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雅志

 夏休みがはじまる前の日の夜、ぼくの妹が生まれた。

 4年生までぼくの苗字は垣内だった。お母さんが再婚して、渡辺になった。その前のお父さんの苗字は知らない。ぼくが赤ちゃんの時にお母さんはぼくを連れて実家に帰った。お母さんが再婚するまで、ぼくはその家でおじいちゃんおばあちゃんお母さんと暮らした。

 お母さんは総合病院の外科病棟の看護師だ。渡辺のおじさんは入院患者さんだった。
 お母さんはぼくのお父さんのことはあのクズとかろくでなしとか女たらしとか文句ばっかり言うけど、おじさんのことはいつもほめてほめてほめちぎっていた。
 4年生の秋、なんだか高級なお寿司屋さんの個室でぼくははじめておじさんと会った。
 おじさんは緊張しているのか汗をダラダラかきながらぼくに言った。
 「は、はじめまして、雅志くん。渡辺といいます。ゆきえさんとおつきあいさせていただいています。」
 「やだ、俊樹さん緊張しすぎ!」
 お母さんが笑った。
 「ほら、雅志もあいさつして!」
 「あ、は、はじめまして。雅志です。小学4年生です。」
 見たことないすごいお寿司がならんでいて、おいしそうだな、と思うんだけどなんか食べる気がしない。無理してマグロの握りを飲み込んだけど、全然味がしなかった。
 お母さんだけがニコニコしていて、たくさんお酒を飲んでいた。

 それから何回かおじさんに会った。映画や遊園地に連れて行ってもらったり、焼肉を食べに行ったりした。そのうちだんだん打ち解けてきて、少しずつ話をするようになった。ぼくもおじさんも漫画が好きで、同じ作品が好きなことがわかった。そこからはどんどん仲良くなっていった。

 クリスマスイブ、ぼくはお母さんと二人でイルミネーションを見ていた。街がきらきらザワザワしている。ぼくの心もなんだか落ち着かなかった。
 「雅志、お母さんね、俊樹さんと結婚しようと思う。」
 あーやっぱりねー!なんか改まって出かけようとか言うからそんなことだと思ったー。
「それから夏に雅志に弟か妹ができるよ。」
 うわーまじかー!
「雅志、なんか言ってよ!」
 「あ、あー…ぼくはおじさんのこと好きだし、いいと思う。弟か妹ができるのは、なんか、なんて言っていいかわからない。わからないけど、うれしいことだと思う。」
 「ありがとう」
 お母さんは泣いていた。

 ぼくは久しぶりに川上くんの家に遊びに来ていた。川上くんの家には漫画部屋があって、ぼくが最近の漫画を貸すかわりに古い漫画を借りている。
 「ねえ川上くん、今度うちに遊びに来てよ。妹見せたい。とにかくすごくかわいいんだ。」
 「あ、生まれたんだ。妹だったんだ。」
 「お父さんがさ、生まれたての妹見て、『よかった〜!ゆきえさんに似てる〜!俺に似なくてよかった〜!』って泣いたんだよ。」
 「あれ?渡辺くん、いつのまにお父さんって呼ぶようになったの?」
 「えっ、だってさ、妹が大きくなってぼくがお父さんのことおじさんって呼んでたら変に思うでしょ。今のうちに慣れておかないと。」


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