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【過去問】 企業内弁護士と給与所得・退職所得


1.問題

 弁護士であるAは、平成20年4月1日、いわゆる企業内弁護士として、B株式会社(以下「B社」という。)に採用され、同日からB社の法務部長として勤務していた。採用時の契約においては、勤務期間は平成25年3月31日までの5年間とされ、この間、B社所定の給与規程に基づく給与の支払を受けるほか、5年間の勤務期間終了時には、退職金として1000万円の支払を受けるという約定であった。
 その後、Aは、平成25年4月1日から法律事務所を開設して個人で弁護士業務を営むことを計画し、同年1月以降、その準備を進めていたが、折から、B社においてはC株式会社(以下「C社」という。)との経営統合に向けた検討作業を開始することになったため、B社の社長は、Aに対し、同年4月以降も引き続き法務部長として勤務してほしい旨強く求めた。AとB社の話合いの結果、Aは、当初の契約において5年間の勤務期間終了時に支払うとされた1000万円(以下「本件約定金」という。)の支払を受けた上で、B社との間で、同月1日から平成26年3月31日までの1年間、B社の法務部長として勤務し、この間、B社所定の給与規程に基づく給与額の1.2倍に当たる給与の支払を受け、1年間の勤務期間終了時には退職金の支払は受けないという内容の契約を新たに締結し、B社の法務部長としての勤務を継続した。
 ところで、B社には、各事業年度において功績の特に顕著であった従業員に対し、300万円を上限として報奨金を支払うという報奨金制度がある。Aは、平成26年3月31日、B社を退職したが、その際、B社とC社の経営統合に関し、法務分野での功績が特に顕著であったとして、上記報奨金制度に基づき、200万円(以下「本件報奨金」という。)の支払を受けた。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。

〔設問〕
 Aが支払を受けた本件約定金及び本件報奨金は、所得税法上、いかなる所得に分類されるか、関係する最高裁判例に言及した上、自説を述べなさい。

(司法試験平成27年第1問)

2.出題趣旨

 本問は、いわゆる企業内弁護士として5年間の勤務期間を定めてB株式会社(以下「B社」という。)に勤務していた弁護士Aが、当初の勤務期間終了後更に1年間勤務を継続したという事案において、Aが当初の勤務期間終了時にB社から支払を受けた一時金(本件約定金)及び最終的にB社を退職する際にB社から支払を受けた一時金(本件報奨金)につき、所得税法上の所得の種類を問う問題である。なお、Aは、弁護士であるが、雇用契約に基づいてB社に勤務していたので、本件約定金及び本件報奨金(以下、併せて「本件各金員」という。)の所得の種類を考えるに当たっては、一般の従業員の場合と特段異なる考慮をする必要はない。
 本問においては、本件各金員が退職所得(所得税法第30条第1項)に当たるかどうかが主として問題となる。従業員が退職に際し支払を受ける金員が退職所得に当たるかとどうかについては、最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決(民集37巻7号962頁〔5年退職金事件〕)及び最高裁昭和58年12月6日第三小法廷判決(判例タイムズ517号112頁〔10年退職金事件〕)がその判断基準を明快に説示しており、これらは、上記論点に関する基本的な判例であるので、その判旨をしっかりと押さえた上で、本件各金員の退職所得該当性について論述する必要がある。
 本件各金員のうち、本件約定金については、上記最高裁判例に照らし、AのB社における勤務関係が平成25年3月31日をもって一旦終了したとみることかができるのかどうかがまず問題となる。そして、仮にこの点を消極に解する場合には、本件約定金が所得税法第30条第1項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるかどうかという点で、AのB社における同年4月1日以降の勤務関係が実質的には従前の勤務関係の延長とはみられないほどの特別な事実関係があるのかどうかが問題となる。本件約定金については、これらの論点を中心に、本問の事実関係に即して説得力のある論述を展開することが求められる。
 また、本件報奨金については、退職に際し支払われた金員ではあるが、各事業年度において功績の特に顕著であった従業員に対して報奨金を支払うというB社の報奨金制度に基づいて支払われたものであるため、それが退職によってはじめて給付される性質のものであるかどうかが問題となるので、この点を的確に論じる必要がある。

