方に対して、この空間を埋めるようにサポートを作ります。このサポートにより仙骨部分から背部にかけ面で支えることができます。空間が空いた状態では伸展が胸椎部分にあり前に押し出すような力が発せしていたのに対して仙骨から面で支えることで前に押し出す力が発生しにくくなります。また仙骨から支えることで身体を伸展させようとする反応がでるため、身体を起こしやすくなります(可動範囲内で)。
 アンカーサポートは座骨から大腿にかけて支える物で、前方への滑り出しを防ぐことができます。骨盤サポートと同様面で支えることがポイントで、大腿部分だけが高くなりすぎたりすると一か所に圧が集中してしまい、阻血や痛みにつながることががあり注意が必要です。例えば滑り止めを敷いている場合は、主に座骨部分のそれも皮膚だけで止めているような形となり褥瘡が発生しやすくなります。
 この二つのサポートによって体は安定し、楽に座ることができ、褥瘡も予防することができます。よくアンカーサポートだけはつけていることが多いですが、この骨盤サポートも重要なポイントになってきます。

画像6

⑥横倒れ
 前滑りと同様に問題になってくるのが横倒れです。体幹を全く保持できずすぐに横倒れしてしまう場合は、ティルト機能付きのリクライニング車いすが良いかと思います。ティルト機能と背張りの調整を行うことである程度は横倒れを防ぐことできると思います。ただ病棟などでティルト機能付きの車いすが無い、経済的な理由で今使っている車いすを変更できないなど変更できない場合もあるかと思います。
 一番簡単な方法としては、サイドにタオルなどでサポート作る方法です。一枚のタオルの両端を丸めてバックサポートに置く、この方法で横倒れが改善されればこの方法で良いかと思います。ただこの方法で改善しない場合にはもあります(・・;)。その場合は骨盤部分にサポートをつけるか、身体の回旋から修正する必要があります。
体幹部分を止めても骨盤が横にずれ、結局倒れてしまうことがあります。図7のように体幹を止めても体幹を支点として、骨盤が反対方向へ流れ、結果倒れた形となります。この場合は骨盤のサイド部分にもサポートをつける必要があります。また、図8のように、座面がたわんでいる場合にも同様に骨盤部分からずれやすくなります。この場合の対処としては、モジュラー型であれば、座張りを調整し、調整できない物であればクッションの下に板を敷いて真直ぐにする方法などがあります。
体幹の回旋については、少し難しくカップリングモーションという回旋と側屈の知識が必要となります。なぜかというと、体の側屈には必ず回旋が伴います。特徴として上位頸椎では、側屈方向と反対方向の回旋、下位頸椎では側屈方向と同側方向の回旋、胸椎では側屈方向と同側方向の回旋、腰椎は側屈方向と反対方向の回旋(腰椎伸展位の場合)が起こります。腰椎に関しては文献によりまちまちのため、実際に触診して見極める必要があります。側弯が強く横倒れしている場合には、回旋を止めることが必要になることがあります。例えば胸椎の右側屈が強い場合は、右肩甲帯の後ろにサポートを作り右回旋をとめ、右側屈を抑制するといった考え方になります。実際にはどこを支えれば側屈が軽減するのか試しながらサポートを入れる部分を決めていく必要があります。 

画像7

画像8


⑦実際の方法
 実際のシーティングを行う方法としては、オーダーメイドで座クッション、背クッションを作る方法や、既存の製品で行う、タオルを使って行う方法などがあります。
 オーダーメイドで作る場合は、まずタオルなどでシーティングを行ってみて、技師装具士さんなどと相談しながら作っていくといった方法になります。実際に私も作ったことがありますが、タオルと比較すると一度作ってしまえば、セッティングが簡単にできるといったメリットがありますが、作るまでに時間やお金がかかるといったデメリットがあります。2~3万円ほどかかります。
 既存の製品では、福祉用具屋さんで売られているようなアンカーサポートの付いたクッションや、骨盤サポートの付いた背クッションがあります。購入する前に試して使用することができるため、色々と試して一番あったものを試してみてください。また、細かく調整できるものとして、でく工房のノビットという商品があります。色々と調べてみましたが、クッションが細かく分かれており各個人に合わせて調整がしやすいかと思います。http://www.deku-kobo.com/original-product/nobit.htmlより写真引用。

画像9

 今からでもすぐできる方法として、タオルを使った方法があります。メリットとしてはすぐにできる、デメリットとしてはタオルのため形が崩れやすく定期的に調整が必要になります。左側の写真はクッションカバーに、タオルを入れて、座シートにしたものと、タオルを重ねて骨盤サポートを作ったものです。右の写真は実際の利用者に使用したものでタオルを使って骨盤サポートと横倒れ防止のサポートを再度にくっ付けたものになります。

画像10

 この三角形の骨盤サポーターの作り方としては、バスタオルを3つ折りにします。下側を2~3回折り曲げ、曲げた部分を中心に来るように半分に折り曲げます。最後に残った上の部分を折り曲げます。すると三角形のような形の簡易クッションができます。厚くしたい場合は同じものを作り、重ねていきます。最後に濡れてもいいようにビニールに入れ、空気を抜いてテープで止め、枕カバーに入れます。横倒れ防止のタオルは、タオルを適当に丸め、倒れないように骨盤サポートにくっ付けます。アンカーサポートはクッションの下やもしくは直接、この三角形にしたタオルを前が高くになる向きで入れます。

画像11

 順番としてはまず、坐位の状態でアライメントを確認する→どの部分を支えると坐位が安定するか確認する→実際に骨盤サポートや横倒れ防止のサポートを車いすに取り付ける→チェックポイントの確認や表情の確認をする(うまくできている場合は緊張がぬけ、表情も明るい)といった手順で行っていきます。車いす自体から変更する必要がある場合は、臥位の状態で採型や各関節の角度を測ったりともっと細かい手順で行う必要があります。今回は割愛します。

このような方法でシーティングを行います。みなさんもぜひ参考にしてみて下さい。

参考文献
光野有次 串田秀之:これならわかるシーティング「快楽座位」こそ介護の決め手





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?