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美華

「田嶋美華って名前、かっこいいよな。」
 多田が言った。
 放課後の教室。今日は二人で日直なので、わたしは日誌を書いている。多田遼太は机と椅子の乱れを直して、床にゴミが落ちていないかチェックしている。
 「は?名前はかっこいいけど、顔はイマイチってか。」
 こちとら伊達に16年間この名前で生きてきてないんだよ。
 「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて、単純に四字熟語みたいでかっこいいなって…」
 四字熟語て…笑ってしまう。
 「でも田嶋かっこいいよ。1年の時のスピーチコンテスト、マジでかっこよかった。」
 「ありがと…」
 見てくれてたんだ。
「ミカ!帰ろー」
 となりの教室から香那が呼びに来た。
 「じゃ多田、日誌よろしく。バイバイ。」
 「おう、バイバイ。」

 「ミカ、多田のこと好きになってんじゃん。」
 香那がバニラシェイクを吸い込んだ。
学校から一番近いマックはうちの生徒ばっかりで落ち着かないので、わたしと香那はいつもちょっと離れたモスを選ぶ。
 「好きにはなってない!まだ…」
 コーヒーシェイクを吸ったら、ほとんど残ってなくて間の抜けた音がした。
 「まだ、って…こりゃ時間の問題だな。」
 気になっているのは確かなんだけどね。でも好きになってもしょうがないんだよ。だって彼が好きなのはあの子だから。

 「ここ、いい?」
次の日の昼休み、学食。小山ゆいがうどんを載せたトレーをわたしの前の席に置いた。
 「ああ、ゆい。学食珍しいね。」
   「うん。おかあが今日早朝会議だから食堂いきなさいって500円くれたの。」
 お母さんのことおかあって呼んでるんだ。かわいいな。
 「ミカ、いつも一人で学食?」
  「そうだよ。香那はコーラス部の昼練あるしね。わたし一人でバババッて食べて、宿題とか予習とかしてる。そういや六花は?」
 ゆいは同じ中学出身の田村六花といつもいっしょだ。登下校も、昼休みも、部活も。ゆいは文系、六花は理系なのでクラスはちがうけど。
 「今日六花は生徒会。」
 あーそっかー。成績優秀、容姿端麗、スポーツもできる、人望もある、弱点はないのか。
 「ねえミカ、今年もスピーチコンテスト出るの?」
 なんだ昨日から。けっこうみんな見てくれてたんだな。
 うちの高校では文化祭のステージイベントのひとつとして英語のスピーチコンテストがあって、各学年3人ずつ代表が出場する。昨年度わたしは出場したけど、わたし以外の出場者のレベルが高すぎて赤っ恥もいいとこだった。このまま終わりたくないからわたしはひそかにスピーチの特訓をしている。
「うん。出るつもりだよ。代表になれるかはわからないけど。」
 「テーマは決めてるの?去年は#MeTooがテーマだったよね。」
 「うん。実はクィアをテーマにしたいけど難しくて…。そろそろ決めて原稿書き始めないといけないんだけどね。」
 やっぱり別のテーマにするかな。でもこれといってないんだよお。
 「ミカ、今日放課後時間ある?話したいことがあるの。」
 えっなに急に。

 放課後、わたしは昨日と同じモスにいた。わたしの前には香那じゃなくてゆいがいる。
 なんとなくいつものコーヒーシェイクじゃなくてアイスコーヒーにした。ゆいはアイスティー。何の話だろう。

 ゆいは、多田しか知らない彼女の秘密を話してくれた。なんでわたしに話してくれたの?わたしがスピーチのテーマにクィアを選ぼうとしてるから?
「ねえ、わたし協力するからゆいがスピーチコンテスト出なよ。そうするべきだと思う。
決心がついたらまず多田に報告して。それからわたしに返事くれればいいから。」

その日の夜、多田から電話がかかってきた。
「田嶋〜、マジかよ〜。小山スピーチコンテスト出るってよ!」
「マジだよマジ。わたしのうっすい主張よりも当事者の気持ちの入ったスピーチが断然いいはずだよ!」
 ゆい、決心してくれたんだ。ちょっと泣きそう。
「田嶋は全部知ってるから言うけど、俺小山に好きだって言ったから!」
おお!
「ゆいが決心したから多田も勇気出したんだ!」
「まあな…振られるのわかってたけど。ていうか田嶋は俺が小山好きだって知ってた?なんで?」
そんなん教えられるわけないだろバーカ。


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