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§242.02 雑損控除等


1.制度と事案の検討

⑴ ①雑損控除に関連する所得税法72条1項柱書と1号、および、同施行令206条3項柱書と1号の条文を読み、雑損控除の要件と効果をまとめよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 佐藤〔第4版〕355-357頁によると、要件は、①納税者と、生計を一にする親族が所有する資産に損害が生じること、②対象となる資産が、おおむね、居住用不動産(建物)、生活に通常必要な動産、および、事業にいたらない業務用の資産であること、③損害の生じた原因が、災害、盗難、横領で生じたこと、④損害額がその年の総所得金額などの10%を超えることと整理できる。
 佐藤〔第4版〕357頁によると、効果は、総所得金額などの10%を超える部分の金額を所得控除できることと整理できる。なお、所得税法施行令206条3項柱書は、損失の額の計算にあたっては、災害直前の資産の時価を用いることを定めている。ただ、同柱書の括弧書と1号によると、所得税法38条2項に規定された資産等は、簿価を基準として計算する方法が認められている。

②①の作業に基づき、この控除制度の特徴を指摘せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 ①の作業を通じて、この控除制度の対象となる資産の範囲は限定されているように感じた。純資産増加説からすると、生活に通常必要でない動産なども、損害を被れば、純資産は減少するのであるから、広く、非課税とされるべきではないかと思われた。しかし、この控除制度は、そもそも、これらの資産減少は、消費にあたると考え、政策的に、限定された範囲でのみ、控除を認めていると感じた。
 そもそも、昭和25年改正前の所得税法では、「災害により納税者が著しく資力を喪失して納税困難と認められる場合に、政府が所得税を軽減・免除することができるという一般的な規定があった」ところ、シャウプ勧告により、平等が確保できないことが問題視されて、昭和25年改正で、現行法のルールに至ったとされる(増井〔第3版〕108-109頁参照)。
 これらのことを踏まえると、この控除制度は、租税理論上は、課税すべきところを政策的に「担税力の減少を真に考慮すべきものに限る」かたちで、対象となる資産や原因の範囲を狭く設定して認められているという特徴を有するといえるのではなかろうか。
 以上につき、佐藤〔第4版〕362-363頁を参照。

⑵ ①所得税法71条を読み、雑損失の繰越控除制度の内容を整理せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 所得税法71条の要件は、①雑損失の生じた年分の確定申告書を提出しており、かつ、②その後に連続して確定申告書を提出することと整理できる。また、効果は、雑損控除をうけた年の翌年から3年間に生じた雑損失のうち控除しきれないものを控除できるものと整理できる。

②①の作業に基づき、この制度に手続き、実体の両面でどのような特徴があると考えられるかを指摘せよ(所法87条参照)。

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 手続き面では、まず、純損失の繰越控除制度と異なり、損失の生じた年分につき青色申告であることは必要とされていないという特徴がある。これは、純損失のうち、事業用資産等の災害による損失の繰越控除については、青色申告が要件とされないことと同じである。すなわち、災害による損失については「いわば出自のはっきりした『由緒正しい損失』であること」を要求し、「正確な帳簿組織で正確性を保障された青色申告」がされたことを手続的要件とする必要はないと考えられたのではなかろうか。
 次に、純損失の繰越控除制度と同じく、連続した確定申告書の提出が求められているという特徴がある。「これは、繰越控除を二重控除や控除漏れがないように、正確に行うために必要な要件」であるとされたのではなかろうか。
 実体面では、各種所得控除が存在するとき、最初に、雑損控除から控除すると定められているという特徴がある(所得税法87条1項)。前述の雑損控除制度の謙抑的な立法意図を踏まえると、所得控除の繰越控除制度の適用範囲を限定することに意図があるように思われる。(以上、佐藤〔第4版〕342頁、357頁参照)

