見出し画像

【過去問】 事業からの所得の帰属②


1.問題

 A(居住者)は、歯科医で昭和55年からQ歯科医院を営む事業者である。Aの息子B(居住者)は、平成14年に歯科医師国家試験に合格し、5年間ほど大学病院で勤務医を務めた後、平成19年4月から、Aと共にQ歯科医院で治療に従事するようになり、また、Q歯科医院に隣接するA所有の建物に、妻及び一人娘Cと共に両親と同居するようになった。Bは、Aに家賃を払っておらず、生活費は、Aと分担しているものの、分担の範囲や割合は明確でなく、月によって異なることが多い。また、家事は、Aの妻とBの妻が互いに助け合って行っている。
 Aは、一般歯科治療のみを行ってきたが、勤務医時代に矯正歯科治療の経験を積んだBがQ歯科医院で治療に従事することになったので、同医院の診療科目に矯正歯科を加え、同医院の看板にも「一般歯科 矯正歯科」と併記するようになった。Aは、Q歯科医院のA所有の敷地内に矯正歯科用の別棟を建て、Bがそこで矯正歯科治療に従事している。Aは、矯正歯科用の治療機器等の固定資産について購入契約をA名義で締結し代金も支払ったが、機種等の選定はBが行った。そのほか、矯正歯科治療用の矯正装置、医薬品等の棚卸資産は、Bが自分の名義で仕入代金も支払っている。また、Bの指示の下で矯正歯科治療に補助的に従事する歯科衛生士は、Bが自分の名義で雇い入れ、その人件費を負担しているが、Q歯科医院に以前から勤務している事務員の人件費のほか、Q歯科医院単位で請求される光熱費等については、一般歯科と矯正歯科の患者数、診療時間、診療スぺース等に応じて、AとBが按分して負担することにしている。
 矯正歯科用の別棟及び治療機器等のBによる使用に関しては、AとBとの間で、平成19年3月に、Bは、使用料の支払に代えて、毎週月曜日、水曜日及び金曜日の午前中は、Aに代わって一般歯科治療に従事する旨の取決めがされていた。この取決めは、当時、Bの自己資金に余裕がなく、Bが自己資金で矯正歯科用の建物を建て治療機器等の固定資産を購入することができなかったので、Aが建てた建物や購入した治療機器等を使用することとし、その使用料をBによる一般歯科治療に係る収入で代替的に負担することを目的として、交わされたものである。Bは、この取決めに従い、矯正歯科の診療時間を上記以外の曜日(日曜日及び祝日を除く。)の9時から12時までと平日の16時から19時までに設定している。なお、B名義の個人事業の開廃業等届出書は、平成19年5月に所轄税務署長に提出された。
 (中略)
 BがQ歯科医院で治療に従事するようになって半年ほど経つと、Bは、矯正歯科治療だけでなく一般歯科治療についても腕が良いと患者や地域住民の間で評判になった。Aも、Bの手腕を高く買っており、矯正歯科に関して口出しすることは当初からほとんどなかった。Q歯科医院の収入は、矯正歯科治療に係る収入が加わったほか、一般歯科治療に係る収入も増えたため、平成19年秋頃から飛躍的に増加しており、平成21年には、Aだけが歯科治療に従事していた平成18年分の収入に比べて、2.5倍ほどになり、しかも一般歯科治療に係る収入と矯正歯科治療に係る収入はほぼ同額になった。Q歯科医院では、平成19年4月以降、⑴総治療収入のうち一般歯科治療に係る部分はAの収入、矯正歯科治療に係る部分はBの収入とする会計処理がされて……いる。AとBは,上記の会計処理に基づき自己の収入とされた分を、平成19年以降の各年分の所得税について、事業所得として確定申告している。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

〔設問〕
1. Q歯科医院の総治療収入のAとBへの配分に関するQ歯科医院の会計処理(前記の事案中の⑴の会計処理)に基づく確定申告の適否について、所得税法に則して、所得の人的帰属の判定基準を明らかにしながら検討しなさい。
(2.と3.省略)

(司法試験 平成23年第1問設問1)

2.出題趣旨

 本問は、事業所得に関する所得税法上の基本的な論点についての理解力と事案に即した判断力を試すものである。
 設問1は、親族で営まれる事業から生ずる所得について、実質所得者課税の原則(所得税法第12条)に基づく所得の人的帰属の判定を問う問題である。事業から生ずる所得は、その経営主体である者(事業主)に帰属すると解されているが(最判昭和37年3月16日集民59巻393頁参照)、事業が親族で営まれる場合、事業主は、その事業の経営に誰が支配的影響力を有するかによって判定される(東京高判平成3年6月6日訟月38巻5号878頁参照)。本問では、事案の中から事業経営に対する支配的影響力の判定要素を適切に摘出し評価する能力が、試されている。その際、判例(最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁)に照らして事業所得の意義を正確に理解しているかどうか、その理解をどのように事業経営に対する支配的影響力の判定と関連付け、所得の人的帰属の判定に反映させるかも、問われている。

