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§223.03 給与所得の範囲

1.事案の検討

⑴ 本件判決の判示のうち、先例性をもつと考えられる部分を指摘せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕230頁)

 所得税法の規定を踏まえると、「勤労者が勤労者たる地位にもとづいて使用者から受ける給付は、全て……給与所得を構成する収入と解すべ」きであるとする部分と思われる。

⑵ 本件判決における給与所得の考え方と、§223.01判決における給与所得の考え方は、整合的だといえるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕230頁)

 必ずしも整合的ではないと指摘されている。まず、§223.01判決は、「給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付という」と判示している。つまり、給与所得は、労務の対価であるとする。しかし、本件判決は、労務の対価よりも給与所得の範囲を広く捉えており、労務の対価ではなくても、勤労者としての地位に基づいて受ける給付は、全て給与所得を構成すると考えている。なお、考え方としては、①ある給付が「労務の対価」にあたるのかを検討し、②あたらないときは、「勤労者としての地位」に基づく給付かを検討することになるようである。(以上につき、佐藤〔第3版〕166-167頁「▶︎弁護士顧問料事件判決と通勤定期券課税事件判決との整合性」を参照。)

2.通勤手当の扱い

⑴ 事業主が支給する通勤手当は、一般的には受領者の給与所得に当たると考えてよいか。従業員がどの程度の通勤費を要して通勤するかを決めているのは誰か、という点に注意して検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕230頁)

 事業主が支給する通勤手当により、受領者の純資産は増加する(純資産増加説)。このため、理論的には、受領者になんらかの所得が発生していると考えられる。これが給与所得にあたるのか問題となるが、通勤手当は、「勤労者としての地位」に基づく給付であると考えられる、一般的に、給与所得に該当すると考えてよいのではなかろうか。
 むしろ、通勤手当を、必要経費として控除できるのかが、ここでの問題であろう。つまり、アメリカでは、住居の選択は、個人の自由な選好であるとされ、原則的に通勤費が給与所得者の必要経費にならない理由のひとつとされているようである(小池和彰「個人所得における通勤費の必要経費性」京都マネジメント・レビュー第3号48頁参照)。つまり、設問でいうところの通勤費の水準を決定しているのは、従業員の方なのだから、必要経費として控除を認める必要はないと考えるようである。
 これに対して、わが国は、個人が自由に居所を選択することが困難な場合があるため、通勤費は非課税とされていると指摘される。つまり、「とりわけ、都市部では個人が自由に居所を選択できない傾向が顕著であって、通勤時間そして通勤距離はますます長くなる傾向がある.通勤費の非課税限度額も、この事情を反映してか、毎年のように引き上げられている.」とも指摘される(同上)。設問に照らすと、従業員が住む場所を選択する自由度が制限されていることから、通勤費は、非課税とすることが正当化されているようである。
 (ただ、近時、リモートワークが認められるようになり、事業主は、在宅勤務を従業員に求めることもできる状況となっており、業務内容次第では、出社を求めるか否か、つまり、通勤費を発生させるか否かの決定権は、事業主にあると考えることもできるような状況が出現している。)

⑵ 現行法は9条1項5号において、一定範囲の通勤手当を非課税としている。これは、どのような理由によるものと考えるのが合理的か。⑴の検討結果も考慮せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕230頁)

 ⑴で検討したように、わが国では、通勤費の決定は従業員が行なっていない、あるいは、決定する自由度が極めて限定されていることから、通勤費に対応する手当が支払われるときには、それを必要経費に相当するものと捉えて、非課税とする考え方がとられているように思われる。なお、アメリカと異なり、通勤費の必要経費性ということではなく、通勤手当という所得の非課税性という文脈で議論されている状況は、「わが国では、会社が通勤費の負担をするという形態が通常採用されており、通勤費は、会社の所得を稼得するための会社の経費となっていといえる」(同上)と指摘される実態が影響しているものと思われる。

3.フリンジ・ベネフィット

⑴ (略)

(ケースブック租税法〔第6版〕230頁)

⑵① この2つの判決を比較した場合、結論を分けた要素は何だと考えられるか。また、香港2泊3日旅行事件(232頁)の判決が最も重視した要素は何か。マカオ2泊3日事件(§211.01)も参照せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕231頁)