⑶ 本件判決は、「雑損(失)」をどのように定義しているか。そのような定義は雑損控除制度のどのような理解に基づくものであると考えられるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 本件判決(「災難」事件判決)は、「雑損とは、納税義務者の意思に基かない、いわば災難による損失を指すことは、同条の規定上からも明らか」としている。雑損控除制度が、雑損を純資産の減少と理解し、そのことを所得計算に反映するための制度であると理解するならば、納税義務者の意思にかかわらず、控除すべきことに繋がる。しかし、前述のとおり、雑損は純資産の減少ではなく、消費であると捉え、理論的には、所得計算上、控除を求められないという立場がとられている。本件判決は、この立場に立ち、雑損控除制度は、政策的に所得控除を認めたと捉え、災害、盗難、横領という雑損の発生原因の文理解釈を行った。そして、これらの文言は、いずれも納税義務者の意思に基づかない災難を意味しているとし、同条の適用範囲を画定したものと理解できる。

2.雑損失の意義と範囲

 現行法の下で、以下のような損害や支出は雑損控除の対象となるか。また、その結果と本件判決の一般論は整合的だといえるか。
 ①クレジットカードを盗まれ、犯人がクレジットカードを使用したことによってカードの記名人(本人)が被った損害や、預金通帳と印鑑を盗まれ、犯人が預金を引き出したことによって被った損害

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 個別通達(『クレジットカード盗難に伴う損失に対する所得税の取扱いについて』直審3-94昭和47年10月12日)を踏まえると雑損控除の対象となると考える。いずれも、納税義務者の意思によらない損害であるから、本件判決の一般論と整合的であると考える。

②詐欺による損害や人質返還のために支払った身代金などの、盗難・横領以外の犯罪に関連して生じた損害

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 名古屋地判昭和63年10月31日を踏まえると、詐欺による損害は、雑損控除の対象とならない。また、人質返還のために支払った身代金についても、同様に解されることとなる。なぜなら、これらの場合は、(瑕疵があるとはいえ)納税義務者の意思に基づいて支払われており、本件判決と整合的に考えると、このような結論となるからである。
 窃盗と恐喝、横領と詐欺を比較すると、意思という切り口では違いがあるが、雑損控除の取扱いを異にするほどの実質的な違いがあるのであろうか。「担税力の減少を真に考慮すべきものに限る」ということが雑損控除制度の目的であるのならば、恐喝、詐欺による損害についても認める余地はあるのではないかと思ってしまった。

③自家用車から降車中に強い風が吹いてドアが急に閉まったため、手がドアにはさまれて指輪が壊れ、指輪に付いていた宝石がなくなってしまったことによる損害

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 「災害」は、「震災、風水害、火災その他政令で定める災害をいう」(所得税法2条1項27号)とされ、政令では、「冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害とする」(同法施行令9条)と定められている。
 この事例は、米国のWhite事件において、旦那がドアを閉めたところを、風がドアを閉めたというかたちで、調整したものと思われる。このようなことを踏まえると、本法の「風水害」に、この事例が含まれるのかを問うているのではないかと推測する。風水害は、風と水による害が複合的に発生する場合だけではなく、風のみの場合も含むものと思われる。そうなると、本件のような場面が、風害といえるのか、具体的な状況によるのではないかと思われる。猛烈な台風のなか避難の過程で、ドアが閉まったのであれば、風害にあたるように思われるが、心地よい春の陽気にドライブに出掛けて、山の上のパーキングエリアからの眺めを楽しむために降車しようとしたところ、突風が吹いてドアが閉まったのであれば、風害と言い難いのではないかと思われる。なぜなら、「担税力の減少を真に考慮すべきものに限る」という政策的な考慮を前提とすると、後者の場面を含めるべきか、悩ましいからである。
 なお、この指輪の宝石が、1個30万円以上であると「生活に通常必要な資産」に含まれなくなり、雑損控除の対象とはならないと思われる(所得税法72条1項、同法62条1項、同法施行令178条1項3号、同25条と、佐藤〔第4版〕92頁の図を参照)。
 納税義務者の意思によらない損失に限定するため、本件判決と整合的である。

④居住用家屋シロアリの被害を受けていたことがわかった時に支出した、(ア)家屋の修繕費、(イ)シロアリの駆除費用、(ウ)今後シロアリの被害を受けないように予防対策を講じた費用(後略)

(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)

