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【過去問】たな卸資産・金銭債権・みなし譲渡・負担付贈与


1.問題

 A(居住者)は、昭和40年頃からK市において小売業を営んできた。Aは、平成20年中に、小売業の一部であるP店での事業を法人組織に切り換えることにしX株式会社(暦年を事業年度とする内国法人。以下「X社」という。)を設立し、P店の店舗、敷地、在庫商品及び売掛金(以下それぞれ「P建物」、「P土地」、「P商品」及び「P売掛金」という。)をX社に譲渡した(以下「本件法人成り」という。)。P建物及びP土地は、Aが平成10年に取得したものであり、X社への譲渡の時においてP建物の簿価は5億円、時価も5億円、譲渡対価は1億円であり、P土地の簿価は5億円、時価は6億円、譲渡対価は4億円であった。また、P商品の簿価総額は8000万円、通常の販売価額の総額は1億円、譲渡対価は2000万円であった。P売掛金の譲渡対価はその債権額どおり1000万円であった。なお、P売掛金の基礎となる売買契約の対象商品は、P売掛金のX社への譲渡の時までに、全てAから買主に引渡済みであった。
 Aは、本件法人成りの後もP店以外で営んできた小売業を、平成22年末をもって全面的に廃業したが、平成23年1月1日に、前年まで小売店のうちQ店の敷地として使用してきた土地(以下「Q土地」という。)をX社に贈与し(以下「本件贈与」という。)、また、同日以降、前年までQ店の店舗として使用してきた建物(以下「Q建物」という。)をX社に月額5万円の賃料で貸し付けることにした(以下「本件貸付け」という。)。本件贈与に関しては、AとX社との間で、Q建物の建築に係るAの借入金の残額(1000万円)をX社がAに代わって借入先に支払う旨が合意された。Q土地は、Aが平成元年に5000万円で取得したものであり、X社への贈与時の時価は3000万円であった。また、K市では平成23年において、Q建物と類似の条件にある貸店舗の賃料相場は月額30万円であった。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。ただし、租税特別措置法及び同族会社の行為計算否認規定(所得税法第157条,法人税法第132条)の適用はないものとする。
〔設問1〕
 本件法人成りに伴う資産の譲渡に係るAに対する所得税の課税関係について、根拠条文を摘示して検討しなさい。
〔設問2〕
 平成23年における本件贈与及び本件貸付けに係るAに対する所得税及びX社に対する法人税の課税関係について、根拠条文を摘示して検討しなさい。

(司法試験・平成24年第2問)

2.出題趣旨

 本問は、個人と法人との間における資産の譲渡や貸付けに係る所得税や法人税の課税関係を問うことによって、所得税法及び法人税法上の基本的な規定について具体的な事案に即して解釈適用能力を試そうとするものである。条文への単なる当てはめによってではなく、条文の趣旨目的やその基礎にある考え方をも考慮して解答を導き出す姿勢が重要である。
 設問1は、法人成りに伴う個人から法人への資産の譲渡に係る所得税の課税関係を問うものである。主として、①譲渡資産の内容及び種類に応じて資産の譲渡に係る所得の有無及び種類を所得税法の関連規定に則して適切に判断することができるかどうか、②資産の譲渡対価が時価より著しく低い価額である場合を所得税法の規定に則して適切に処理することができるかどうかを試している。①については、特に所得税法第33条第1項及び第2項における資産分類の基礎にある考え方に関する正確な理解のほか、資産によっては収入金額の計上時期を考慮に入れた判断をも求めている。②については、所得税法第59条第1項第2号だけでなく同法第40条第1項第2号をも視野に入れた解答を求めている。
 設問2は、個人から法人への土地の負担付贈与及び建物の低額貸付けの当事者双方に対する所得税や法人税の課税関係を問うものである。主として、③本件贈与に関する所得税法の適用条文を同法第59条第1項の趣旨目的に照らして適切に決定することができるかどうか,④本件贈与と本件貸付けについてそれぞれに係るX社の課税関係を法人税法第22条に則して適切に判断することができるかどうかを試している。③については、民法上の贈与概念と所得税法上の贈与概念との関係に関する正確な理解、所得税法における資産の譲渡に係る実現主義と課税繰延べとの正確な関連付け等に基づく解答を求めている。④については、特に法人税法第22条第2項において、無償による資産の譲受けに係る明文の定めはあるのに対して、無償による役務の受入れに係る明文の定めがないことをどのように考えるかを検討した上で解答することを求めている。

