Re: セリーヌ 、バーバリー 、グッチ、そしてイッタラ
イッタラがリブランディングを実施し、日本でも関心が高まっている。フィンランド在住のブロガーさんが詳細を書いてくださっており、非常に参考になる。ただ、本記事では、少し引いた視点から、リブランディングに起こりがちな例を紹介していく。
まずイッタラの件について知らない方のために軽く紹介。2023年2月、ヤンニ・ヴェプサライネンがイッタラのクリエイティブディレクター(以下、CD)に就任。1年の準備期間を経て、2024年2月からのコミュニケーション戦略を刷新。注目を集めている。
Instagram のコメント欄にはファンからの怒りのメッセージが多く見られ、#bringoldiitalaback (以前のイッタラに戻して)というハッシュタグが散見される。
新CDのヤンニとはどういう人物なのだろうか。彼女はいくつものラグジュアリーブランドでデザイナーとして勤務してきた方で、前職のJWアンダーソンでは、ハリー・スタイルズが着用したニットウェアでSNSを賑わせた。
このニットはデザインだけでなく、「チャレンジアイテム」としてバイラル。多くの人が同じデザインを手編みしようとする投稿をしはじめたのだ。ブランドも巧みなコミュニケーションを展開し、ニットの編み方を公開してファンを惹きつけた。「あのニット」は皆さんもご存知ではないだろうか。
そんな実績から、イッタラはヤンニをCDに迎えたのだと推察できる。イッタラが彼女を選び、期待されたアクションを起こしている以上、今回の騒動で彼女だけを非難するのはいかがなものかと思う。
そもそもリブランディングが反発を招くのは珍しくない。ほかのブランドにおける、リブランディングとバックラッシュの事例をいくつか挙げてみよう。
猛反発とセグメント開拓 - セリーヌ
セリーヌの2018年リブランディングは、まだ記憶に新しい。ディオールやサンローランでメンズウェアを成功させたエディ・スリマンが、セリーヌのCDに就任。彼の下でチームは一新され、メンズラインも立ち上げられた。
最も話題を呼んだのは、ブランド名から「É」のアクセントを削除したこと。CÉLINE から CELINE への変更は、実質的にブランド名の変更とも言える。エディは以前にもイヴ・サンローランから「イヴ」を外し、話題になった。現在「YSL」と言えば、主にコスメティクスラインを指す。同じブランドでもアパレルとコスメでは運営会社が異なるため、この区別は効果的だったと見ることもできる。ロゴ変更はInstagramで発表され、コメント欄は閉じられていたがファンの間では阿鼻叫喚だった。イッタラと同様、過去の投稿は全て削除された。
セリーヌの前CD、フィービー・ファイロが築いた女性的なイメージと熱烈なファンの支持ゆえに、エディの全く異なるスタイルは大きな反発を受けた。伝統への敬意が欠如しているとの批判が多かった。ファッション業界内ですら、「さすがにこれは人選ミスでしょう」なんて声も聞かれた。
だが、2024年現在、明らかに新しいセリーヌは市場に受け入れられている。ビジネス的に見れば、ウィメンズブランドがメンズ領域を開拓し、市場を事実上拡大した功績は大きい。一部の支持者からは嫌われてしまったかもしれないが、商業的には成功だった。
CEOとCDによる変革 - バーバリー
今度の例はCEOとCDによる長年の努力が結実したバーバリー。同ブランドは長い間低迷していた。日本では高校生のマフラー、イギリスではおばあちゃんのブランドと見られがちだった。
2006年、アンジェラ・アーレンツがCEOに就任し、バーバリーをラグジュアリーブランドとして再定義、新たな活力を注入した。日本市場ではライセンス契約を終了させ、代理店だった三陽商会の苦境を招くことにも。バーバリーはもはや近所の衣料品店では手に入らず、銀座や表参道の直営店でしか買えないブランドへと変貌した。
ちなみにアンジェラはその後、Appleの小売部門のトップになり、現在の洗練された販売網を築いた。以前の記事でもチラッと書いたが、Appleは通信キャリアや家電量販店に頼ることなく、直接顧客に製品を販売できる力を持っている。
バーバリーの話に戻ると、アンジェラのリーダーシップで再び活気づいたバーバリーは、ジバンシィでの功績を持つリカルド・ティッシをCDとして迎え入れ、更なるリブランディングを進めた。ブランドアイデンティティであった騎士のアイコンを廃止し、シンプルなゴシック体のロゴに一新。バーバリーはイギリス人にとって非常に重要なブランドだというのに。
