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§223.04 給与所得控除

1.給与所得控除の沿革と現状

⑴ このような近年における給与所得控除額の上限の設定とその金額の引き下げは、引用文献が指摘している給与所得控除の問題点の解決として有効であるかを検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕241頁)

 引用文献は、給与所得控除の性格として、「勤務費用の概算控除」と「他の所得との負担調整」を指摘する。そして、給与所得控除の問題点として、被用者のサラリーマン特有の事情の変化から、手厚い水準の給与所得控除が職業選択など就業に対する中立性を損なうおそれがあると考えられることから「他の所得との負担調整」の必要性が薄れているとする。
 給与所得控除額の上限の設定とその金額の引き下げは、「他の所得との負担調整」の必要性の希薄化をうけ、手厚い水準の給与所得控除を引き下げる試みと考えられる。このため、引用文献が指摘する給与所得控除の問題点の解決として有効であると考える。

⑵ 平成30年改正における給与所得控除額の一律10万円引下げは、同改正における基礎控除額の10万円引上げと、いわば「見合い」とされている。このような改正の考え方は、引用文献が指摘しているどのような問題に対処するためのものと考えられるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕241頁)

 これは、引用文献が指摘している就業に対する中立性の欠如という問題に対処するためのものであると思われる。すなわち、手厚い水準の給与所得控除の恩恵を享受するために、給与所得にあたる就業形態を選択する傾向を緩和すべく、給与所得者でなくとも、10万円の控除を受けられるように、基礎控除額を10万円引き上げたのだと考えられる。

2.給与所得控除の意義

⑴ (略)

(ケースブック租税法〔第6版〕241-242頁)

⑵ 給与所得控除を給与所得の捕捉率が他の所得より高いことを是正する措置だと解する場合、全部の収入を正直に申告する事業所得者との間では不公平の問題は生じないか。

(ケースブック租税法〔第6版〕242頁)

 不公平の問題が生ずると考えられる。捕捉率の高さの是正措置であると考えると、全部の収入を正直に申告しないことを奨励しているようにも捉えられなくもない。このため、全部の収入を正直に申告するものは、給与所得者と異なり、不利益を被ることとなる。この点、「逆に事業所得者等に『脱税の権利』を認めるのに等しい−−−給与所得者が控除を受けるのに対応する部分の収入は申告しなくてもよい、むしろ、全部申告するとかえって不公平になる−−−ことであって、給与所得控除の制度的な理由として認められるかどうかは疑わしい。」と指摘されている(佐藤〔第3版〕186頁参照)。

⑶ 給与所得が勤労所得であり担税力が低いことを考慮した制度だと解した場合には、他の所得類型との関係で「逆差別」が生じる可能性はないか。

(ケースブック租税法〔第6版〕242頁)

 逆差別が生じる可能性があると考える。つまり、勤労所得であり担税力の低い所得は、給与所得以外にも存在し得る。そのような所得に対して逆差別が生じる可能性がある。この点、「この観点から給与所得控除を理由づける場合には、農業を含めたきわめて零細な個人事業と給与所得との公平の問題が、さらに提起されることには、注いが必要である」と指摘されている(佐藤〔第3版〕186頁参照)。

⑷ §121.01判決を読み直し、この最高裁判決が、給与所得控除制度の合憲性を導くのに前提としている給与所得の特徴などの事情を整理せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕242頁)

 ①必要経費と家事上の経費またはこれに関連する経費との明確な区分が困難であるのが一般であること、②給与所得者の数が膨大であるため、実額控除を行うことは、税務行政上少なからざる混乱を生ずることが懸念されること、③各自の主観的事情や立証技術の巧拙によってかえって租税負担の不公平をもたらすおそれがあること、が給与所得の特徴として指摘されている。(なお、佐藤〔第3版〕183-185頁参照)

3.給与所得の必要経費

⑴ 給与所得者の「必要経費」としては、どのような費目(支出)を考えることができるか。そのような支出は、給与所得を得るために本当に「必要」であるといいうるのか。

(ケースブック租税法〔第6版〕242頁)

 たとえば、仕事に必要な本の購入代金について考えてみると、仕事上、必要なのであるから必要経費とみることができそうであるが、それを通常の読書生活の一部であると考えれば、消費であるとみることができる。仕事と本のテーマとの関連性が分水嶺となりそうであるが、具体的事情によって異なり、一般的に「必要」ということは難しいのではないかと思われる。

⑵ 年収500万円(全額が給与所得)の給与所得者の場合、給与所得控除は月額いくらに当たるか(所法別表第5⑹参照)。また、その金額は妥当な額だと考えるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕242頁)