3.採点実感

 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して、それぞれについて試されている能力を重視して、採点した。その際、所得税法及び法人税法の基本的な規定を正確に理解しているかどうか、適用法規の選択とそれへの単なる(機械的)当てはめによって解答を導き出すのではなく、適用法規の趣旨目的やその基礎にある考え方を適切に考慮に入れた上での当てはめを行うという法律家らしい姿勢で解答を導き出そうとしているかどうか、を重視した。採点結果の概要及び実感は以下のとおりである。
 設問1では、まず、資産分類と所得分類との関係が重要な論点の1つである。P建物、P土地及びP商品については、多くの答案において適用条文は正しく選択されていたが、所得税法第33条第2項第1号の規定が棚卸資産の譲渡による所得を譲渡所得から除外する理由を理解していないことをうかがわせる答案も散見された。P売掛金については、「P売掛金の基礎となる売買契約の対象商品は、P売掛金のX社への譲渡の時までに、全てAから買主に引渡済みであった。」という事実を考慮せず、金銭債権として「資産」(所得税法第33条第1項)該当性を論じる答案が少なくなかったが、中には、上記の事実を適切に考慮して判断を示した答案も見られた。
 次に、資産の低額譲渡について、所得税法第59条第1項第2号の規定の適用は多くの答案において的確に行われていたが、P商品の譲渡による所得を事業所得に分類しながらも同法第40条第1項第2号の規定の適用を検討していない答案が少なくなかった。後者のような答案の中には、所得税法第59条第1項の規定が事業所得を対象としていないにもかかわらず、資産の低額譲渡であれば資産の種類を問わず同規定を適用するものも相当数見られたが、そのような答案は、適用条文を実際に確認することなく記憶だけに頼って解答しようとしているのではないかとさえ思わせるものであった。そうであるとすれば、普段からの基本的な学習姿勢に問題があるように思われる。なお,P建物及びP土地の譲渡が「著しく低い価額の対価として政令で定める額」(所得税法第59条第1項第2号)による譲渡に該当するかどうかを検討するに当たって、P建物とP土地を一括して判断するか又は別々に判断するか、その判断の違いによって譲渡所得の金額が異なる金額になることをどのように評価するか、というあり得る論点について検討を行う答案が、数は少ないながらも見られた。
 設問2については、まず、AからX社へのQ土地の負担付贈与が所得税法第59条第1項第1号の規定にいう「贈与」に該当するかどうかを検討する答案が多かったが、同規定の趣旨目的に関する正確な理解を示している答案は多くはなかった。判例(最判昭和63年7月19日判時1290号56頁)の結論を覚えるだけでなく理由付けを理解し論証に援用できるようにすることを心掛ける学習が不可欠である。また、Q土地の負担付贈与については,X社に対する法人税の課税上の処理に正確さを欠く答案が少なくなかった。法人税法第22条第2項という基本的な規定の適用について応用力の涵養が望まれる。
 次に、AからX社へのQ建物の低額貸付けについては、ほとんどの答案でAに対する所得税の課税関係に関する的確な解答が見られた。所得税法には、低額賃料を「適正賃料」に引き直す規定が定められていないことにまで言及する答案も散見された。また、X社に対する法人税の課税関係については、法人税法第22条第2項が「無償による資産の譲渡」及び「無償による役務の提供」を明文で定めているのと異なり、「無償による資産の譲受け」に係る明文の規定を定め、無償による役務の受入れに係る明文の規定を定めていないことをどのように考えるかを検討することなく、当然のごとく、無償による役務の受入れを「無償による資産の譲受け」と同様に取り扱っている答案が多く見られた。法人税法第22条第2項という基本的な規定について文言に則して正確に理解しようとする学習が望まれる。
 第2問の採点の結果、「優秀」と「一応の水準」に該当する答案の割合はほぼ想定どおりであったが、「良好」に該当する答案の割合がやや少なく、その分「不良」に該当する答案の割合がやや多かった。総じて、冒頭で述べた法律家らしい姿勢に 物足りなさを感じさせる答案が多かったが、「不良」や「一応の水準」に該当する答案については、それ以上に、所得税法及び法人税法の基本的な規定に関する正確な理解の必要性が痛感された。

