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毎週一帖源氏物語 第三十三週 藤裏葉

 はじめのうちは「桐壺、帚木、空蝉、夕顔、若紫……」と巻名を順番に挙げることもできたし、それぞれの巻の大まかな内容も言えたが、須磨、明石を過ぎた辺りからだんだんと怪しくなってきた。今ではもう手に負えない。

藤裏葉巻のあらすじ

 宰相の中将も女君も、意地を張りながら思いを寄せ合っている。大臣は焦慮していたが、三月二十日の大宮の忌日に中将の許しを乞い、中将も恐縮する。四月になり、大臣は藤の花の宴に宰相を招く。宰相は父の源氏に報告し、許しを得る。宰相は身なりを整え、夕暮れすぎに出かける。大臣は「藤の裏葉の」と唱えて、下の句の「君し思はば我も頼まむ」を響かせ、娘を認める意向を伝える。宰相は酔いにかこつけて休ませてほしいと頼み、頭中将の案内で姫君の寝所に入る。こうして、宰相は長年の思いを遂げる。
 六条の院では、入内の準備が進められている。対の上が付き添うことになるが、か弱い年頃の姫君のそばにずっといられるわけでもないので、これを機に実母に後見の役を委ねることにする。三日間に及ぶ行事を済ませた後、対の上と姫君の母との対面が初めて実現する。両者は互いに相手の美質を認め合う。源氏にとっては、あらゆる懸念が解消された。
 源氏は翌年に四十の賀を控えており、朝廷から秋に「太上天皇(だいじやうてんわう)になずらふ御位」(300頁)を得る。内大臣は太政大臣に、宰相の中将は中納言に昇進する。中納言は「六位宿世」と侮られた悔しさをようやく晴らす。出世して威勢が増したので、舅の邸を出て三条殿に移り住む。
 「神無月(かむなづき)の二十日あまりのほどに、六条の院に行幸(ぎやうがう)あり」(304頁)。帝だけでなく、朱雀院もお出でになる。迎える源氏は席を二つ用意して、自分のものは一段低くしつらえるが、帝の宣旨により同じ高さに引き上げられる。紅葉が美しく見える庭で、御膳や管絃で盛儀が尽くされる。

夕霧と雲居雁の結婚

 幼なじみだった夕霧と雲居雁が、ようやく結ばれた。いとこ同士で、ともに祖母の大宮のもとで育った二人であり、自然な親愛の情がそのまま結婚につながったことになる。政略結婚の要素が皆無とは言わないが、それよりは愛情のほうが強そうだ。何となく応援したくなる。

夕霧に向けられる内大臣家の人々の複雑な感情

 内大臣家の人々は、夕霧が雲居雁の婿になることを喜んでいるのかいないのか、どうもよく分からない。
 まず内大臣だが、娘を入内させたいという野望が叶わなかったことに対する憾みや、自分から膝を屈することを潔しとしないプライドの高さから、夕霧をなかなか認めようとしなかった。最終的には、もう一人の娘である弘徽殿の女御を念頭に置いて、むしろ雲居雁のほうがよい縁を得た(「なかなか人におされまし宮仕へよりはと、おぼしなさる」(301頁))と納得したようである。
 次に、内大臣の息子たち(雲居雁の兄弟たち)である。内大臣の許しが出たあとに、弁の少将が催馬楽の「葦垣(あしがき)」を歌う。「男が垣を越えて娘を背負って盗んで行く」という内容であり、かなり露骨な当てこすりである。実際、夕霧は雲居雁の二人きりになったときにこの件を持ち出し、「いたき主かなな」(289頁)と不満げである。ふだんは仲のよさそうな柏木にしても、「花の陰の旅寝よ」(288頁)と浮気扱いをする。ただし、癪に思うだけではなく、夕霧の人柄を認めてこの結果を喜ぶ気持ちもあるらしい(「ねたのわざやと思ふところあれど、人ざまの思ふさまめでたきに、かうもあり果てなむと、心寄せわたることなれば」(同))。そのあたりの機微が理解しにくいのである。

紫の上と明石の上の対面

 紫の上は身分が高く、源氏の寵愛も格別だが、子宝には恵まれなかった。明石の上は身分が低く、源氏の訪れも頻繁ではないが、源氏の娘を産んだ。そしてその娘は、将来の入内に向けた養育のために、明石の上から取り上げられて紫の上に託される。緊迫した関係にある二人が、姫君の入内の折に対面を果たす。両者の胸中にはさまざまな思いが去来したことだろうが、双方が相手を認め合うという穏やかな結果となった。

二つに分かれた皇統

 桐壺帝の跡を継いだのは、源氏の兄の朱雀帝である。親から子へと位が譲られている。その次に即位したのは冷泉帝で、これは朱雀帝の子ではない。実父は源氏だが、形式的には桐壺帝の子である。つまり、兄から弟へと譲位されたことになる。藤裏葉巻の時点での春宮は朱雀院の子であり、叔父から甥へという継承が予定されている。皇統が二つに分かれているのは、紫式部が生きた時代の現実を反映しているのだろうか。実在の冷泉院(村上天皇の子)のあとは、円融院、花山院、一条院、三条院、後一条院と、冷泉系と円融系が交互に即位している。
 『源氏物語』の世界に即して言えば、源氏の娘である明石の姫君の入内先は、冷泉帝自身はもとより、その皇子であっても都合が悪かった。表向きはどうであれ、実際には冷泉帝は源氏の子であるから、明石の姫君が冷泉帝と結ばれると兄妹婚になる。皇子が相手でも(ちょうどよい年齢の皇子がいたと仮定して)、叔母と甥の三親等だ。朱雀院の子ならいとこ同士(四親等)なので、かろうじて許容範囲だろう。

六条御息所の存在感

 久しく言及のなかった六条御息所だが、梅枝巻で仮名の名手として触れられた。それが露払いの役を果たしたのか、藤裏葉巻でも源氏が御息所の話を持ち出している。それも葵巻での車争いの一件である。不気味だ。

第一部完結――准太上天皇

 『源氏物語』は、三部に分けるのが一般的である。その第一部が藤裏葉巻で完結する。桐壺巻で高麗人から「帝王でもなければ臣下でもない」と予言されたことが、准太上天皇に進められたことで成就した。夕霧は身を固め、明石の姫君は入内し、何もかもが順調である。しかし、ここで終わってしまったのでは、『源氏物語』は並の一流文学にとどまったかもしれない。


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