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§232.01 権利確定主義⑴ – 基本的な考え方


1.事案の検討

⑴ 本件判決(雑所得貸倒分不当利得返還請求事件判決)は「権利確定主義」の内容をどのように述べているか。

(ケースブック租税法〔第6版〕293頁)

 本件判決は、「現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、右権利発生の時期の属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)」と判示した。

⑵ 本件判決によると、所得税法(旧法も現行法も同じ)が「権利確定主義」を採用していると解釈できるのは、いかなる文言を解釈したものか。

(ケースブック租税法〔第6版〕293頁)

 所得税法36条(旧法10条)が「収入すべき金額」と定め、「収入した金額」と定めていないということから、権利確定主義を採用していると解釈した。

⑶ 本件判決は、「権利確定主義」を採用する理由をどのように説明しているか。

(ケースブック租税法〔第6版〕293頁)

 「所得税は経済的な利得を対象とするものであるから、究極的には実現された収支によってもたらされる所得について課税するのが基本原則であり、ただ、その課税に当たって常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとした」と、権利確定主義を採用した理由を説明している。

2.「収入すべき権利の確定」の意味

⑴ 個人Aが個人Bに、以下の(ア)〜(カ)の手順を経て資産甲を譲渡した場合に、AがBから甲の代金を受け取る権利は、どの段階で「確定」したと考えられるか。複数の可能性を検討してみよ。(略)

(ケースブック租税法〔第6版〕293頁)

 まず、(イ)の代金額・引渡時期等の売却条件を合意した時点で、契約書が締結され、売買代金請求権が発生している。ただ、この時点では同時履行の抗弁権と、確定期限が付されているため、権利が確定したとまではいえないのではなかろうか。
 次に、(ウ)の代金の一部の支払いがあったとしても、依然として、(イ)の時点の状況に重大な変化は生じていない。また、たとえ、代金の「一部」が、代金の「ほぼ全部」であったとしても、甲資産の引渡債務を履行しなければ、契約は、解除され、原状回復義務を負うことになる。このため、権利が確定したとはいえないのではなかろうか。
 そして、(エ)において、AからBに対して、甲資産の引渡しが完了し、期限も到来し、売買代金請求権は、抗弁や期限の付着しない金銭債権となった。この時点で、権利が確定したと考えるべきではなかろうか。
 さいごに、(オ)では、BからAに対し、残代金が支払われている。これは、(エ)と同日であるかもしれないし、その数年後であるかもしれない。つまり、本件判決も指摘するように、Bと結託することで、支払い時期を恣意的に調整することができてしまう。このため、売買代金の支払い完了をもって権利が確定したとするのは、遅いと考える。
 なお、(ア)は早すぎるし、(カ)は遅すぎる。

 たとえば、不動産の引渡し・移転登記が、代金支払の1年後とされていたときは、どうであろうか。これは与信取引とみることができる可能性がある。このため、そもそも、所得が発生していないとみられないであろうか。つまり、金銭が手元に入っているが、対応する不動産の引渡し・登記移転債務を負担しているため、純資産の増加がないと考えられないであろうか(「§231.01 収入金額の意義」における所得税法36条説と7条説の話となるように思われた)。このため、いくら売買代金の一部・全部が支払われたとしても、引渡があるまでは、そもそも所得が存在しないため、その時点で、権利が確定したといえないのではなかろうか。もちろん、無条件請求権説からは、期限が付着しているので、1年後の日が属する暦年において権利が確定するという見方をするのが通常ではあろうが、設問にしたがっていろいろと考えてみたところを念の為に、記録しておく。(なお、売買契約の成立の日に、権利が確定したとみられないことについては、佐藤〔第4版〕261頁参照。また、「土地が代金を割賦弁済する約定で譲渡された場合であっても、譲渡が行われた年に代金全額について課税対象となるとした判決」(最判昭和47年12月26日)があると、「6.関連裁判例」において指摘されている。この判決に敷衍するならば、1年後に権利が確定するという考え方はとられないのであろうか。)

⑵ 以下の①②につき、どのような事情があれば、収入すべき権利が確定したといえるかを検討せよ。
①請負契約(民法632条以下)に基づく人的役務の提供の対価にかかる収入
②金銭消費貸借契約(民法587条以下)に基づく貸金の利息にかかる収入

(ケースブック租税法〔第6版〕293頁)

 請負による収入については、「物の引渡しを要する契約であればその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、それ以外の契約については、その約定の役務の提供を完了した日」と考えられる(佐藤〔第4版〕260頁)。また、金銭消費貸借契約に基づく利息の収入については、支分権たる利息請求権が発生し、期限到来した時と考えられる。

