1.問題
2.出題趣旨
3.採点実感等
4.解答例
1.本件約定金について
本件約定金は、「退職により一時に受ける給与」(所得税法30条1項)に該当するか。
この点、かかる給与は、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、③一時金として支払われることを満たすものであると考える(5年退職金事件判決)。かかる基準は、長期間の就労に対する対価の一部分の累積という性質と、多くの場合いわゆる老後の生活の糧としての機能を有する退職金につき、給与所得とは別に退職所得を設けて課税を軽減する措置(特別控除、平準化措置、分離課税)を設けた趣旨を踏まえたものである。
本件約定金は、要件②と③は、満たすが、要件①を満たさない。すなわち、5年間の勤務期間満了時に、一時金として支払われる退職金であり(要件③)、5年間の労務の対価の一部後払の性質を有すると認められる(要件②)が、Aは、5年間の勤務満了後、継続して、1年間、B社の法務部長として勤務しており、要件①を満たさない。
そこで、本件約定金が、「これらの性質を有する給与」(同項)に該当しないか問題となる。
この点、退職所得を設けた趣旨を踏まえると、形式的には上述の要件を備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合する、特別の事実関係があるときは、「これらの性質を有する給与」として、退職所得とすべきである。そして、本件のように要件①が満たされないときの特別の事実関係とは、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とみられないときと考える(10年退職金事件判決)。
本件で、Aは、B社の法務部長として5年間勤務後、B社の社長の要請により、引き続き、1年間、法務部長として勤務しており、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動はなかったものと認められる。このため、特別な事実関係は認められず、「これらの性質を有する給与」には該当しないと考える。
したがって、本件約定金は、退職所得に該当しない。そして、Aは、企業内弁護士ではあるが、B社との雇用契約に基づいて、非独立的かつ従属的な立場で勤務している。本件約定金は、そのような立場で提供された労務の対価であると認められるため、事業所得(同法27条1項)ではなく、給与所得(同法28条1項)に分類されると考える。
2.本件報奨金について
本件報奨金は、「退職により一時に受ける給与」(所得税法30条1項)に該当するか。
この点、本件報奨金は、在職中のAによるB社とC社の経営統合に関する法務分野での功績を踏まえ支給されており、給与の後払としての性質を有し(要件②)、かつ、一時金として支払われている(要件③)。
ただ、本件報奨金は、AがB社を退職する際に支払われているものの、それは、勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されるものではなく、B社の報奨金制度に基づいて、支払われている。このため、要件①を満たさない。
また、本件報奨金は、退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるといった「特別の事実関係」も存在しないため、「これらの性質を有する給与」(同項)にも該当しない。
そして、本件報奨金は、AとB社との間の雇用契約に基づいて提供された労務の対価であると認められるため給与所得(同法28条1項)に分類されると考える。
5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係
「§223.05 退職所得の意義」(ケースブック租税法〔第6版〕243-247頁)における5年退職金事件と10年退職金事件の判決と、それにまつわるQ&Aの回答をもとにして、解答例を作成した。