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【過去問】 矯正歯科の矯正料の帰属年度


1.問題

 A(居住者)は、歯科医で昭和55年からQ歯科医院を営む事業者である。Aの息子B(居住者)は、平成14年に歯科医師国家試験に合格し、5年間ほど大学病院で勤務医を務めた後、平成19年4月から、Aと共にQ歯科医院で治療に従事するようになり、また、Q歯科医院に隣接するA所有の建物に、妻及び一人娘Cと共に両親と同居するようになった。Bは、Aに家賃を払っておらず、生活費は、Aと分担しているものの、分担の範囲や割合は明確でなく、月によって異なることが多い。また、家事は、Aの妻とBの妻が互いに助け合って行っている。
 Aは、一般歯科治療のみを行ってきたが、勤務医時代に矯正歯科治療の経験を積んだBがQ歯科医院で治療に従事することになったので、同医院の診療科目に矯正歯科を加え、同医院の看板にも「一般歯科 矯正歯科」と併記するようになった。
(中略)
 ところで、矯正歯科治療は、基本的には、相談、検査、診断、調整施術(矯正装置の装着)、その後の処置(調整)、観察等の経過を経て完了するのが一般的であり、通常3年以上の期間を要する。Bは、検査や診断の際、その結果に基づいて矯正料金規程を示した上で、Bを契約当事者として明記し、患者又はその保護者と矯正治療契約を交わすことにしている。矯正治療契約においては、Bは、矯正装置を装着した時に矯正料を一括して請求し受領すること、治療が中断される場合には、受領した矯正料のうち、いまだなされていない治療行為に係る部分に相当する金額を返還すること等が定められ、契約年数は、患者の症状に応じて3年ないし6年とされている。Bが平成19年4月から同22年3月までの3年間に矯正料を返還した実績は、患者総数及び矯正料総収入のいずれについても1%程度にすぎず、しかも返還の理由も患者の転勤、転校等のやむを得ないものであった。Bは、矯正料のほか、矯正装置の装着の前後を問わず何らかの処置を行った場合には、その内容に応じた対価を別途受領することにしている。
(中略)
 BがQ歯科医院で治療に従事するようになって半年ほど経つと、Bは、矯正歯科治療だけでなく一般歯科治療についても腕が良いと患者や地域住民の間で評判になった。Aも、Bの手腕を高く買っており、矯正歯科に関して口出しすることは当初からほとんどなかった。Q歯科医院の収入は、矯正歯科治療に係る収入が加わったほか、一般歯科治療に係る収入も増えたため、平成19年秋頃から飛躍的に増加しており、平成21年には、Aだけが歯科治療に従事していた平成18年分の収入に比べて、2.5倍ほどになり、しかも一般歯科治療に係る収入と矯正歯科治療に係る収入はほぼ同額になった。Q歯科医院では、平成19年4月以降、⑴……、また、⑵矯正歯科治療に係る収入については、矯正治療契約に基づき矯正装置の装着時に一括して受領した矯正料を治療の経過に応じて治療期間に係る各年分の収入とし、受領した矯正料のうち、いまだなされていない治療行為に係る部分を前受金とする会計処理がされている。AとBは,上記の会計処理に基づき自己の収入とされた分を、平成19年以降の各年分の所得税について、事業所得として確定申告している。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。
〔設問〕
2.矯正歯科治療に係る収入の計上時期に関するQ歯科医院の会計処理(前記の事案中の(2)の会計処理)に基づく確定申告の適否について、所得税法に則して、条文を摘示しつつ検討しなさい。

(司法試験平成23年第1問設問2)

2.出題趣旨

 設問2は、収入金額の計上時期(所得の年度帰属)の判定を問う問題である。本問では、「その年において収入すべき金額」(所得税法第36条第1項)という要件をどのように解釈し、事案に適用するかが、問われている。また、権利確定主義や管理支配基準の意義や適用場面を正確に理解しているかどうかも、問われている。参考になる裁判例として、高松高判平成8年3月26日行集47巻3号325頁がある。