4.解答例

設問1

1 P商品の課税関係

 P商品の譲渡は、「資産の譲渡」(所得税法33条1項)に該当する。この点、譲渡所得は資産の値上がり益に対する課税であるところ、たな卸資産が高く売れる理由は値上がり以外の理由にあることから、譲渡所得とはならない(同条2項1号)。P商品は、Aの小売業のたな卸資産であるから同号により譲渡所得の対象とならない。
 P商品の譲渡はAの事業所得の一環として行われている。その収入金額が問題となる。AはX社に、簿価8000万円、通常販売価額1億円のP商品を2000万円という著しく低い対価で譲渡した。そして、P商品の譲渡時における価額(1億円)と譲渡対価(2000万円)の差額のうち実質的に贈与したと認められる金額が収入金額に算入する(同法40条1項2号)。本件では、この差額(8000万円)のうち簿価に満たない部分(6000万円)は実質的に贈与したと認められる。このため、譲渡対価2000万円に6000万円を加えた8000万円が、Aの事業所得に係る収入金額となる。

2 P売掛金の課税関係

 P売掛金については、その基礎となる売買契約の対象商品は、P売掛金のX社への譲渡の時までに、全てAから買主に引渡済みであった。このため、P売掛金は、同時履行の抗弁のない金銭債権と考える。
 この点、譲渡所得は資産の値上がり益に対する課税であるところ、現金は値上がり益を観念できないため「資産」(同法33条1項)にあたらないと考えられている。そして、現金が「資産」に該当しないことから派生して金銭債権も「資産」にあたらないと考えられている。このため、P売掛金の譲渡は、譲渡所得課税の対象とならない。
 金銭債権の譲渡は、Aの小売業に関連して行われているため、事業所得の対象となる。ただ、P売掛金を債権価額と同額で譲渡しているため所得は発生しないと考える(同法36条1項、37条1項)。

3 P建物とP土地の課税関係
 P建物とP土地は一体としてP店の店舗として利用されている。このため、P建物とP土地は一体として課税関係を考える。この点、P建物とP土地の譲渡は、「資産の譲渡」(所得税法33条1項)に該当する。そして、同条2項各号に該当しないため、譲渡所得課税の対象となる。
 Aの収入金額は時価である11億円となる。なぜなら、法人であるX社に対し、時価(11億円)の2分の1未満の金額(5億円)で譲渡しており、時価による譲渡とみなされるからである(同法59条1項2号、同法施行令169条)。そして、収入金額からP建物とP土地の取得費(同法38条1項)10億円を控除した1億円が譲渡益となる(同法33条3項柱書)。AはP建物とP土地を平成10年に購入しており5年超保有している。このため、譲渡益1億円から特別控除額50万円を控除した9950万円の2分の1である4775万円が課税標準となる(同法33条3項2号、4項、22条2項2号)。この平準化措置は累進税率による税負担を軽減するために採用されている。