 この2つの判決を比較したとき、結論を分けた要素は、参加従業員の受ける経済的利益の額であると考える。そして、香港2泊3日旅行事件が、最も重視した要素は、参加従業員の受ける経済的利益が少額であったことと考える。なお、マカオ2泊3日事件の指摘するとおり、所得税法36条1項所定の「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」に、旅行に係る経済的利益が含まれると考える。

② 香港2泊3日旅行事件判決を承けて個別通達が発遺され、その後の改正を経て、現在では以下の通達……が存在している。この通達の考え方は、判決の考え方と同じか、異なるか。異なるとすると、どのように異なるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕231頁)

 この通達は、所定の旅行期間と参加率の要件を満たすとき、原則として、社会通念上一般に行われているレクリエーションと捉えて、非課税とする考え方をとったものと考える。この点、マカオ2泊3日旅行事件判決は、参加従業員の受ける経済的利益が少額であることを重視していた。このため、この通達は、同判決の考え方をそのまま反映したものではなさそうである。ここで、参加率と従業員の負担額の関係性に着目すると、常識的には、従業員の負担額が少なければ少ないほど(つまり、従業員の受ける経済的利益が高額であればあるほど)、参加率は上昇しそうである。この通達は、参加率が50%以上であることを非課税推定の要件としているが、従業員の受ける経済的利益が高額であることを許容していると捉えることができそうである。このように考えると、この通達の考え方は、同判決の考え方と異なると考えられる。
 従業員参加率が低いものは、もはや、会社のレクリエーションとは言えないので、課税すべきであるというのが、この通達の考え方である。これに対して、同判決は、従業員の受ける追加的給付に着目し、その多寡を問題としている。ここでの問題は、従業員の受けている経済的利益の内容なのであるから、追加的給付に着目する、同判決の考え方に親近感を覚える。

⑶ フリンジ・ベネフィットは一般的にはそれを受け取った従業員等の所得の一部であると考えられるが、⑵に引用した所得税法基本通達36-30を見てもわかるように、課税実務上は必ずしもこれらに対し、一般的に課税が行われているわけではない。課税実務の立場を示す所得税法基本通達36-21ないし36-50の内容を調査し、課税庁は課税すべきフリンジ・ベネフィットと課税しないフリンジ・ベネフィットとを、どのような基準で分けていると考えられるかを検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕233-234頁)

 佐藤〔第3版〕173-174頁「▶︎課税実務における現物給付の課税」を参照。

4.「使用者の便宜」理論(事業主都合給与)

⑴ フリンジ・ベネフィットは、少なくとも理論的には、原則として、それを受け取った従業員の所得を構成すると考えられるが、例外的にそのような所得に課税すべきではないと考えられる場合はないか。たとえば、①近くに集落などがまったくない山奥でダム建設工事をする場合に、使用者の費用で現場に宿舎を建設して無料で労働従事者を宿泊させたら、その宿泊代はフリンジ・ベネフィットとして課税すべきか。また、②遠洋漁業に出かけている漁船において、使用者が乗組員に無料で食事を提供した場合はどうか。船員法80条1項参照。

(ケースブック租税法〔第6版〕234頁)

 租税理論では、フリンジ・ベネフィットは、純資産増加あるいは消費にあたると考えられ、課税すべきである。この点、課税するにあたり、純資産増加あるいは消費の価値は、市場価格の価値を有すると考えられている。市場価格の価値を基準とする理由は、その価値を、主観的に測定すると、客観的で公平な制度を構築することができないからである。ただ、設例①または②のように、「強制された消費」については、消費等の価値を市場価格どおりに測定する必要性は強くない。なぜなら、そのような消費を強制される者にとって一般的に、価値がない場合があるからである。
 このため、「強制された消費」について、非課税とすることは立法政策として可能である。実際、所得税法施行令21条1号は、船員法80条1項の規定により支給される食料等は非課税とされる(設例②)。また、所得税法基本通達9-9⑷ハは、鉱山の採掘場に勤務する使用人に対して提供した家屋または部屋についても非課税としている(設例①)。

⑵ ⑴での検討結果に照らして考えると、現行所得税法9条1項6号はどのような理由で定められているものと考えられるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕234頁)

