§211.02 違法な所得
1.事案の検討
中心的な判示は、次のとおりである。
・ 制限超過の利息・損害金の支払がなされても、その支払は弁済の効力を生ぜず、元本に充当されるというのが判例である。
・ これによると、制限超過利息部分に関するかぎり、法律上は元本の回収となり、所得を構成しないようにみえる。
・ しかし、貸主において、制限超過利息について元本の受領として処理せず、依然として従前どおりの元本が残存するものとして取り扱っているのであれば、制限超過部分を含めて、現実に収受された約定の利息・損害金の全部が貸主の所得として課税の対象となる。
・ なお、判例は、制限超過部分を元本に充当することで、計算上元本が完済となったときは、その後に支払われた金員につき、借主が民法にしたがって不当利得の返還を請求できるとする。このため、いったん受領した利息・損害金を収受しても、法律上これを自己に保有しえないことがあり得る。しかし、このことをもって、受領した制限超過利息を所得として課税の対象とできないわけではない。
制限超過利息が「現実に収受された場合」は、所得として課税の対象とするが、「未収の場合」には、所得として課税の対象としないという違いを認めている。
現実に収受されたものは、すでに貸主の手許におかれ、不当利得の返還を請求される可能性があるにとどまる。このため、収入した金印は「収入すべき金額」(所得税法36条1項)に含まれると考えられた。
これに対し、約定した支払期日が到来したものの、未収のものは、約定自体無効であり、そもそも、借主の任意の支払いを期待し得るにすぎず、「収入実現の蓋然性があるということはでき」ないことが指摘されている。このため、そもそも「収入すべき金額」(36条1項)に含まれないと説明されている。
(なお、現実に収受されたものについては、手許に現金が置かれることで資産の増加があり、不当利得を返還する債務を負担するため、純資産増加は存在しないはずである。しかし、上述のとおり、不当利得を返還する債務を履行しなければならない蓋然性は低いことを理由に、純資産増加を認め、所得として課税したのではないかと思われる。これに対して、未収のものについては、収入実現の蓋然性があるということはできないから、そもそも、資産の増加を認めなかったという関係にあるものと思われる。)
2.現行法における扱い
旧通達は、私法上の権利義務関係を重視している。すなわち、窃盗、強盗または横領については、財物の所有権は移転しない。この財物の獲得等によって、盗取者などは所有権を取得していないので純資産増加は認められず、したがって、所得税を課さないと考えたものと思われる。これに対し、詐欺または脅迫のような瑕疵のある意思表示によって財物が交付などされたときは、「一応所有権が移転する」のであるから、詐欺師などの純資産増加を認め、所得税を課すべきであると考えたものと思われる。
現行通達は、私法上の権利義務関係を問わず、租税法の観点から純資産増加が認められるときには、課税するという考え方をとったものと思われる。
さらに勉強してみたところ、前者を法律的把握、後者を経済的把握と呼ぶようである。これは、法律上の権利(所有権)の存在または不存在をいかに評価するかについての考え方の違いと説明される。
すなわち、所得概念の法律的把握は、「所得の認定基準として、所有権の移転の有無により判断する、換言すれば利得者がその利得を法律上有効に保有し得る場合にだけ課税所得を構成するという考え方」である。これに対して、所得概念の経済的把握は、「所得の発生原因たる行為が有効か無効か、すなわち利得者が法律上有効に財物を保有し得るものであるか否かとは無関係に、経済的に見て利得者が、その利得を現実に支配し、自己の為にそれを享受している限り、課税所得を構成するという考え方」である。(前田寛「違法所得と課税」徳山大学論叢11=12号99-100頁を参照した。)
問 所得はどのように把握すべきなのか。(田中晶国・「違法所得に対する課税について」税法学577号123頁から引用した。)
甲説(法律的把握)
結論: 私法上有効に保管しうる利得のみが課税所得を構成するという所得概念
乙説(経済的把握)(判例・通説)
結論: 経済的にみて利得者が現実にそれを支配し、自己のために享受している限り課税所得を構成するという所得概念
理由: ① 国税通則法71条1項2号などが無効な行為や取り消しうべき行為により生じた経済的成果に課税されることを前提とすると読めること
② 所得は本来経済的概念であること
③ 違法所得に課税しなければ所得税の応能負担の要請に反すること