3.採点実感等

 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して、当該論点に関する最高裁判例を正しく理解した上で、その判断基準を本問の事実関係に適用して説得力のある論述ができているかどうかという観点から採点した。
 本問のAは、弁護士であるが、B株式会社(以下「B社」という。)の法務部長として勤務していたいわゆる企業内弁護士である。AのB社における勤務関係は雇用契約に基づくものと解されるから、本件約定金及び本件報奨金(以下、併せて「本件各金員」という。)の所得税法上の所得の種類を考えるに当たっては、一般の従業員の場合と特段異なる考慮をする必要はない。この点に関し、Aが弁護士であることから、本件各金員が事業所得(所得税法第27条第1項)に当たるかどうかを長々と検討する答案が少なからずあったが、本問においては、この論点に深く立ち入る必要はない。
 本問においては、本件各金員が退職所得(所得税法第30条第1項)に当たるかどうかが主として問題となる。従業員が退職に際し支払を受ける金員が退職所得に当たるかどうかについては、最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決(民集37巻7号962頁〔5年退職金事件〕)及び最高裁昭和58年12月6日第三小法廷判決(判例タイムズ517号112頁〔10年退職金事件〕)がその判断基準を明快に説示しており、これらは、上記の論点に関する基本的な判例である。設問中の「関係する最高裁判例」とは、上記各最高裁判決をいうものである。この点に関し、設問において、関係する最高裁判例に言及することが求められているにもかかわらず、最高裁判例に言及していない答案が予想以上に多かった。そのような答案の中には、上記各最高裁判決で示された判断基準自体は記載しているものの、それが最高裁判例によって示されたものであるとの指摘を欠くものもあった。こうした答案を含めて、設問の指示に従わない答案は、大きな失点を免れないから、問題文はくれぐれも良く読んでほしい。
 上記各最高裁判決は、所得税法第30条第1項の文理及び退職所得に対する優遇課税の立法趣旨に照らし、退職所得該当性についての判断基準を示したものである。上記判断基準については、多数の答案において同旨の記載がされ、退職所得に対する優遇課税の立法趣旨についても、多数の答案において言及されていた。ただし、これらの答案の中には、同項が退職所得につき「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」と「これらの性質を有する給与」の二つの類型を規定しているにもかかわらず、その点についての言及を欠くものが相当数あった。租税法の解釈においては、文理が基本となるものであるから、答案においても、当該規定がどのような定め方をしているのかをしっかりと押さえた上で論述する必要がある。
 本件約定金は、Aが当初の契約で定められた勤務期間終了時にB社から支払を受けた一時金であり、上記各最高裁判決の判断基準に照らし、AのB社における勤務関係が平成25年3月31日をもって一旦終了したと見ることができるのかどうか、仮にこの点を消極に解する場合には、本件約定金が所得税法第30条第1項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるかどうかが問題となる。答案においては、本件約定金は退職所得に当たるとするものが多かったが、給与所得に当たるとするものも相当数あった。退職所得に当たるとする答案の中では、AのB社における勤務関係が平成25年3月31日をもって一旦終了したと認められるとするものと、上記の勤務関係の終了は認められないが「これらの性質を有する給与」に当たるとするものに分かれ、後者の方が比較的多数であった。
 本問の事実関係の下で、本件約定金が退職所得に該当するのか給与所得に該当するのかについては、いずれの見解も成り立ち得るところであるので、結論にかかわらず、本問の具体的な事実関係に即して論理的な論述がされているかどうかという観点から採点した。その際、上記各最高裁判決が事例判断を示したものであるので、本件と上記各最高裁判決の事例との比較が適切にされているものについては、より高い点数を与えた。その一方で、退職所得該当性の判断基準については、上記各最高裁判決の文言どおりの記載をしながら、具体的な当てはめの場面では、その判断基準を正しく理解しているとは思えないような答案も散見された。こうした答案については、最高裁判例について表面的にしか理解していない ものとして、採点においては低い評価を与えざるを得ないものである。
 本件報奨金は、各事業年度において功績の特に顕著であった従業員に対して報奨金を支払うというB社の報奨金制度に基づいて支払われたものであり、退職によって初めて給付される性質のものではないから、上記各最高裁判決の判断基準によれば、退職所得該当性は否定されることになろう。他方、本件報奨金は、雇用契約に基づき提供された労務の対価として給付されたものとして、給与所得(所得税法第28条第1項)に該当するものと解することには問題はないであろう。答案においても、本件報奨金は給与所得に当たるとするものが圧倒的に多数であった。ただし、これらの答案の中には、本件報奨金の退職所得該当性を一切検討していないものも少なくなかった。本件報奨金が退職に際して支払われた一時金であることからすれば、退職所得該当性についての検討を一切していない答案は、必要な検討を欠くものとして、その分の失点は免れないものである。
 第1問の採点の結果、「優秀」又は「良好」に分類される答案の数が多かったが、その一方で、「一応の水準」にも達しない答案の数が少なくなかった。本問は、退職所得該当性に関する基本的な最高裁判例を正しく理解していれば、答案の書きやすい問題であったから、その理解ができている者においては、高得点が得やすかった反面、そのような理解ができていない者においては、適切な論述をすることが難しかったということであろう。