 上述した⑴の検討結果に照らすと、現行所得税法9条1項6号は、これらの消費を非課税とする理由は、誰にとっても価値がゼロであるからであると考える。

5.現金による給付と給与所得の範囲

 (略)たとえば、以下のような場合には、どのような課税が合理的だと考えられるか(所基通23〜35共−1、佐藤英明「使用者から与えられる報奨金等が給与所得とされる範囲」税務事例研究61号21頁(2001)参照)。
⑴ AはB社の陸上部に所属し、勤務時間中も競技の練習を行うことが認められていた。Aは、日本代表としてオリンピック大会に出場し、金メダルを獲得したので、B社はAに100万円の報奨金を支払った。

(ケースブック租税法〔第6版〕234頁)

 オリンピック大会で金メダルを獲得することは、B社の事業とは無関係であるため、報奨金100万円は、給与所得として課税することは合理的ではないという考え方もあり得る。他方で、Aは勤務時間中も競技の練習を行うことが認められており、B社の陸上部は、同社の知名度・好感度の向上のために設置されたものと思われることを考慮すると、オリンピック大会に出場して金メダルを獲得することが、B社からAに対する業務命令であると考える余地がある。そして、Aが、金メダルを獲得したことにより、B社の知名度・好感度の向上に寄与し、報奨金100万円が営業成績のよい従業員に対する賞与と同じであると考えられれば、給与所得として課税することが合理的であると考える。(佐藤〔第3版〕176頁「Case 2-21⑴」参照)

⑵① PはQ社の研究所で勤務し、Q社の指示の下で、すべての研究資材等をQ社から提供されてある研究を行っていた。Pはこの研究結果にもとづいて特許権を取得し、それを就業規則に基づいてQ社に承継させたのでQ社はPに1,000万円の報奨金を支払った。

(ケースブック租税法〔第6版〕234頁)

 この事例では、Pが特許を受ける権利を原始的に取得し、特許権の設定登録後に、特許権を就業規則に基づいて、Q社が承継取得している(特許法35条1項、66条1項、98条1項1号参照)。1,000万円の報奨金は、特許権という「資産」(所得税法33条1項)の対価であるから、給与所得ではなく、譲渡所得として課税することが合理的であると考える。(佐藤〔第3版〕158頁「Case 2-18①」参照)

② この事例で、そもそも、発明により特許を受ける権利を取得したときにPが所得を得たと考える余地はないか。この場合にPに対してどのような課税をすることが考えられるか。(略)

(ケースブック租税法〔第6版〕234頁)

 本問は、報奨金1,000万円の請求権の確定を、Pが特許を受ける権利を取得した時まで早められないかという問題である。
 たとえば、Pが特許を受ける権利を取得したこと、つまり、発明を完成させたことが、Q社の研究開発部門の研究員の評価基準であり(特許出願数を部門目標として設定しているような場合を想定した)、発明の完成により賞与が支払われる仕組みがあるような場合には、Pが発明を完成させた時に、報奨金1,000万円の請求権が確定したと考えられ、Pに所得が発生したと考えられるのではなかろうか。この場合は、報奨金の特許を受ける権利との対価性は希薄であるため、給与所得として課税することが合理的である。
 他方で、特許を受ける権利は、特許出願し、特許査定を受けることで、特許権へと昇華する。特許査定を受けるためには、拒絶理由が存在しないことが必要であるが、新規性・進歩性などの要件を満たさないと、拒絶査定を受ける可能性がある(特許法49条、51条を参照)。報奨金の金額が1,000万円と高額であることを考慮すると、特許を受ける権利のように、不確定な独占権に対して、このような金額を支払うことは考え難いのではなかろうか。
 このため、上述のように、考える余地はありそうであるが、現実的ではないのではなかろうか。

6.株式を用いた報酬

⑴ 従業員が受け取るストックオプションもフリンジ・ベネフィットの一種として議論される場合がある。この問題について、以下の最高裁判決を読み、次の3点を検討せよ。(略)
① この最高裁判決が、本件権利行使益が給与所得に該当すると判断した論理を整理せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕235頁)