 『シロアリの駆除費用』と題する照会回答によると、(ア)と(イ)は、上述した「害虫……その他の生物による異常な災害」による損失に含まれ、雑損控除の対象となる。これに対して、(ウ)は、切迫している被害の発生を防止するための応急措置に係る費用ではないため、損失に含まれず、雑損控除の対象とならない(所得税法施行令206条1項3号)。
 納税義務者の意思によらない損失に限定するため、本件判決と整合的である。
 なお、(ウ)を含めないと、予防対策を講ずるインセンティブを奪うことになるが、居住用不動産への支出(たとえば、居住用不動産取得のための借入金の利子)は、理論的には、消費(家事費)と考えられているため、その考え方と整合するため、やむを得ないのではなかろうか。

3.雑損控除の理論的意義

 雑損控除は、理論上は、原則的な所得計算の制度としての位置づけも、特別な損害に対処するための制度としての位置づけも可能である。
 ①(中略)焼失した自宅に関する損失を控除できる場合とできない場合との結果を、所得の概念に照らして検討せよ(この例については、参考文献蘭の佐藤論文参照)。

(ケースブック租税法〔第6版〕325-326頁)

 参考文献37頁は、「ある年の納税者の給与が5万ドル、年初に2万ドルの価値があった家が火事で焼失したので、新たに家を建設した。建て直した家の年末の価値は3万ドルである。この年の食料・衣料等の消費は2万ドルであった。」との事例をあげている。設問の事例と類似している。
 ここでは、サイモンズの公式(所得=期中純資産増加+期中消費額)をあてはめると、所得=(3万ドル-2万ドル)+2万ドル=3万ドルとなるところ、収入である給与を所得と捉えて損失額を控除すると、所得=5万ドル−2万ドル=3万ドルとなり、理論的な所得と一致することが指摘されている。
 これに敷衍すると、設問の事例では、サイモンズの公式をあてはめると、「所得の概念」に照らした理論的な所得=(3000万円-2000万円)+2000万円=3000万円となるところ、収入である給与を所得と捉えて損失額を控除すると、所得=5000万円−2000万円=3000万円となり、理論的な所得と一致する。つまり、損失額を控除できると、理論的な所得と一致し、控除できないと理論的な所得と一致しない。

 ②現行法の雑損控除はN&Q2.で触れたように、その適用要件を狭く規定している。このような制度にはどのような機能を果たすことが期待されていると考えられるか。【事実】欄に引用した控訴審判決の判示も参照せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕326頁)

 「災難」事件の控訴審判決は、「かかる損失を受けた者を他の納税義務者と同一の条件の下に所得税を負担させることは衡平の理念より見て適当でない」ことから雑損控除が認められているとの考え方を示した。ここで「衡平の理念」は、担税力に応じた課税による公平な負担のことを指しているものと思われる。たとえば、現金を盗まれれば、納税資金が不足し、担税力が減少する。このため、担税力の減少した者の税額を減らすために控除を認めたのである。したがって、このような制度に期待されているのは、納税者間での公平な租税負担の機能が期待されているものと思われる。

4.損失の金額

(略)

5.「生活に通常必要でない資産」

 現行法は雑損控除の適用対象となる損失から「生活に通常必要でない資産の災害等による損失」を除いており、このような資産に関しては所得税法62条および69条2項の規定が用意されている。この結果、「生活に通常必要でない資産」に関する災害等による損失はどのように扱われることになるか。「生活に通常必要な資産」の場合と対比せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕326頁)

 「生活に通常必要でない資産」に関する災害等の損失は、「生活に通常必要な資産」に関する災害等の損失と異なり、雑損控除の対象とならない(所得税法72条1項)。損失を被った資産が現存するときは、その資産を既存後の価格で譲渡し、取得費との差額で譲渡損失を認識し、ほかの譲渡所得から控除することでしか救済を得られない(同法69条2項)。つまり、かかる譲渡損失について他の所得分類との損益通算は否定されているのである。
 「生活に通常必要な資産」に関する災害等の損失は、雑損控除と繰越控除が認められているため、「生活に通常必要でない資産」に関する災害等の損失との比較で優遇されているといえる。(佐藤〔第4版〕360-361頁参照)

6.医療費控除

(略)

7.租税特別措置に当たる所得控除

(略)

8.関連裁判例

(略)

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