3.採点実感等

 設問2については、「その年において収入すべき金額」(所得税法第36条第1項)という要件の解釈や権利確定主義及び管理支配基準の意義に関する理解はほとんどの答案でさほど問題なく記述されていたが、本件事案について権利確定主義と管理支配基準との関係に言及しつつ明確な論拠を示して収入金額の年度帰属を判定した答案は少なかった。本問についても、設問1について指摘した能力と同様の能力の涵養が重要であると感じられた。

4.解答例

設問2について
1.⑵の会計処理は、矯正料のうち、治療されていない部分について前受金という経過勘定を負債に計上し、収益として認識していない。つまり、矯正料として金銭を受領したものの、実際に治療する年まで、「その年において収入すべき金額」(所得税法36条1項)にあたらないとの会計処理をしている。この会計処理は適当であろうか。
2.「その年において収入すべき金額」とは、現実の収入がなくても、その年に収入の原因たる権利が確定的に発生した金額のことと考える(権利確定主義・雑所得貸倒分不当利得返還請求事件判決)。
 これは、常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を維持できないので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものである。また、同項は「収入した金額」と規定していないこととも整合する。
 この点、矯正歯科治療は、通常3年以上の期間を要し、契約では、矯正装置を装着時に一括して矯正料を受け取るものの、治療が中断されると、受領した矯正料のうち、いまだなされていない治療行為に係る部分に相当する金額を返還することが定められている。このため、一括受領時に、未治療部分の矯正料に係る権利は確定的に発生していないと考える。
3.ただ、このような権利であっても、現実に金銭等の収入があり、その金銭等を自由に処分できる状態となったときには、その金額については「その年において収入すべき金額」と考える(管理支配基準・仙台賃料増額請求事件判決)。
 本件では、Bが平成19年4月から同22年3月までの3年間に矯正料を返還した実績は、患者総数及び矯正料総収入のいずれについても1%程度にすぎない。加えて、返還の理由も患者の転勤、転校等のやむを得ないものであった。また、返還に備えて、一括受領した矯正料を積み立てているといった事情も認められない。このため、Bは、一括して収受した金銭を自由に処分できる状態にあったといえる。このため、同金額については「その年において収入すべき金額」であったと考えるべきである。
4.したがって、Bが一括して受領した矯正料は、「その年において収入すべき金額」にあたり、受領した年に一括して収入金額として認識すべきである。このため、会計処理⑵のように前受金という経過勘定を用いて収入金額の認識を繰り延べるべきではなく、かかる会計処理は適当でないと考える。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 本問については、「§232.01 権利確定主義⑴ ––––– 基本的な考え方」(ケースブック租税法〔第6版〕293頁)と「§232.03 管理支配基準」(ケースブック租税法〔第6版〕302頁)の解答を参照し、出題趣旨と採点実感で表明されている試験委員の方々のお考えを汲みながら、解答例を作成してみた。なお、出題趣旨において「本問では、『その年において収入すべき金額』(所得税法第36条第1項)という要件をどのように解釈し、事案に適用するかが、問われている。」とされ、どの要件の解釈として展開することが期待されているのかが明確になった。そこで、この観点から論述することに努めてみた。なお、会計処理の妥当性というかたちで問いが立てられているため、経過勘定を使って、収益認識を繰り延べることの妥当性というかたちで言い換えたうえで、「その年において収入すべき金額」の論点であることにつなげてみた。
 なお、出題趣旨で触れられている、高松高判平成8年3月26日行集47巻3号325頁であるが、裁判所のウェブサイトでは次のように説明されている。「矯正歯科を診療科目とする歯科医が、検査、診断後、矯正装置を装着した時点において、患者等と矯正治療契約を締結すると同時に矯正料を一括して受領した場合につき、たとえ矯正治療そのものは以後数年間にわたって継続するものであるとしても、前記歯科医は、遅くとも前記矯正装置装着日には、矯正料を収入金額として管理、支配し得る状態になり、収入すべき権利が確定したものというべきであるから、矯正料全額を前記矯正装置装着の日の属する年分の収入金額に計上するものとしてした所得税の更正は、適法であるとした事例」


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