 米国法人であるB社のストックオプションを、B社の100%子会社であるA社の代表取締役を勤めていたXに付与した事例のようである。問題となったのは、ストックオプションの権利行使価格と権利行使時点におけるB社の株価の差額、つまり、権利行使益の所得分類である。
 最高裁判決は、まず、XがB社と直接の契約関係がない点について、「B社は、A社の役員の人事権等の実験と握って支配しているものとみることができる」ことを指摘したうえで、B社は、XがA社の代表取締役として職務を遂行しているからこそ、ストックオプションの付与契約を締結したことに触れて、職務遂行の対価としての性格を認定した。
 なお、ストックオプションによるがB社の株価の動向により権利行使益が変動することを理由に、B社からXに与えられた給付であることを否定できないと判示している。

② このようなストックオプションについて、どのような合理的な課税の可能性があるか。給与所得以外に当たるとする場合も含めて、いろいろと考えてみよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕235頁)

 学説上は、給与所得と考える立場以外に、一時所得、譲渡所得あるいは雑所得に該当する可能性が指摘されている(判例百選〔第6版〕74-75頁、酒井貴子『37 ストックオプション課税』参照)。なお、本件では、Xは、納税額が少なくなる一時所得として確定申告している。すなわち、総所得金額の計算にあたり長期譲渡所得と同様に一時所得も2分の1に相当する金額が課税標準とされる(所得税法22条2項2号)。

③ 本件のようなストックオプションの権利行使益を給与所得と考える場合に、その所得にかかる源泉徴収はどのように行われることになるか検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕235頁)

 ストックオプションの行使により、B社株式をXに交付するのは、通例、B社である。このため、B社は、Xによるストックオプションの行使を知り得る立場にあることが推測される。そうであれば、B社は、権利行使益を把握できるのであるから、然るべき、為替レート(TTS、TTM、TTB)を適用し、権利行使時における権利行使益を円貨で計算し、所定の源泉徴収税額を税務署に支払うことができると思われる。また、B社が、Xのクレジットリスクを負担したくないのであれば、Xとの間では、権利行使時に、市場売却することを誓約させ、売却手続までを実施し、売却手取金から源泉徴収税額を控除した金銭を、B社からXに対して支払う仕組みとすることが考えられる。
 なお、これらの実務を米国B社に期待することは困難であろうことが想定され、日本子会社A社の管理部門が手続を構築すべきでなかろうか。

⑵ (略)

(ケースブック租税法〔第6版〕236頁)

7.給与所得の範囲と支払者の源泉徴収義務

⑴ ……このような場合、Xが自分の源泉徴収義務を履行する上で問題となる点を指摘せよ。なお、債務免除益への課税については、§231.01参照。

(ケースブック租税法〔第6版〕236-237頁)

 XがAに対する債権を免除するにあたり、Xにおける機関決定が必要であれば、債務免除益の性質を検討し、管理部門において所得分類の検討と、必要であれば外部専門家、税務署への相談等を通じて、源泉徴収義務を履行することができると思われる。他方、Aが、独断で債務免除することができてしまうと、A以外のXの関係者が、債務免除の事実を知ることができない可能性がある。このため、Xとしては、このような可能性を考慮し、Xの理事に対するXの債権の免除などの利益相反行為については機関決定を経なければ、有効とならない体制を整備すべきであると思われる。(なお、XのAに対する債権について、定期的な支払が発生するのであれば、その支払いが滞った時点で、Xの経理部が、事態を察知することができる。このため、期間が長期で、元利金を償還期限に一括払いするような契約でない限りは、Xにおいて債権の免除を把握できるのではないかと思われる。)

⑵ ……このうち、②a、②bには、以下のような判示がみられる。これを読んで、このような横領による利益の給与所得該当性について検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕237-238頁)

 横領による利益については、②aは、違法な金銭の支給であるから給与所得と考えることはできないとし、②bは、租税負担の公平性の観点から給与所得と考えるべきであるとしている。給与所得に分類すると、法人において源泉徴収義務を負担することとなる。問題となっている社会福祉法人は、公益事業を行うための法人である。法人に源泉徴収義務を負担させるということは、社会福祉法人に資金を拠出した者に、理事長の横領による経済的負担に加えて、源泉徴収税額分の負担を求める結果となる。この点も考慮したうえで、給与所得への該当性を慎重に検討すべきであると思われる。

8.関連裁判例

(略)

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