3.採点実感

 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して、それぞれについて試されている能力を重視して、採点した。その結果の概要及び実感は以下のとおりである。
 設問1については、実質所得者課税の原則の意義に関する一般的・抽象的な理解(法律的帰属説と経済的帰属説の関係やそれぞれの妥当根拠)は多くの答案で示されていたが、事業所得が問題とされている本件事案についてその理解を適切に展開した答案は多くはなかった。また、本件事案について事業主基準によって所得の人的帰属を判定する旨は多くの答案で述べられていたが、事業経営に対する支配的影響力の判定要素の摘出及び評価を適切に行った答案は多くはなかった。多くの答案について基本的な知識の点では特に問題はないと思われたが、個々の基本的な知識(例えば事業主基準と事業所得の意義)を相互に有機的に関連付けて理解する能力、基本的な知識を事案に即して活用し、事案に含まれる問題の分析や法的評価・判断につなげることかができる能力を涵養することの重要性が感じられた。

4.解答例

設問1
1.設問では、歯科医院から生ずる所得が誰に帰属するのか問題となる。この点、所得の帰属は、原則として名義に従って決定すべきである。ただ、その帰属につき、その形式(名義)と実質とが相違している場合には、実質に即して帰属を決めるべきことを定めたのが所得税法12条であると考える(法律的帰属説)。なぜなら、同条が「名義人」という表現を用いているからである。
2.設問の歯科医院から生ずる所得は事業所得(所得税法27条1項)である。事業所得は、自己の計算と危険のもとで事業を運営する経営主体に帰属する(農業所得帰属判定事件判決)。そして、本件のような親族で営まれる事業については、名義だけではなく、実質に着目し、その事業に対して支配的影響力を有している者を経営主体として特定する必要があると考える(歯科医院親子共同経営事件判決)。
3.本件では、昭和55年からAが一般歯科治療を行っている。このため、Bの一般歯科治療以外の一般歯科治療に係る収入がAに帰属する。ただ、①Bの矯正歯科治療に係る収入がBに帰属するのか、②Bの一般歯科治療に係る収入がAに帰属するのかが問題となる。
4.①について
 まず、Bは、矯正歯科治療用の矯正装置、医薬品等の棚卸資産は、Bの名義で仕入れて代金を支払っている。また、矯正歯科治療に補助的に従事する歯科衛生士は、Bの名義で雇い入れ、その人件費を負担している。さらに、Q歯科医院に以前から勤務している事務員の人件費と光熱費等については、一般歯科と矯正歯科の患者数、診療時間、診療スぺース等に応じて、AとBが按分して負担している。加えて、B名義の個人事業の開廃業等届出書を平成19年5月に所轄税務署長に提出している。このため、矯正歯科治療についてはBの計算と危険で行われているといえる。
 ただ、矯正歯科治療用の建物と矯正歯科用の治療機器等の固定資産も、Aの名義で購入されている。このため、Aの計算で購入されているとみられる。しかし、これらの使用に関してはBがAのために一般歯科治療に従事することで、使用料相当額を補てんするための取り決めである。したがって、名義にかかわらず、実質としては、矯正歯科治療用の建物と治療機器等の固定資産は、Bの計算により負担されていると捉えるべきである。
 なお、固定資産の選定はBが行っており、Aが矯正歯科治療の方針に関与していない。さらに、Aは矯正歯科に関して口出しすることは当初より一切なかった。
 したがって、名義と実質を考慮すると、矯正歯科治療は、Bが、経営方針に関し支配的影響力を有し、その計算と危険で行われていると考えられ、経営主体はAではなくBであると考えられる。このため、会計処理⑴は適切であると考える。
5.②について
 次に、Bによる一般歯科治療であるが、一般歯科治療用は、昭和55年よりAの計算と危険により行われていること、題意より、A名義の一般歯科治療用の棟でBがAとの取り決めにしたがって従事していると考えられること、BはAの矯正歯科治療には口出しをしていないが一般歯科治療についてはAの指揮命令にしたがっていると考えられること、加えて、Bは一般歯科治療用の人件費、光熱費等を負担しておらず、Aが負担していることを踏まえると、Bの一般歯科治療は、Aが経営方針に関し支配的影響力を有し、そのAの計算と危険により行われており、その経営主体はAであると考えられる。このため、会計処理⑴は、この点においても適切であると考える。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 「§213.01 実質所得者課税の原則」と「§213.02 事業からの所得 –––––– 親子の場合」において、問われていることが、本問でも問われていると思われる。出題趣旨で触れられている、所得税法12条の解釈(法律的帰属説と経済的帰属説)、裁判例である川崎生協従業員事件判決と、歯科医院親子共同経営事件判決に触れながら、採点実感で指摘されると思われる事業所得の本質(計算と危険)についても触れながら、解答例を作成してみた。なお、一般歯科治療全体が、Bの計算と危険により行われていると認定することは、たとえ、設問で触れられている収入の倍増などを踏まえても現実的ではないと判断した。この点は、3.で確認する程度に触れ、帰属の問題は、Bの一般歯科治療に係る収入と、Bの矯正歯科治療に係る収入として論じてみた。所得の帰属の問題は、解答の枠組みを作るのが難しいように感じており、自信はないが、自分のなかで、この点の考え方を整理することができ、とても勉強になる問題であったと思っている。

 (なぜ、事業主に所得が帰属するのか、本当のところしっくりこない。この点、「事業主判定が行われた場合、実際に勤労した者には所得が帰属しないことに注意すべきである。このような帰属を、個人単位課税の中で説明できるかは疑問である。収支計算や経営判断だけで所得が発生するのではないからである。」(岡村忠生ほか「租税法〔第4版〕」(有斐閣アルマ)136頁参照)との指摘に行き当たった。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?