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【過去問】 従業員による売上金の盗難(所得税法72条)


1.問題

1 Aは、生計を一にする妻B及び子Cと同居し、飲食店を営む青色申告者である。Aは、毎日夕方の開店から閉店までの間は、Cに調理の手伝いをさせる一方、Cに調理師の資格を得させてAの飲食店で調理師として働かせるため、昼間は、調理師専門学校に通わせていた。Aは、Cに対し、調理の手伝いに見合う給与のほか、調理師専門学校の授業料相当額を、学資金だと伝えて支払っていた。Cは、学資金名目の金員を調理師専門学校の授業料に充てていた。
 また、Bは、ピアノの演奏や教授を業としていたが、週末等時間に余裕があるときに、Aの飲食店で、ピアノの演奏を行い、その都度、Aから演奏料を受け取っていた。
2 Aが雇い入れた従業員甲は、自分の借金の返済などに窮したため、飲食店の売上金200万円を持ち逃げして、すべて使い果たした。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

〔設問〕
2⑴ 甲の窃盗によりAが失った飲食店の売上金200万円は、Aの課税上、どのように取り扱われるか。

(司法試験平成22年第1問2⑴)

2.出題趣旨

 設問2は、他人の窃盗によって失った金銭は、所得税において、どのように取り扱われるのか、特に、事業上必要な資産を盗まれた場合はどうかを検討する問題であり、所得税法第37条、第51条、第72条に当たるかが問われている。設問2⑵においては、Aが経営する飲食店が法人であった場合を対比させており、法人税法における損害賠償請求権が両建てされることや、所得税とは損失の取扱いが異なっていることにも言及することを期待している。なお、このような場合に損害賠償請求権が貸倒れになるのかについても適切に論述することが期待される。

3.採点実感等

 第1問は、家族的事業についての課税の在り方を通じて、所得税法の基本的な理解と応用力を試すものであり、子の授業料に充てられた金員が非課税となるのか、妻に対する演奏料支払が必要経費となるかなどについて、設問2は、他人の窃盗によって失った金銭は、所得税において、どのように取り扱われるのかについて、やはり基本的な理解と対応力を問うものであった。(中略)同様に、設問2で所得税法第72条の雑損控除規定を挙げた答案とそうでなかったものとの間にも差が生じており、所得税法に対する基本的な理解が答案の内容に反映されたと実感している。法人税法との比較についても、正確に答えている答案は少なく、差が付く結果となった。

4.解答例

設問2⑴について
1 甲の窃盗によりAは飲食店の売上金200万円を失い損失(以下「本件損失」という)を被った。
2 Aは、その飲食店事業から事業所得を得ている(所得税法27条1項)。本件損失は、事業所得の必要経費として控除できないか検討する(同条2項、同法37条1項)。
 この点、本件損失は、売上原価等の飲食店からの収入を得るために直接要した費用(個別対応の必要経費、同項前段)ではない。また、飲食店の運営のために雇い入れた従業員の不法行為による損失であるから、客観的にみて、Aの飲食店業務に直接関連するものではなく、かつ、その業務遂行上必要なものではない(ロータリークラブ会費事件判決参照)。このため、飲食店業務について生じた費用(期間対応の必要経費、同項後段)にもあたらない。
 したがって、本件損失は必要経費として、Aの事業所得から控除することはできない。
3 次に、本件損失は、資産損失(同法51条1項)として控除できないか検討する。
 この点、本件損失は、盗難による損失であり、事業用固定資産等の取りこわし、除却、滅失等による損失(同法51条1項)にあたらず、資産損失として、Aの事業所得から控除することはできない。
4 さいごに、本件損失が、雑損控除(同法72条1項)の対象とならないか検討する。
 本件損失は、①生活に通常必要でない資産または事業用資産ではない、②納税者Aの金銭が、③盗難により、失われたことで発生している。したがって、雑損控除の要件を満たし、Aの総所得金額(同法22条2項)から控除する。
 ただ、控除される金額は、盗難にあった200万円全額ではなく、災害関連支出の金額がない本件においては、200万円から総所得金額の10%を控除した金額となる(同法72条1項1号)。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 「§242.02 雑損控除等」(ケースブック租税法〔第6版〕325頁)で勉強したことを中心に、所得税法72条の箇所は、作成した。しかし、出題趣旨を読むと、同法37条と51条にも触れることが期待されているようであった。そこで、同法37条については、「§231.02 必要経費の意義」(ケースブック租税法〔第6版〕279頁)で勉強したことをつかって解答例を作成してみた。同法51条2項については、詳しく勉強していたが、同条1項については、詳しく検討していないと思った。そこで、佐藤〔第4版〕223-224頁を参照しながら、同項の部分は作成した。旧司法試験の一行問題のような印象を受ける出題であり、新鮮であった。
 いまはなくなってしまったが、「法学書院」さんの「演習ノート租税法」が、一行問題を集めたような内容になっており、パラパラとめくってみた。それをみながら、もう少し、勉強が進めば、本問も、うまく書けるのではないかと思った。つまり、純資産増加説からすると、純資産の減少は例外なく、控除を認めるべきであるところ、現行法は、雑損を消費(家事費)と捉えたうえで、政策的に雑損控除を認めているので、その範囲が限定されていることを説明し、盗難の事実認定を厳密に行うといったことを論じてもよいのではないかと感じたりもした。

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