3.権利確定主義のメリットとデメリット

⑴ 次の引用文献を読み、この文献が主張する、権利確定主義を採用すべき理由(メリット)を整理せよ。(略)

(ケースブック租税法〔第6版〕293-294頁)

 会計学における実現主義は、収益の年度帰属を決定する機能を有するが、訴訟の場面で、法的分析の道具として十分に役立つのか疑問である。つまり、権利確定主義という基準をもつことのメリットは、①裁判官が、会計学の実現主義による処理を鵜呑みにすることはできず、所得税法等の解釈をしなければならないとき、有益な基準を提示することができるというメリットと、②会計学の実現主義は、実際に訴訟で問題となる場面について、会計慣行を示せないことが多く、会計学設もないことが多く、その際の基準を提示することができるというメリットであるといえる。

⑵ 権利確定主義における「収入すべき権利の確定」があったかどうかは、収入の年度帰属を決める基準として明確であるといえるか。N&Q2.⑴の検討結果も参照せよ。
 また、どのような場合に「権利の確定」があったといえるかを判断するためのより具体的な基準として、どのような考え方がありうるか。§232.02を勉強した上で、考えてみよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕295頁)

 「権利確定主義を具体的な事案にあてはめようとすると、どのようにしたらよいか手がかりが少なくてとまどうことがあります。」(佐藤〔第4版〕261頁参照)と指摘されているように、明確な基準であると言い切ることには躊躇を覚える。
 そして、「そのような場合に、有力な手がかりとなるのが、無条件請求権説と呼ばれる考え方です。」(同上)と指摘されている。これは沖縄補償金事件(§232.02)で勉強する考え方である。

4.権利確定主義の限界

⑴ §211.02判決の「三」の部分(120頁)を再読し、この最高裁判決において権利確定主義を採用しうる根拠と限界がどのように述べられているかを指摘せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕295頁)

 権利確定主義については、「一般に、金銭消費貸借上の利息・損害金債権については、その履行期が到来すれば、現実にはなお未収の状態にあるとしても、旧所得税法10条1項〔現36条1項〕にいう『収入すべき金額』にあたるものとして、課税の対象となるべき所得を構成すると解される」としており、そのようなことが認められる根拠については、「それは、特段の事情のないかぎり、収入実現の可能性が高度であると認められるから」であるとした。

 そして、その限界として、「利息制限法による制限超過利息・損害金は、その基礎となる約定自体が無効であって……、約定の履行期の到来によっても、利息・損害金債権を生ずる由なく、貸主は、ただ、借主が大法廷判決によって確立された法理にもかかわらず、あえて法律の保護を求めることなく、任意の支払を行なうからも知れないことを、事実上期待しうるにとどまるのであって、とうてい、収入実現の蓋然性があるものということはできず、したがって、制限超過の利息・損害金は、たとえ約定の履行期が到来しても、なお未収であるかぎり、旧所得税法10条1項にいう「収入すべき金額」に該当しないものというべきである(もっとも、これが現実に収受されたときは課税の対象となるべき所得を構成すること、前述のとおりであって、単に所得の帰属年度を異にする結果を齎すにすぎないことに留意すべきである。)。」とした。

⑵ ⑴の読み取りと比較し、本件判決が指摘している権利確定主義の限界とその是正方法を説明せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕295頁)

 権利確定主義の限界は、法律上の権利が確定しない場合、つまり、違法な所得については、有意な基準を提供しないことであると考える。そして、その是正方法として、法律上の権利が確定した時を基準とするのではなく、現実に収受された時を基準として、「収入すべき金額」を認識することである。

5.現行法における税額の修正方法

 (略)この場合、Aはどのような手続きで救済を求めることができるか(所法64条1項、152条参照)。なお、Aの貸金業務から事業所得が生じる場合については、§234.01参照。

(ケースブック租税法〔第6版〕295頁)

 貸倒れにより、Aの過年度における収入金額は「一部を回収することができないこととなった」ため、その年における収入金額は「なかったものとみなす」こととされる(所得税法64条1項)。このため、Aは、更正の請求をすることで、その年の税額の減額を求めることができる。
 なお、Aの貸金業務が事業所得に分類されるときは、貸倒れに係る損失は、その損失が発生した暦年の必要経費として、総収入金額から控除することとされる(同法51条2項、37条1項)。この点につき、「一般的に言えば、所得税に関しては譲渡所得のような損失の扱いが原則であり、反復継続的に行なわれる『事業』に関わる場合についてのみ、ここで事業所得について説明したような、損失が発生した年の所得計算に反映させるという方法で損失を取扱うことが規定されています」(佐藤〔第4版〕227頁参照)と説明される。

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