 年収500万円であると、144万円(5,000,000 x 0.2 + 440,000)となる。金額の妥当性の判断は難しいが、144万円を業務関連支出として高過ぎるとの考え方もあり得そうである(勤務費用の概算控除)。この場合、その残額は、他の所得との負担調整という趣旨で設けられた部分であると考えることになるのではなかろうか。したがって、負担調整として妥当な額であるのか否かが問題となろう。

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm

⑶ ……。所得税法57条の2第2項各号に掲げられている支出は、それぞれ給与所得者の必要経費と考えられものかどうかを検討せよ。また、その検討結果に照らして、この控除の特例はどのような性格を有する制度であると考えるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕242頁)

 「現行の特定支出制度において列挙されている項目の中には、多額の通勤費やいわゆる単身赴任帰宅旅費など、給与所得を得るための経費とは考えられないものが多数含まれており、概算経費控除というよりも、さまざまな給与所得者の個別事情に対応した担税力調整の制度と考えるのが適切であるように思われる」と指摘されている(佐藤〔第3版〕187-189頁参照)。

4.給与所得と現実の争訟のあり方

 給与所得の計算に法定の給与所得控除の適用があるということは、給与所得をめぐる訴訟においてしばしば重要な実質的考慮要素となる。本節で取り上げた事案において、給与所得控除の適用の有無がどのように問題となっているか指摘せよ。なお、§224.02 N&Q2.参照。

(ケースブック租税法〔第6版〕242頁)

 まず、本節における弁護士顧問料事件で、Xは、いくつかの会社から受け取った顧問料収入を給与所得として確定申告をしている。顧問契約における業務内容は、法律相談等に応じて法律家としての意見を述べる業務をこなすこととされている。この業務について、実額での必要経費は、僅少なのではないかと推測される。このため、給与所得として確定申告することで、給与所得控除による概算控除を享受し、税額を抑えることができた事案ではないかと推測される。
 次に、本節における大島別訴第一審判決では、Xは、講演料を雑所得として確定申告した。雑所得の場合は、給与所得と異なり、必要経費の実額控除が認められる。このため、給与所得控除による概算控除よりも柔軟に必要経費を計上でき、それにより、税額を抑えることができた事案なのではないかと推測される。
 ストックオプション給与課税事件では、Xは、権利行使益を一時所得として確定申告した。一時所得は、その所得金額の2分の1に相当する金額を、課税標準とするため、給与所得控除よりも税額が抑えられた事案なのではないかと推測される。
 このように、具体的な事情に応じて、給与所得控除が有利・不利に作用することが考えられる。

5.年末調整と申告不要制度

⑴① この制度のキーポイントになる190条の規定(年末調整)の内容を整理せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕243頁)

 所得税法190条は、毎月の源泉徴収額の合計と、実際に確定申告しなければならない納税額との差額を、使用者が、納付する義務を定める。(詳しくは、佐藤〔第3版〕178-179頁を参照)

② なぜ、この場合に確定申告書の提出が不要とされうるのか説明せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕243頁)

 年末調整を実施すれば、通常はこれ以上、税金を納めたり還付を受けたりすることはないはずなので、改めて、確定申告書を提出する必要はないものとした(所得税法121条1項本文)。(佐藤〔第3版〕180頁)

⑵① 年末調整の制度にはどのような合理性があるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕243頁)

 年末調整は、膨大な数の給与所得者の大部分について、確定申告書の提出を省略することができ、租税行政上の事務処理の負荷を軽減するという効果があり、この点で、合理性があると考える。

② また、この制度の適用がある場合であっても、給与所得者がさらに確定申告を行うべき場合とはどのような場合か。

(ケースブック租税法〔第6版〕243頁)

 年間の給与等の収入が2000万円を超える高額な給与所得者については年末調整の適用がなく、確定申告を行うべきこととなる(佐藤〔第3版〕180-181頁)。(なお、複数の使用者から給与所得を得ている場合と、給与所得以外の所得を得ている場合は、確定申告が必要となる。)

③ そのような場合に年末調整によってすべて対応するとされていないのは、どのような理由によるものと考えるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕243頁)

 年末調整制度を設計する上では、年末調整を実行的なものにするという要請と使用者の事務負担を合理的な範囲に制限するという要請のバランスが重要であると指摘される(佐藤〔第3版〕178-179頁)。すべて年末調整による対応とされなかった理由は、このようなバランスの取り方を考え、使用者の事務負担が重くなり過ぎると判断されたためと思われる。

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