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【過去問】 賃料増額請求と未払賃料の帰属年度


1.問題

(省略)
 Aは、個人で営む不動産賃貸業でも安定した収入を得ており、所有する建物の一つを、毎月の賃料を当月末日に支払う約定でDに賃貸していた。平成28年10月1日に借地借家法第32条に基づく賃料増額請求権を行使してDに対し賃料を月額20万円から25万円に増額するよう求めたところ、Dがこれに応じず、民事調停も整わなかったため、AはE地方裁判所(以下「E地裁」という。)に賃料増額請求の訴訟を提起した。その結果、E地裁は、Aの請求を一部認容して賃料を月額23万円とする判決を言い渡し、この判決は平成29年12月28日に確定した。そのため、Dは、平成30年1月4日にAに対し、月額23万円で計算した平成28年10月1日以降の増額分の未払賃料及び遅延損害金(以下,両者を併せて「本件未払賃料等」という。)を全額支払った。
(省略)
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。

〔設問〕
2.AがDから得た本件未払賃料等に係る収入は、Aの所得税の計算上いつの年分の不動産所得に係る総収入金額に算入されるか、説明しなさい。

(司法試験令和2年第1問設問2)

2.出題趣旨

 設問2は、不動産賃料の増額請求の当否が賃貸人と賃借人との間で争われた事例を通じて、所得税法における収入の帰属年度についての基本的な理解を問うものである。
 解答に当たっては、まず、所得税法第36条第1項を摘示し、「収入すべき金額」という規定が恣意性を排除するために現金主義ではなく権利確定主義を採用したものであることを指摘した上で、賃料増額請求権が形成権であるといえども賃料増額請求が争われた場合は原則と て判決が確定した時点が権利確定時点であるという規範を判例(仙台賃料増額請求事件判決・最判昭和53年2月24日民集32巻1号43頁)から抽出し、本件においては平成29年分の収入金額に算入されるとの結論を導くことが期待される。

3.採点実感等

 設問2では、不動産賃料について貸手が増額請求をし、借り手が応じなかった場合の増額部分の収入が総収入金額に算入される年度が問われている。まず、所得税法第36条第1項の「収入すべき金額」の意義を論述することが求められる。リーディングケースと位置付けられる雑所得貸倒分不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁は四つのポイントを示した。第一に、「収入した金額」(同法第67条参照)ではなく「収入すべき金額」という文言であるから,「〜べき」という何らかの規範的な基準である。第二に、「現実の収入」に着目する訳ではない(現金主義ではない)。第三に、「収入の原因たる権利が確定的に発生」という「権利確定主義」である。第四に、現実の収入の時で待つとすると納税者の「恣意」を許し課税の公平を期し難い。なお、第一・第二の点に関し、同法第36条第1項が「収入金額とすべき金額」(又は「総収入金額に算入すべき金額」)と表現 しているから現金主義ではないのだ、と論じる答案が少数ながら存在した。しかし、仮に「〜収入金額とすべき金額〜は、〜収入した金額〜とする」という条文であったならば現金主義であるから、現行法が現金主義ではない根拠は「収入すべき金額」の方であり「収入金額とすべき金額」ではない。
 次に、権利確定主義にいうところの「確定」とは、いつの時点かが問題となる。リーディングケースと位置付けられる仙台賃料増額請求事件・最判昭和53年2月24日民集32巻1号43頁は、賃料増額請求について争われた場合は、原則として「裁判が確定した時」である、と判示している。なお、この判例については、例外部分(管理支配基準)の判例として習うことが多いと見受けられるが、争いがある場合は「裁判が確定した時」という原則の部分も、所得税法の理解において重要である。本問との関りからこの判例の原則部分を適切に再現した答案が、期待していたより少なかったのは残念であった。この原則部分を再現したとは読み取れない答案であっても、債務名義、無条件請求権、なすべきことをなした基準等、権利の「確定」の具体化をしている答案には相応の加点をした。なお、仙台賃料増額請求事件(係争中であるが仮執行宣言に基づき金員を収受した場合)と本問との事実関係の違いについては多くの答案が適切に理解していた。
 仙台賃料増額請求事件の原則部分の判示の前提として、本問では平成28年に賃料増額請求をしたものの平成28年に所得税法第36条第1項の権利確定がある訳ではない、という黙示の判断がある。形成権として増額賃料部分の権利は平成28年に発生しているものの、借地借家法第32条第2項の「増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる」などの規定に照らして、平成28年に所得税法第36条第1項の権利確定があるとはいえない、ということを論述している答案が、期待していたよりも多かったことは喜ばしい。
 平成29年か平成30年かについては、仙台賃料増額請求事件の原則部分のとおり、裁判確定時たる平成29年と解すべきである。

4.解答例

設問2について
1.本件未払賃料等は、何年の所得として取り扱うべきか。「その年において収入すべき金額」(所得税法36条1項)の意義が問題となる。
 「その年において収入すべき金額」とは、現実の収入がなくても、その年に収入の原因たる権利が確定的に発生した金額のことと考える(権利確定主義・雑所得貸倒分不当利得返還請求事件判決)。
 これは、常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を維持できないので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものである。また、同項は「収入した金額」と規定していないこととも整合する。
2.本件未払賃料等は、増額請求にかかる増額部分の賃料(3万円)と、遅延損害金相当額(年1割の利息、借地借家法32条2項但書)である。
 この点、賃料増額請求は請求のあった時から増額の効力は発生している(形成権)。このため、本件未払賃料等の原因たる権利は、平成28年、平成29年の毎月末に発生していると考えられる(民法614条)。
 しかし、E地裁における判決確定前において、Aは25万円を請求しており、Dはこれに応じておらず、増額幅が確定していない。また、Dは、相当と認める賃料を支払えば足りるとされている(借地借家法32条2項)。このため、毎月末時点では、賃料23万円とする額での権利は確定しないと考える。
 そして、増額幅3万円での賃料請求権と遅延損害金請求権が、確定的に発生したのは、AとDの間の訴訟の判決が確定した平成29年12月28日である。
 このため、本件未払賃料等は、平成29年分の不動産所得として、総収入金額に算入されるべきであると考える。
 なお、DはAに対して、本件未払賃料等を平成30年1月4日に支払っているが、前述のとおり、現実の収入時まで課税できないとすると、納税者の恣意を許し、課税の公平を維持できないため、平成30年分の所得することは適当ではないと考える。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 権利確定主義については、他の過去問の検討時に使った論証を使った。裁判例における基準を適用するにあたって、増額された賃料を請求する権利は請求時に発生するが、その時点では、金額が確定しないということを着目し、本問では、判決確定時に、金額が確定し、権利も確定的に発生したというかたちで論じてみた。なお、現金支払時期も、問題文で言及されているため、この点についても触れてみたところである。

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