見出し画像

【過去問】 損害賠償金と非課税規定(令30条2号)


1.問題

 個人で建築業を営むAは、商品先物取引業者であるB社の営業員Cから「必ず儲かる。」と勧誘を受けて、Cに言われるままに、商品先物取引を開始した。当該商品先物取引は、将来の一定の時期に商品を受渡しすることを約束して、その価格を現時点で決める取引であり、約束の期日が来る前にいつでも反対の売買をすることで「売り」と「買い」の契約を相殺し、その差額を清算して取引を終了することができる取引(差金決済取引)である。Aは、数回の取引をして決済したところ、平成21年中に、2000万円の売買差益を得たので取引を止め、B社に手数料合計500万円を支払った。Aは、これ以上の取引を望まなかったが、Cから更に強く勧誘されて、平成22年も更に数回の取引をしたところ、同年中に3000万円の売買差損を生じたことから、B社に手数料合計500万円を支払って、B社を介した商品先物取引を終了した。Aは、平成23年に着手金30万円を支払って弁護士Dに依頼し、B社に対し、不法行為に基づく損害賠償訴訟を提起したところ、裁判所は、同年中にCの勧誘につきB社の不法行為成立を認めた上で、弁護士費用を含む損害賠償金200万円及び遅延損害金の支払をB社に命じる判決を下し、判決は確定した。B社は、判決に従い、直ちに220万円(遅延損害金20万円を含む。)をAに支払った。また、Aは、あらかじめ約していた報酬40万円をDに支払った。なお、平成21年、同22年、同23年とも、Aは建築業でそれぞれ3000万円の所得を得ていた。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。なお、租税特別措置法については考えなくてよい。
〔設問1〕(略)
〔設問2〕
 Aが平成23年中に得た損害賠償金等220万円の税法上の取扱いはどのようになるか。また、同年中に弁護士Dに支払った着手金30万円及び報酬40万円の税法上の取扱いはどのようになるか。
(参照条文)所得税法施行令
第30条 法第9条第1項第17号(非課税所得)に規定する政令で定める保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)は、次に掲げるものその他これらに類するもの(これらのものの額のうちに同号の損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には、当該金額を控除した金額に相当する部分)とする。
一 (略)
二 損害保険契約に基づく保険金及び損害保険契約に類する共済に係る契約に基づく共済金(前号に該当するもの及び第184条第4項(満期返戻金等の意義)に規定する満期返戻金等その他これに類するものを除く。)で資産の損害に基因して支払を受けるもの並びに不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち第94条(事業所得の収入金額とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。)
三 (略)

(司法試験平成23年第2問設問2)

2.出題趣旨

 設問2は、Aが受け取った損害賠償金が所得税法第9条第1項第17号の「損害賠償金」として非課税所得となるかという、近時、幾つかの下級審で判断が示され(名古屋地判平成21年9月30日判時2100号28頁等)、代表的な教科書でも言及されている論点について考える問題である。すなわち、所得税法第9条第1項第17号は、「突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するもの」等を非課税所得とする旨規定しているが、本件のように先物取引に関して生じた損害がこれに該当するのかを、所得税法第9条第1項第17号及び所得税法施行令第30条第2号の趣旨を踏まえつつ判断することとなるが、Aが受けた損害の性質をどのようなものと理解するかによって結論は異なり得るところであり、遅延損害金についてはその「損害」としての性質を踏まえて別に考える必要があろう。なお、これに付随して、不法行為による損害賠償判決で「損害」として認められている弁護士費用を、どのように扱うべきかを、Dに支払った着手金及び報酬が必要経費と認められるかを踏まえつつ検討する必要がある(所得税法施行令第30条括弧書)。いずれも論点としては目新しいものであるが、非課税所得及び必要経費に関する基本的事項を問題文に示された事実に丁寧に当てはめてゆけば結論に到達できると思われる。

