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駿介


よそん家のにおいがした。俺ん家なのに。もとは彼女ん家だったこの部屋にくらして半年たつ。はじめの頃は気になっていた匂いにも慣れて感じなくなっていたのに。
「ただいま〜」
玄関で靴を脱ぎながら左手でネクタイをゆるめながら右手で脱いだ靴下を脱衣カゴに放る。
裸足で廊下を進むと彼女がキッチンの床に座り込んで泣いていた。
「え?どしたん?」
「っく…食器…あたしが洗うって…言ったのに…」
「へ?」
今朝俺が起きた時には彼女は出勤した後で、キッチンには慌ただしく朝食と弁当を準備した残骸があった。俺は彼女が用意してくれたおにぎりを食べ、ついでに皿とかフライパンとかマグカップとか洗ってから出勤した。なんかまずかったか?
「なんか…なんか…後片付けもせずに出かけて、ダメなやつって…言われたような気が…したの…っうっ…っくっ…」
えっ、ちょっ、まっ…片付けてくれてありがとうじゃなくて…?
「え…っと…洗っちゃダメだった…?」
「ダメじゃない…ダメなのはあたしなの…うっ、ううっうっ…」
あー…だめだ…この空間に1秒たりともいたくない。俺は回れ右して玄関にいつもあるサンダルをつっかけて外に出た。
19時前だというのにまだ明るい。どこからともなくカレーのにおいがしてくる。
夕焼けがきれいなのでスマホで撮影して無言でTwitterにアップした。
コンビニで缶のハイボールを買って河川敷のベンチに腰を下ろすや否やスマホに通知音。
「キレイな夕焼け〜♡わたしも見てる♡なかなか会えないね。元気?」
時々行くバーの常連の女がすかさずいいねとリプライしてきやがった。なんで俺はこいつと相互フォローになったんだっけ?あーもーめんどくせ!ブロックしてやる。あーあの店にはもう行けねえな。会社の飲み会のあとひとりで飲み直すのにちょうどいい店だったのにな。
ため息でハイボールを飲み干す。缶を握り潰して立ち上がったところでスマホが震えた。
彼女からだ。
「もしもーし」
「あ、しゅんちゃん!さっきはごめん!あのさ!さっき生理はじまったんだ!」
「え?どゆこと?」
「いやなんかさ、生理前って何ていうか精神的に不安定になっちゃうんだよねー」
「は?そうなの?だから泣いてたの?」
「そうなの!なんかめっちゃ鬱入ったり、暴飲暴食したり、攻撃的になってさわるもの皆傷つけたり、いろいろやらかしちゃうの!んで生理はじまると落ち着くのよ!なぜか!」
そうなんだ…女の人ってたいへんなんだな。今日の今日まで知らなかった。
「でさ、今からハンバーグ作るからさ、何かデザート買ってきて!」
「おう、まかせとけ!」
「待ってる!」
ハーゲンダッツだな。彼女はクッキー&クリーム。俺は抹茶。

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