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【過去問】 時効取得の所得分類

1.問題

 P市に居住するAは、将来、海の近くに別荘を建てる予定で、平成元年1月10日、Q市のR海岸線沿いにある100坪の甲土地を2000万円で購入し、同日、所有権移転登記も行った。ところが、その直後にAは病に倒れ、別荘計画は実行に移されることなく、平成2年11月20日にAはこの世を去った。その時点における甲土地の時価は2500万円であった。Aと同居していた一人息子Bが、甲土地を含むAの全財産を相続により取得した。
 S市に居住するCは、平成元年3月1日から、甲土地に隣接する乙土地に事務所用建物と艇庫を建築し、そこでサーフショップを個人で営んでいた。Cは、甲土地の所有者が一度もR海岸にやって来ないのをよいことに、悪いとは思いながらも、平成2年1月5日から、甲土地を上記サーフショップの駐車場として使用することにした。Bは、海沿いの別荘に全く興味がなかったので、相続後も甲土地を訪れることはなく、Cが自分の土地を勝手に使用していることにも気付かないままであった。
 Cは、平成23年1月20日、Bに対して甲土地に関する取得時効を援用して甲土地の所有権の取得を主張し、Bに対して甲土地の所有権移転登記を求めたが、Bはこれを拒否した。時効援用時における甲土地の時価は5000万円であった。そこで、Cは、同年3月1日、Bを被告として、甲土地の所有権確認及び平成2年1月5日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を請求する訴訟をP地方裁判所に提起した。この訴訟の中で、Bは時効の完成を争ったが、P地方裁判所は平成23年11月30日にCの請求を全面的に認容する判決を言い渡し、同年12月20日に同判決は確定した。この時点における甲土地の時価も5000万円であった。その後、Cは、甲土地について所有権移転登記を経由した上で、平成27年12月1日、Dに対して甲土地を当時の時価である5500万円で譲渡した。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

〔設問1〕
 甲土地を時効取得したことによるCの利益は、所得税法上、いかなる所得に分類されるか述べなさい。

(司法試験平成28年第2問設問1)

2.出題趣旨

 本問は、資産を時効取得した者に関する所得種類と取得費、含み益のある資産が相続により移転する場合の課税関係及び譲渡所得に関する清算課税説と時効取得との理論的関係を問うものである。
 設問1について、時効取得による利益は、利子所得ないし譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものに該当するので、一般には一時所得(所得税法第34条第1項)と考えられる。裁判例としては、土地の時効取得による利益を一時所得とした東京地方裁判所平成4年3月10日判決(訟務月報39巻1号139頁)がある。この判決は、一時所得として課税する場合の収入金額(同法第36条第1項、第2項)を時効援用時の土地の価額と解している。

3.採点実感等

 設問1について、多くの答案が、甲土地を時効取得したことによるCの利益を一時所得として分類していた。しかし、裁判例として、土地の時効取得による利益を一時所得、その収入金額を時効援用時の土地の価額と解した東京地方裁判所平成4年3月10日判決(訟務月報39巻1号139頁)に言及した答案は意外なほど少なかった。Cにおける所得の年度帰属が、時効援用時と判決確定時のいずれになるのかについて論じている答案(さらには、それを論じる際に、賃料増額請求に係る増額賃料債権について「それが賃借人により争われた場合には、原則として、右債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定するものと解するのが相当である」とした最二判昭和53年2月24日民集32巻1号43頁を引用する答案)が散見されたが、本設問は、所得分類を問うのみであるから、所得の年度帰属については、特に答える必要がない。また、仮に答えたとしても、本事例に関する限り、時効援用時と判決確定時は共に平成23年なので、どちらを基準にしても、所得の年度帰属については差異がないことになる。
 ただし、上記Cの利益が課税されることを当然の前提とした設問である(課税されるという前提の下で所得分類を聞いている)ことは、ここで読み取っておかねばならない。Cが一時所得として課税されたことがCの取得費を決めるに当たりどのように影響を与えるのかについては、後述する設問2において問われることになるからである。

4.解答例

設問1について
 Cは甲土地を時効取得し、純資産が増加している。この所得は、所得税法上、いかなる所得に分類されるか。
 この点、時効取得による所得は、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動から所得ではないため、事業所得(同法27条1項)には該当しない。
 また、非独立的に、従属的な労務提供の対価として稼得された所得でもないため、給与所得(同法28条1項)にも該当しない。
 さらに、資産の譲渡による所得(譲渡所得、同法33条1項)は、承継取得による譲渡をさし、所有権を原始取得する時効取得は、資産の譲渡に該当しないと考える。このため、譲渡所得に該当しない。
 そこで、一時所得(同法34条1項)に該当するかを検討する。
 まず、時効取得による所得は、前述した事業所得、給与所得、譲渡所得以外の所得分類、すなわち、利子所得、配当所得、不動産所得、退職所得、山林所得にも該当しない。そして、時効取得による所得は、営利を目的とする継続的行為からの所得ではなく、さらに、前述のとおり労務その他の役務の対価、あるいは資産の譲渡の対価ではない。
 このため、Cによる甲土地の時効取得による所得は、一時所得に該当すると考える(土地時効取得事件判決に同旨)。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 所得分類の検討順序については、平成28年の採点実感において、「この場合、最初に検討すべきは譲渡所得や給与所得であり、これらに該当しないとした場合に一時所得該当性を検討し、その結果一時所得に該当しなければ雑所得になるという検討順序になるべきであるが、この検討順序をきちんと意識できていない答案が少なからず見受けられた。」との記述がある。この教えにしたがって順番に検討を加えた。
 なお、採点実感では「ただし、上記Cの利益が課税されることを当然の前提とした設問である(課税されるという前提の下で所得分類を聞いている)ことは、ここで読み取っておかねばならない。」と指摘されているし、設問は、所得分類しかきいていないので、純資産増加説と非課税所得にならないということには言及しなかった。
 ケースブック租税法では、時効取得した資産の年度帰属について詳しい設問が用意されている(ケースブック租税法〔第6版〕264頁以下)。このためであろうか、採点実感では、所得分類が問われているのに、年度帰属について回答している答案が散見されたようである。

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