※ 東京地判平成22年12月17日は、「現実にその利得を支配管理し、自己のためにそれを享受して、その担税力を増加させたといえるから、Xの上記各年分の所得税における事業所得の計算上、総収入金額に計上すべきもので、これを控除することはできないというべきであり、ただ、後日これに係る経済的成果が失われた場合には、必要経費に算入することができることになるにとどまるものと解するのが相当である」と判示しており、経済的把握による所得概念を前提としていると思われる。なお、この判決では、所得税法51条2項の解釈について、債務確定主義を踏まえ違法所得の返還債務を確実に負担した時点で必要経費控除を認めるべきか、実際に違法所得を返還した時点で必要経費控除を認めるべきかが問題となっており、後者の見解をとった。
3.違法所得への課税の理論的検討
引用文献を読んで、次のように理解した。
包括的所得概念を前提とすると、違法所得であっても担税力を生ずる以上、所得として課税の対象に含めるべきである。この考え方には2つの批判が考えられる。ひとつは、違法行為を公認することになるのではないかという批判である。しかし、所得として課税するかは、担税力に着目して行われるべきであり、違法所得に課税することは、違法行為を公認するものでも、それに対する制裁でもない。もうひとつは、違法所得は、没収、追徴、相手方からの返還請求などの対象となるので、いずれ失われることが予想されるから、これに課税するのは適当ではないという批判である。しかし、違法所得があったとしても、実際には、没収や返還されることなく、所得者によってそのまま保有されあるいは消費される例も多い。このため、失われる可能性があるというだけで、課税しないのは適当ではない。
引用文献は「担税力」を軸に議論しているが、純資産増加説からは担税力の有無は、純資産増加の有無と理解することができる。本件判決は、違法所得による純資産増加を認める時期を現実に収受したときと判断している。いったん現実に収受したとき(資産増加は現実化)は、返還請求で失われる蓋然性は低い(債務増加の蓋然性は低い)ため、純資産増加があるという考え方が背景にあるのではないか。未収の違法所得については法律上強制できないため収受できる蓋然性がない(資産増加は現実化する蓋然性すらない)という考えがあるように思われる。
4.違法所得に課税した後始末
その年分の申告または決定に係る所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと(1号)、あるいは、そのような事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこと(2号)
なお、事業所得、事業から生じた不動産所得、山林所得の金額は、上述の所得の金額から除かれる
東京高判平成23年10月6日は、「現に生じた利得について、納税者に法律上の義務としてその返還義務が存在しても、実際に利得の返還が行われない限り、納税者が無効な行為により生じた経済的成果を支配管理し、自己のためにそれを享受している状態は何ら変動することはない。」と判断した。この判決は、所得概念の経済的把握の立場をとったものと思われる。
設問①の場合、無効であることが確認され、当事者間において利得者が返還債務を負担することが明らかになったと思われる。しかし、依然として、経済的に見て利得者が、その利得を現実に支配し、自己の為にそれを享受しているので、所得概念の経済的把握の立場からは、この違法所得に対して課された所得税は還付されないと考える。
設問②の場合、経済的利益は相手方に変換されており、利得者に生じた経済的成果は失われているので、所得概念の経済的把握の立場からは、この違法所得に対して課税された所得税は還付されると考える。
設問③の場合、契約が取り消されたことで、利得者は取り消しうる瑕疵のある契約に基づく経済的成果を保管することが法的にできなくなるとともに、その返還債務を負担している。しかし、遡って、違法所得となった経済的成果を依然として支配管理し、自己のためにそれを享受している状態に変動はない。したがって、この違法所得に対して課税された所得税は還付されないと考える。
※ 「担税力」というよりも「純資産増加」というほうが、手触りがあるように感じたが、引用文献や判決文では、「担税力」という概念をもちいている。これにはなにか理由があるのであろうか。今後、勉強を進めるとわかるのかもしれない。ただ、純資産増加というと、貸借対照表から違法所得の問題を分析しやすいと感じた。すなわち、「未収の違法所得」の問題は資産の部に認識すべきか否かの問題と捉えることができ、「現実に収受した違法所得」の問題は資産の部に認識すべきか否かの問題とともに、負債の部で返還債務を認識すべきか否かの問題の合わさった問題のように捉えられるのではないかと感じたのである。
5.関連裁判例
(略)
6.相互参照
(略)
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