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【過去問】 退職慰労金と退職所得


1.問題

 Aは、B株式会社(内国法人。以下「B社」という。)の常勤の取締役を20数年間務め、平成20年3月期決算に係る定時株主総会の終結をもって取締役副社長としての任期を満了したが、同株主総会において非常勤の監査役に選任され、その後は監査役としての職務に専念している。AがB社の取締役に就任した当時、同社は倒産寸前の苦境に陥っていたが、Aは長年かけて同社の経営の再建に尽力し株式上場の立役者となった。このことは社内外を問わず衆目の一致するところである。
 前記株主総会では、Aは引き続き役員を務めることになったが、これを機にAに役員退職慰労金支給規程に従って退職慰労金を支給することが決議された。その決議を受けて、B社の取締役会では、役員退職慰労金支給規程の定める基準に従ってAに対する退職慰労金の額を1億3000万円とする旨の提案がなされた。これに対して、審議の冒頭で、「Aの我が社への貢献は高く評価するが、それでも上場して間もない我が社の資産、収益等の現状からみて高額すぎるのではないか。」との強硬な反対意見が出され、これに同調する者もいたが、途中から、「もっともな御意見ではあるが、上場会社としてそれなりの配慮があってもよいのではないか。」との賛成意見が優勢になり、結局、原案どおり承認された。決定された退職慰労金の内訳及び内容は以下のとおりである。
① 標準退職慰労金 7000万円 この金額は,役員退職慰労金支給規程の定める基準に従い、役位別の最終報酬月額に役位ごとの在任期間の年数及び役位別の役位係数をじて算出したものである。
② 功労加算金 2000万円 この金額は、役員退職慰労金支給規程の定める基準に従い、「在任中特に功績が著しかったと認められる役員」に対して標準退職慰労金の金額の30%を超えない範囲で支給することができるものとされている功労加算金について、算出したものである。
③ 特別功労加算金 4000万円 この金額は、役員退職慰労金支給規程の定める基準に従い、「当社の創業を主導し推進した役員、強力な戦略の成功をもたらした役員、当社の苦境を脱し盛業に導いた役員、その他当社に大いなる貢献をなし、その功績が顕著であったと認められる役員」に対して功労加算金の金額の倍額を超えない範囲で支給することができるものとされている特別功労加算金について,算出したものである。
 特別功労加算金については,金銭で支給することにした標準退職慰労金及び功労加算金とは異なり、B社所有の帳簿価額4000万円の甲土地を支給することにした。
 B社は、Aに対する退職慰労金(以下「本件退職慰労金」という。)の支給に当たって、1億3000万円について、損金処理をする一方、所得税を源泉徴収した。なお、甲土地の支給時の時価は1億円であった。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。ただし、取締役に対する損害賠償請求の可能性及びそれに伴う課税問題を検討する必要はない。
〔設問〕
1.本件退職慰労金に係る所得の種類及び収入金額が所得税の課税上どうなるかについて、所得税法における課税の趣旨にも触れながら、条文を摘示しつつ論じなさい。

(司法試験平成21年第2問設問1)

2.出題趣旨

 本問は、役員退職慰労金の支給に関する課税上の問題について、所得税法及び法人税法のそれぞれの観点から検討することを求めるものであり、1つの事案を多角的・包括的に分析する能力及び条文を正確に読解し事実を要件に適切に当てはめる能力を試している。
 設問1は、役員の分掌変更に伴って支給される退職慰労金の所得税法上の取扱いについて、①給与所得と退職所得との区別、取り分け所得税法における退職所得課税の趣旨及び同法第30条に規定する「退職」の意義の理解、②現物所得の取扱いに関する所得税法第36条第1項括弧書及び同条第2項の理解を踏まえ、本文の事案に即して検討することを求めるものである。①については、取り分け勤務関係の終了の意義に関する最高裁判所の判決(最判昭和58年9月9日民集37巻7号962頁等)の立場を踏まえた論述が求められる。