設問2

1 Aに対する所得税について
⑴ 本件贈与について
①  AはX社に対して、Q土地を贈与しており、資産の譲渡を行なっている(同法33条1項)。そして、この譲渡は同条2項各号に該当しないと考える。このため、譲渡所得課税の対象となる。
②  まず、AはX社という法人に対してQ土地を贈与しているため、「贈与」(同法59条1項1号)に該当し、みなし譲渡の対象とならないかが問題となる。X社は、本件贈与にあたり、Aの債務を引き受けており、本件のような負担付贈与が「贈与」に含まれるのかが問題となるからである。
 この点、同法59条1項1号の「贈与」に該当しないものは、同法60条1項1号の「贈与」に該当するという関係にあり、逆に、前者に該当するものは後者に該当しないという関係にある。両条項は対の関係にあるからである。
 そして、同法60条1項1号の課税繰延は、資産の譲渡があってもその時に譲渡所得課税がなされない場合に限ってなされる。そして、贈与者に経済的利益を発生させる負担付贈与があれば原則としてその経済的利益に対して譲渡所得課税がなされる。このため、資産の譲渡に起因しそれと因果関係のある給付であり、その給付が保有資産の値上がりによる増加益を具体化したものであるときには、その負担付贈与は、60条1項1号の「贈与」に含まれないと考える(浜名湖競艇場用地事件判決に同旨)。
 本件でX社はQ建物の建築に係るAの借入金の残額の支払を引き受けた。この点、Q土地は平成元年の取得時は5000万円であったが、本件贈与の時には3000万円に下がっている。これは、Q土地上にQ建物が建築されたことによりQ土地の価額が下がったものと推測される。このため、Q建物の建築に係るAの借入金は、Q土地の値上がりによる増加益を具体化していないと考える。本件贈与における債務引受はQ土地の対価性を有さない。したがって、本件贈与は60条1項1号の「贈与」に含まれると考える。このため、前述したとおり59条1項1号の「贈与」には含まれないと考える。
③  AはX社に対して、Q土地を無償で譲渡している。これは、著しく低い価額で、Q土地をX社に譲渡している(同法59条1項2号、同法施行令169条)。このため、AはX社に対して時価3000万円でQ土地を譲渡したとみなされる。そして、収入金額からQ土地の取得費(同法38条1項)5000万円を控除した2000万円が譲渡損失となる(同法33条3項柱書)。しかし、同法59条2項により、譲渡損失はなかったものとみなされる。

⑵ 本件貸付について
(略)

2 Xに対する法人税について
(略)

以上

5.ケースブック租税法〔第5版〕との関係

 P商品の課税関係は「§222.03 譲渡所得を発生させない「資産の譲渡」」「4. たな卸資産等の譲渡」で問われている。P売掛金は「§222.05 譲渡における「資産」と「譲渡」の意義」「7. 譲渡所得における「資産」の意義」で問われている。そして、P建物とP土地については、ケースブック租税法〔第5版〕では正面から問われていないものの、「§222.06 無償譲渡・転々譲渡と譲渡所得計算」「3. みなし譲渡と取得費」で周辺知識が取り扱われている。
 論述の順番をP商品、P売掛金、P建物とP土地としたのは、譲渡所得にあたらないものを先に検討することで、総収入金額にP建物とP土地以外を含めずに、長期譲渡所得の平準化措置の適用までを書きやすいと考えたからである。
 設問2の本件贈与は「§222.08 譲渡所得の収入金額 –––––– 発展問題」「4. 借用概念との関係」において問われている。ただ、ここで触れられている最判昭和63年7月19日判時1290号56頁は、所得税法60条1項1号の「贈与」に負担付贈与が含まれるのかが問題となっている。本件では、同法59条1項1号の「贈与」に負担付贈与が含まれるのかが問われているという違いがある。59条と60条は、表裏一体の関係にある、すなわち、59条でみなし譲渡とされない「贈与」は、60条で取得費を引き継ぐことになるという関係にある。このため、出題趣旨や採点実感でも、この判決に触れることを求めているようにも思われる。この推測にしたがって解答例を作成してみたところである。
 この点、負担付贈与の取り扱いについては悩んだが、ケースブック租税法では、ケースブック租税法では、経済的利益のある給付は、資産の譲渡と因果関係を有することが求められており、その因果関係は、その給付が増加益を具体化したものであることが求められていることに焦点があてられている。この考え方に沿って考えると、1000万円の借入金は、Q建物の建築のために使われており、Q建物の建築の結果として、Q土地の時価が下がっていると推測することができた。このため、借入金はQ土地の増加益を具体化したものであるとは認められない。判例の立場からは、本件の負担付贈与は、「贈与」(60条1項1号)に含まれ、「贈与」(59条1項1号)に該当しないとした。その上で、59条1項2号に該当し、同条2項により、譲渡損失2000万円はなかったものとみなされることとした。


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