4.解答例

1.本件約定金について
 本件約定金は、「退職により一時に受ける給与」(所得税法30条1項)に該当するか。
 この点、かかる給与は、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、③一時金として支払われることを満たすものであると考える(5年退職金事件判決)。かかる基準は、長期間の就労に対する対価の一部分の累積という性質と、多くの場合いわゆる老後の生活の糧としての機能を有する退職金につき、給与所得とは別に退職所得を設けて課税を軽減する措置(特別控除、平準化措置、分離課税)を設けた趣旨を踏まえたものである。
 本件約定金は、要件②と③は、満たすが、要件①を満たさない。すなわち、5年間の勤務期間満了時に、一時金として支払われる退職金であり(要件③)、5年間の労務の対価の一部後払の性質を有すると認められる(要件②)が、Aは、5年間の勤務満了後、継続して、1年間、B社の法務部長として勤務しており、要件①を満たさない。
 そこで、本件約定金が、「これらの性質を有する給与」(同項)に該当しないか問題となる。
 この点、退職所得を設けた趣旨を踏まえると、形式的には上述の要件を備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合する、特別の事実関係があるときは、「これらの性質を有する給与」として、退職所得とすべきである。そして、本件のように要件①が満たされないときの特別の事実関係とは、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とみられないときと考える(10年退職金事件判決)。
 本件で、Aは、B社の法務部長として5年間勤務後、B社の社長の要請により、引き続き、1年間、法務部長として勤務しており、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動はなかったものと認められる。このため、特別な事実関係は認められず、「これらの性質を有する給与」には該当しないと考える。
 したがって、本件約定金は、退職所得に該当しない。そして、Aは、企業内弁護士ではあるが、B社との雇用契約に基づいて、非独立的かつ従属的な立場で勤務している。本件約定金は、そのような立場で提供された労務の対価であると認められるため、事業所得(同法27条1項)ではなく、給与所得(同法28条1項)に分類されると考える。
2.本件報奨金について
 本件報奨金は、「退職により一時に受ける給与」(所得税法30条1項)に該当するか。
 この点、本件報奨金は、在職中のAによるB社とC社の経営統合に関する法務分野での功績を踏まえ支給されており、給与の後払としての性質を有し(要件②)、かつ、一時金として支払われている(要件③)。
 ただ、本件報奨金は、AがB社を退職する際に支払われているものの、それは、勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されるものではなく、B社の報奨金制度に基づいて、支払われている。このため、要件①を満たさない。
 また、本件報奨金は、退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるといった「特別の事実関係」も存在しないため、「これらの性質を有する給与」(同項)にも該当しない。
 そして、本件報奨金は、AとB社との間の雇用契約に基づいて提供された労務の対価であると認められるため給与所得(同法28条1項)に分類されると考える。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 「§223.05 退職所得の意義」(ケースブック租税法〔第6版〕243-247頁)における5年退職金事件と10年退職金事件の判決と、それにまつわるQ&Aの回答をもとにして、解答例を作成した。

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