さらに、この時期に多くのブランドが類似の路線でロゴ変更を行っていたため、その文脈でも批判や揶揄が続いた。
しかし結果としてブランドは成長を続け、売上は 2005年の £716M から2023年には £3,094M へと右肩上がりだ。新しいバーバリーは見事に若者の心を射止め、イケてるブランドへと返り咲いた。この事実は、適切に実施されたリブランディングは、長期的にはブランド価値を高め、市場での地位を固めることができることを示している。
アシスタントがCDに昇格、そしてマイワールド全開 - グッチ
もう一つ振り返りたいのは、グッチのリブランディング。最近勇退したアレッサンドロ・ミケーレは2015年にアシスタント・クリエイティブディレクターからCDへと昇格した。彼を指名したのは、前年にCEOに就任したマルコ・ビッザーリ。マルコは社内でキャリアを重ねてきた人物で、ステラ・マッカートニーやボッテガ・ヴェネタといったケリンググループ内の主要ブランドを率いてきた。が、グッチという看板に対してこのCEOとCDで大丈夫か?という布陣だった。もっと強いカリスマが必要なのではないかと懸念されていたのだ。
しかしミケーレは批判をものともせず、自分の好きなものを惜しみなく表現した。官能的な世界観に、当初は多くの顧客が戸惑ったものの、歴史に囚われない若い世代からは熱狂的な支持を受けた。特に、これまで未開拓だった中国市場などでの成功は目覚ましいものがあった。
ミケーレのデビュー当時の記事
ちなみにグッチは定期的に炎上している。が、デビュー時からファンをハラハラさせているので、ファンや関係者は寛容だった。
若く、革新し続けることの大切さ - ラルフ・ローレン
そもそもなぜブランドは変化が求められるだろう?ポロシャツでお馴染みのラルフ・ローレンは今も創業デザイナーが指揮するブランドだが、80代のリーダーは今も変革を続けている。ラルフ・ローレンはロブロックスやゼペットでメタバースに進出。子どもたちはネット空間でラルフの服を着てアクティビティを楽しんでいる。
Web3 には胡散臭いイメージがつきまとうが、若い消費者と接点を持ち強固な関係性を構築するという点では十分に魅力的だ。大金をかけて表参道駅をジャックするよりもずっと効果的だろう。
ラルフ・ローレンは若者から支持され、見事に若返りに成功した。トミー・ヒルフィガー、ラコステ、カルバン・クラインなども同じ戦略を踏襲してシニア向けのイメージから脱却している。未来の顧客に歩み寄ることの大切さを、80過ぎの創業デザイナーが体現している。ちゃんと業績がそれを裏付けているのだから、アッパレ。
イッタラの評価は数年後に
リブランディング直後に反発があるのはよくあることだ。それは、ブランドが人々に深く愛されている証拠であり、ブランド界に長くいる人々にはお馴染みの現象。反発や変化が全くないことの方がむしろ問題だ。
スイスのバリーは、LAのブランド、ルードの創業者ルイージ・ビラセノールをCDとして迎え入れたが、わずか2シーズンでの退任となった。たしかに、あまり話題にならなかった。
蛇足だが、現在のバリーCEOは、カルティエ銀座店からキャリアをスタートした人物で、日本の業界人にも馴染み深い。新しいバリーを見守っていた私の友人は気が気でないそうだ。
さて。イッタラのリブランディングは失敗だったのだろうか?その判断を下すにはまだ早すぎる。彼らもよくある問題に直面しているだけで、時間が経てば解決するだろう ― 今までに多くのリブランディングを見てきた人の目にはそう映っている。
盗作問題も指摘されているが、残念ながらそれも珍しい話ではない(個人的には絶対ダメ!とは思う)。それはCDを批判するための便利な道具になるだろう。しかしリブランディングの本質とはそれほど関係がない。グッチなんて何度も炎上してきたが、好戦的なコミュニケーションで批判をものともしない。一方で、イッタラのコミュニケーションは丁寧で、中の人が図太くないように感じる。
むしろブランドにとって今大切なのは、できる限り大きな変化をもたらすことだ。ロゴもチームも一新するなら、今がその時。成功してきたブランドたちは大胆不敵に変革を進めた。エディ・スリマンなんて「ファッション界のトランプ大統領」とまで言われたほど。そして、結果を出すことがすべて。数字だけが、施策の成功や失敗を明確に示してくれる。新生イッタラははじまったばかり。面白いのはこれからだ。
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