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僕はお母さんにインターネットを禁止されているのでYouTubeとか TikTokのことがまったくわからない。
クラスのみんなが何のことを話しているのかわからないから休み時間は図書室かうさぎ小屋の前ですごす。
図書委員の山内さんとは面白い本をすすめあっているし、うさぎ小屋前でよくいっしょになる渡辺くんとは複雑な家庭の事情も話せる仲だ。
僕にはお父さんがいない。もちろん僕はお母さんがひとりで僕のことを生み出すことができないことぐらい知っている。いわゆる生物学上の父という存在があったからこそ僕は生まれてきたのだろうけど、物心ついた時から僕の家にはお母さんだけだった。
「母子家庭なんです」と言うと相手は気の毒そうな表情をするけど、僕は寂しさも不自由も感じることなく11歳まで育ってきた。
お母さんは仕事で忙しいけど、参観日とか運動会とかの行事には絶対来てくれるし、宿題とか返事が必要な学校からのお便りはリビングのテーブルに置いておけばちゃんと丸つけとかサインしてあるし、服とか下着とか靴とか小さくなったり使い古したりするタイミングで新しいものを用意してくれる。
家にいるときは僕の好きなオムライスとかハンバーグとかを作ってくれるし、トランプとかオセロとかで遊んでくれる。
おばあちゃんが近くに住んでいるから、お母さんが出張でいないときも大丈夫。
何よりも僕には「お父さんの部屋」がある。
「お父さんの部屋」には漫画がたくさんつまった本棚と学習机とシングルベッドとテレビデオとたくさんのVHSテープがある。
僕は渡辺くんに『鬼滅の刃』や『約束のネバーランド』を貸してもらうかわりに『幽☆遊☆白書』や『スラムダンク』を貸してあげた。
お父さんの本棚には東京オリンピック前に話題になった『AKIRA』もあった。
とにかく僕はクラスメイトとは必要最低限のことしか話さないけど、楽しい生活を送っているのだ。
それなのに、親子懇談で担任の田上先生はこう言ったんだ。
「彗くんは、クラスに友だちがいないようで心配です。」
はああ?僕が顔を先生の方に向けたと同時にお母さんがぶっ放した。
「それが何か?たまたま同じ校区に同じ年度に生まれて同じクラスになった30人の中に気の合う人がいるなんて奇跡なのではないですか?彗には別のクラスにはお友だちがいます。先生はご自分の
クラスの子どもたち全員が仲良しでなくては気が済まないのですか?そんなことありえませんよね?」
田上先生は立ち上がってスポーツテストと県下一斉テストの結果が入った封筒を差し出し
「彗くんは、とても頑張っています。ほめてあげてください。今日はお忙しい中ありがとうございました。」
と頭をさげた。

「カンパーイ!」
学校の近くの回転寿司店で僕とお母さんはオレンジジュースとビールで乾杯した。
「見た?あの先生の顔!あのあと何て言ってあたしに説教するつもりだったんだか!」
お母さんはジョッキの半分以上ビールを飲み干して意地悪そうに笑う。
「お母さんが僕の思ってること全部言ってくれてスッキリした!ありがとう!」
僕が言うとお母さんは満面の笑みで残りのビールを飲み干した。

その日の夜。お母さんは飲み過ぎたのか家に着くなり着替えもそこそこに自分の部屋で寝てしまった。僕はなんとなく「お父さんの部屋」に来た。
棚に並んでいるVHSテープの中から、なんとなく選んだ一本をテレビデオに入れて再生してみる。

TWIN PEAKS
海外のドラマみたいだ。
女子高校生の死体が見つかる。
保安官
FBI捜査官
ドーナツとチェリーパイ
製材所
赤い部屋

その日以来僕はこのビデオに夢中になった。

一学期の終業式の夜、僕はまた「お父さんの部屋」であのビデオを観ながら寝てしまっていた。

「彗!けいってば!」
お母さんの声で目が覚めた。
「あ、お母さんおかえり。」
「ただいま。ちゃんと布団で寝なさい。何のビデオみてたの?」
「ツインピークス」
お母さんがもとから大きな目をこれ以上大きくできないだろうってくらい見開いた。
「ねえお母さん、お父さんのこと教えて。知りたいんだ。」

ずっと言えなかった。やっと言えた。
お母さんは深く息を吸って僕の目を見て言った。
「わかった。長くなるけどいい?」
大丈夫。明日から夏休みだもん。

〈つづく〉

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