3.採点実感

 設問2については、最近の裁判例の内容を知らなくとも、条文の文言を手掛かりに、基礎的な理解を前提として論述を展開すれば、これを非課税所得とする見解であれ、課税所得とする見解であれ、論理的な結論に達することは容易であろう。採点した実感としても、全体として一応の結論に達していた答案が多かったと評価できる。その上で、損害賠償金の所得税法第9条第1項第1号(ママ)該当性を検討するに当たっては、これが得べかりし利益の填補や必要経費の填補ではないかという点、遅延損害金の法的性格についても言及すれば、高い評価につながる。説得的な論述を展開した「優秀」の部類に属する答案も多く存在し、単に結論だけを述べた答案も「一応の水準」ないし「良好」の評価は得られるもののやはり差が付く結果となった。なお、参照条文として記載した所得税法施行令第30条について、同条を着手金・報酬の必要経費性を否定する根拠としていた答案も散見されたが、条文を文言に従って解釈する能力が涵養されることが望まれるところである。

4.解答例

設問2
1  本件のような取引的不法行為に係る損害賠償金が、所得税法施行令30条2号の「不法行為」に含まれるか問題となる。
 この点、「不法行為」が「突発的な事故」によるものに限定されるという主張がある。
 しかし、「不法行為」と「突発的な事故」は、「その他」の一般的な用語法に照らして、並列関係にあるため、不法行為は、突発的な事故によるものに限定されないと考える。
 また、所得税法9条1項17号の趣旨は、不法行為等により損害が発生し、純資産が減少した後で、その補填として支払われる損害賠償金により、全体として純資産は増加しないため、損害賠償金を非課税とするものである。このことは、「突発的な事故」による「不法行為」に限定されない。
 したがって、取引的不法行為に係る損害賠償金は前述の「不法行為」に含まれると考える。
2  この点、遅延損害金20万円は、補填の対象となる金額を運用できなかったことに対応する得べかりし利益であって、減少した純資産の補填としての性格を有しない。このため、上述の所得税法9条1項17号の趣旨を踏まえると「損害賠償金」(所得税法施行令30条2号)に該当しないと考える。
3  また、弁護士費用の着手金30万円と報酬40万円については、「必要経費」(所得税法施行令30条柱書かっこ書)に当たらないのかが問題となる。
 必要経費に算入される金額が損害を補填するための金額に含まれると、その金額については非課税所得となり、かつ、必要経費としての控除が認められる結果、二重の控除を認めることとなってしまう。このかっこ書の趣旨は、これを防ぐことにある。
 この点、Aは建築業を個人で営んでおり、その事業と商品先物取引に係る損害賠償訴訟は関連性を有しない。このため、損害賠償訴訟の弁護士費用(着手金と報酬)は、Aの事業所得との関連性を有さず、必要経費(所得税法37条1項)として事業所得から控除されない。したがって、弁護士費用を非課税としても二重の控除が生ずることはない。
4  以上より、Aが得た損害賠償金220万円のうち遅延損害金を除いた200万円は、所得税法9条1項19号、同法施行令30条2号により非課税となる。
                                   以上

5.ケースブック租税法〔第5版〕との関係

 出題趣旨で触れられている「代表的な教科書」が、具体的に、どの書籍のことを指しているのか明らかではない。しかし、ケースブック租税法〔第5版〕の195頁で、名古屋地判平成21年9月30日への言及がある。そして、「所得税法施行令30条2号の『不法行為その他突発的な事故』につき、この『不法行為』は『突発的な事故』によるものに限定されないとし、商品先物取引に関連して取引の委託を受けた会社から支払われた和解金が同号にいう損害賠償金に該当すると判断した」裁判例として紹介されている。判例百選〔第6版〕33事件への言及もあり、所得税法施行令30条2号の文言の解釈が争点となっていることがわかる。このため、ケースブック租税法の設問に直接対応した出題ではない。しかし、「§211.05 非課税となる損害賠償金等」の設問で問われていることを応用しながら解答することが求められているのではないかと思われる。このような理解のもと、解答例を作成してみた。
 この出題からの学びは、ケースブック租税法の設問に対応するだけでは、本当は、足りていなくて、関連裁判例に挙げられている裁判例や文献にも目を通したほうが、理解が深まるということであろうか。
 今回の解答例は、上述した判例百選の判旨と解説を参考にしながら作成した。必要経費の勉強をしていないので、修正が必要となるようにも思われるが、とりあえず、現在の理解をもとに、作成してみたところである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?