3.採点実感等

 第2問は、設問1については、退職所得課税の趣旨及び退職所得の意義については、確立された判例もあり基本的事項であることから、出題時に予定していた解答水準を満たす答案がかなり多かったと思われる。もっとも、退職所得課税の趣旨を退職所得の要件ないし退職の意義の解釈に反映させようとすることなく、それぞれについて単に記憶した内容を記述するにとどまるように思われる答案も散見された。また、Aの分掌変更を退職所得と給与所得との区別に関してどのように評価するかという点については、常勤の取締役と非常勤の監査役との職務内容、勤務形態等の違いを考慮して適切な判断を示す答案が多かったが、Aが取締役副社長の任期満了後も引き続き役員を務めているという事実を重視し形式的な判断に基づき勤務関係の継続を認める答案や特段の説得的な論拠を示すことなく本件退職慰労金の内訳に拘泥する答案も散見された。そのほか、現物給与に係る収入金額について、所得税法第36条第1項括弧書及び同条第2項の意味内容を理解していない答案も散見された。

4.解答例

設問1について
1.所得の種類
 本件退職慰労金は、退職所得として課税されないのかを検討する。
(1)退職所得の趣旨
 そもそも、所得税法が、給与所得とは別に、退職所得を設けた趣旨は、退職金は、長期間の就労に対する対価の一部分の累積という性質と、多くの場合いわゆる老後の生活の糧としての機能を有するからである。
 このため、①退職所得は、課税標準に算定にあたって、退職所得控除が適用される。終身雇用制の下、退職金で老後を過ごす必要があるとの前提から、金額の割に担税力が低いことを考慮し、特別の控除が設けられた。また、②控除後2分の1のみが課税される。長期間の勤労の対価としての所得という性格に鑑みて平準化措置として設けられた。さらに、③他の所得と分けて分離課税され、源泉徴収されるので、原則として申告不要である。これは担税力が低いことを考慮し、他の所得と合算して高い累進税率の適用を避けるための措置である。
(2)退職所得への該当性
 かかる退職所得の趣旨を踏まえ、退職所得の要件を検討する。
 この点、「退職により一時に受ける給与」(所得税法30条1項)は、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、③一時金として支払われることと解されている(5年退職事件判決)。本件では、Aは、取締役副社長を退任後、非常勤の監査役に選任され、その後はその職務に専念している。退職所得の趣旨である老後の生活の糧という機能を踏まえると、Aは、依然、監査役として収入を得ていることから、本件退職慰労金は、①の要件を満たさない。
 しかし、形式的には上述の要件を備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合するときは、「これらの性質を有する給与」(同項)として、退職所得となる。なぜなら、退職所得の趣旨に沿うからである。ただ、継続勤務しており、要件①を満たさないときに、「これらの性質を有する給与」とされるためには、「特別の事実関係」が必要である。具体的には、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とみられないという事情が必要である(10年退職事件判決)。
 これを本件についてみると、Aは、常勤の取締役副社長から非常勤の監査役へと勤務関係が変動しており、勤務関係の性質、内容、労働条件等は、毎日出勤し、経営上の意思決定と執行の担う役割から、月数回出勤し、経営を監視する役割へと大きく変動している。このため、勤務関係は形式的には継続しているが、実質的には従前の勤務関係の単なる延長とはみとられない事情がある。また、常勤取締役を20数年務めたAの年齢を考慮すると、本件退職慰労金は、退職所得の趣旨である老後の生活の糧という機能を果たす資金であると考えられる。
 このため、本件退職慰労金は、「これらの性質を有する給与」(同法30条1項)として、退職所得に分類されるべきであると考える。
2.収入金額
 本件退職慰労金のうち、標準退職慰労金と功労加算金は、金銭で支給されており、収入金額は、合計9000万円となる(同法36条1項)。
 これに対して、特別功労加算金として、金銭以外の経済的利益である甲土地がAに支給されている(同項括弧書)。そして、そのような経済的利益の価額は、収入金額は、甲土地を取得し、または、その利益を享受する時における価額で測定することとされている(同条2項)。本件では、甲土地の支給時の時価は1億円であったとされており、甲土地の権利取得時における時価は1億円であったものと認められる。このため、特別功労加算金の収入金額は、1億円となる。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 「§223.05 退職所得の意義」(ケースブック租税法〔第6版〕243-247頁)における5年退職事件と10年退職事件の判決と、それにまつわるQ&Aの回答をもとにして、解答例を作成した。最近検討している所得分類の問題と異なり、ケースブック租税法で勉強したところが、そのまま、役に立つ問題であったと感じた。収入金額については、なぜ、このような基本的なことを聞くのかが、問題全体の文脈からよく理解できなかった。これは、法人税法の勉強が進んでいないからなのかもしれない。


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