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【過去問】 必要経費と家事関連費・債務免除益


1.問題

 甲は、多数の従業員を擁して個人で生花の卸小売りを行う花屋の事業を営んでいる。甲は、平成18年5月下旬ころ、得意先の丙株式会社(以下「丙社」という。)から同社の記念行事を飾る一定量の生花の注文を受けたことから、その納期である同年6月1日に、従業員乙に指示してその生花を丙社に配達させたが、その折、乙は、丙社の社長室に置いてある高級なガラス製の置物を誤って割ってしまった。その置物は、丙社がその前日に備品として300万円で購入したものであった。連絡を受けた甲は、すぐさま丙社に出向いて陳謝したところ、丙社の社長は、甲が丙社に対し上記の置物の購入代金の300万円を支払うことを条件に、これまでどおり取引を続けてよいと述べた。甲はこれを了承し、翌日、300万円を丙社に支払った(以下当該支払を「本件支払」という。)。同日、甲は乙に対して、「今回のことは、この仕事ではよくあることで、仕方がありません。あなたは、長い間、まじめに働いてくれていますから、300万円はあなたには求償しませんよ。」と述べた。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。
〔設問〕
1.甲の事業所得の金額の計算上、本件支払に係る金額がどのように取り扱われるかについて、条文を摘示しつつ論じなさい。
2.本件支払に係る乙の所得税の課税関係がどうなるかについて、源泉徴収の要否にも触れながら、条文を摘示しつつ論じなさい。

(参照条文)所得税法施行令第98条の2
 法第45条第1項第7号(必要経費とされない損害賠償金)に規定する政令で定める損害賠償金(これに類するものを含む。)は、同項第1号に掲げる経費に該当する損害賠償金(これに類するものを含む。以下この条において同じ。)のほか、不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務に関連して、故意又は重大な過失によって他人の権利を侵害したことにより支払う損害賠償金とする。

(なお、出題時の法令のまま引用している。)

(司法試験平成19年第2問設問1・2)

2.出題趣旨

 第2問は、事案に現れた三者間の法律関係を把握した上で、所得税法及び法人税法の規定の法解釈論を展開するとともに、問題文に現れた事実関係を整理して法規範を適用する能力を試す問題である。1については、参照条文を参考にしながら、必要経費に関する所得税法第37条及び第45条の関連規定の要件を正確に読み取り、それらの規定の趣旨がいかなるものか、当該趣旨や条文の文言に照らして、甲のした支払の所得税法上の取扱いがどうなるのかを、問題文に現れた諸事実を踏まえつつ、分かりやすく論述できるかどうかを試している。2については、民事上の法律関係を踏まえ、甲が求償しない旨を乙に告げ、乙が甲から求償権の行使を受けなくなったことに関して、それが所得税法第36条所定の収入金額に当たるか、当たるとすればいかなる理由に基づくのか、また、その所得区分はどのように考えるべきか、さらに、源泉徴収がいかなる場合にどのようにして行われるのか、を論じることができるかどうかを問うている。(以下、略)

3.採点実感等

(公表なし)

4.解答例

設問1について
1.甲の事業所得の計算上、本件支払に係る金額を、必要経費として控除できるのかが問題となる(所得税法37条1項)。
2.本件支払は、売上原価等の収入を得るために直接要した費用(個別対応の必要経費、同項前段)ではない。このため、事業所得を生ずべき業務について生じた費用(一般対応の必要経費、同項後段)への該当性が問題となる。
 この点、同項の趣旨は、総収入金額のうち、課税対象を所得に限定し、投下資本の回収部分に課税が及ぶことを避けるためであると解される。このため、同項後段の費用は、収入を生み出す業務に直接関連し、かつ、その業務遂行上客観的に必要なものでなければならないと考える(ロータリークラブ会費事件判決)。
 本件支払に係るガラス製置物の損壊は、生花卸売り業務に関し、丙社から受注した同社の記念行事を飾る生花を配達するときに発生した。このため、甲の生花卸売り業務との直接の関連性が認められる。また、生花卸売り業務において、配送時に、従業員の過失により顧客を含む第三者に損害を与えてしまうことは発生することであるから、その損害賠償金を負担することは、業務遂行上客観的に必要であると認められる。
 このため、本件支払に係る金額は、一般対応の必要経費に該当する。
3.必要経費に該当しても、家事関連費等については控除が認められないところ、本件支払に係る額が、家事関連費とされる「損害賠償金」(同法45条1項8号)に該当しないか問題となる。
 この点、所得税法施行令98条の2は、重過失によって生じた損害賠償金については、「損害賠償金」として控除を認めない。本件支払の原因となった社長室の高級なガラス製品の損壊行為であるが、甲の従業員乙が「誤って」惹き起こしており、これは故意と同視できるような重大な過失によるものとは考えにくい(民法709条)。加えて、甲において、乙に配送時の教育訓練をより徹底することも考えられ、相当の注意を欠いたことは否めないが、その程度は、故意と同視できるほどではないと考える(民法715条1項)。
 したがって、乙の行為および甲の監督状況は、重過失によるものではなく、本件支払に係る額は、「損害賠償金」には該当しない。このため、事業所得の必要経費として控除されるものと考える(同法27条2項)。

設問2について
1.甲は、丙社に損害賠償金として300万円を支払った(民法715条1項)。ガラス製品の損壊は、乙の過失によるものであるから、乙は甲に同額を支払う義務を負う(同条3項)。かかる義務を甲が免除し、乙は対応する経済的利益を得ているため、乙の所得税の課税関係が問題となる。
2.乙の債務免除益は「収入すべき金額」(同法36条1項)にあたる。同項かっこ書きは、金銭以外の経済的利益を含めているからである。また、理論的にも、債務を免れることによって乙の純資産は増加しており課税されるべきである。そして、かかる経済的利益の価額は債務免除から乙の享受する300万円となる(同条2項)。
3.かかる収入金額の所得区分が問題となる。甲は、乙の債務を免除するにあたり、その理由を「あなたは、長い間、まじめに働いてくれていますから」と説明している。このため、甲と乙との間の雇用関係に伴って免除されたものと考える。このため、かかる収入金額は、この雇用関係に係る給付として、給与所得に区分すべきである(同法28条1項)。
4.甲は、「多数の従業員」を使って業務を営んでいるため、乙の給与の支払いにつき、給与所得の源泉徴収義務を負う(同法183条1項、184条)。平成18年6月2日に免除しているため、300万円に対応する所得税を徴収し、同年7月10日までに国に納付しなければならない。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 設問1は、「§231.02 必要経費の意義」(ケースブック租税法〔第6版〕279頁)で取り扱われている、一般対応の必要経費への該当判断基準等が問われている。設問2は「§231.01 収入金額の意義」(ケースブック租税法〔第6版〕275頁)で取り扱われている事項がテーマとなっていると思われる。債務免除益に対して課税される根拠が出題趣旨でも聞かれているからである。いずれも勉強した知識をあてはめるかたちで、解答例を作成してみたところである。
 勉強が進んできたためか、若干、即興的に書けるようになってきたように思えるが、それが果たして正しいのか、よくわからないところである。参考答案をみていると、その論理の流れと随分違った書き方となっており、心配ではあるが、たぶん、こんな感じなのかなと思ったものを作成してみているところである。

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