読了、『現代思想入門』

最近、話題になっていたので読んでみました。
『現代思想入門』千葉雅也著 講談社現代新書 2022年

タイトルを見た時、懐かしさと「何を今更」といった諦観の入り混じった感情を抱きました。というのも、私の大学時代は現代思想ブームの真っ只中に
ありましたから。その頃の私は、「世界をどのように捉えるべきなのか」ということに関心があり、専攻である経済学の勉強はそっちのけで哲学や思想に関する本を読み漁っていました。ですから、現代思想についても必然的に触れることになったのですね。本書で取り上げられていた思想家はもちろんのこと、諸子百家さながらに様々な思想家の名前が登場して界隈を賑わせていました。ただまあ、若さゆえの背伸び感というか、入門書を経ずにいきなり原典を読もうとしたものだから、ほとんどその内容を消化できずに時間とお金を浪費していましたね。ある時、当時買った本を読み返してみましたが、何を言っているのかよくわからなかったですし「あの時、よくこんな小難しい本をよんでいたよなぁ」と驚いた記憶があります。それらの多くは、もう読むことはないだろうと思い、引っ越し等の際にBOOKOFF送りとなりました。そんな感じだから「現代思想って、単に言葉遊びに興じていただけなのではないか?」という暴論まで抱くようになって、長らく忘却の彼方に追いやっていました。

しかし、紆余曲折を経て改めて学び直そうと思った時、地道に入門的な本から入っていけばきちんとした理解できるのではないかと思い直して適当な文献を探していたところ本書に出会い、手に取ってみることにしました。

読み進めてみると、これが面白いし読みやすい。「なるほど、こういうことだったのか」という発見や、「そういえば、当時読んだ本でもこんなこと言っていたよな」といった振り返りができて刺激の詰まった一冊でした。

本書は、二項対立という概念を軸に話を展開しています。わかりやすいところで言うと、本書でもマルクスの節で触れていた資本家VS労働者という図式でしょう。その他にも、近代哲学の基礎概念である「主体」と「客体」、「文明」と「野蛮」といった区分も二項対立ですよね。余談ですが、カール・シュミットが提唱した「友」と「敵」といった概念も典型的なに二項対立と言えると思います。しかし、世の中を端的に形式化するのは理解を進めるうえで非常に便利な方法ですが、弊害が多いことも確かです。例えば、先に挙げた「文明」と「野蛮」については、文明化されたヨーロッパ人が野蛮で未開な異民族を啓蒙する、といった形で帝国主義時代の植民地政策の思想的根拠になっていました。そう、近代を形作る重要なキーワードのひとつが「啓蒙」です。闇に閉ざされていて人知を超えた存在になっていた部分に光を当てることで世界を切り開く、という発想は人類に多くの恩恵をもたらしましたが、非常に暴力的な一面もあって、そのことによって多くの悲劇を生んできました。また、資本家VS労働者の構図は日本の労使関係に当てはめた場合にはどうでしょうか。「労使協調」などとぬるいことを言ってブラックな労働環境を容認してしまうさまは、共犯関係にあるとも言えます。単純化し明快にすることで、却って真実を覆い隠してしまい本当に大事な部分を排除してしまう(あ、これがアドルノ=ホルクハイマーが言っていたところの「白痴の知」というやつかな?)。啓蒙と排除は、近代文明の中では両輪として機能してきたように思うのです。それを根底から支えていたのが、二項対立という思考だったのではないか。そのような考え方では抜け落ちてしまう背後にあるものや二項のどちらにも属さない間にあるものを的確に包摂していこうとする運動、それが現代思想ということなのかなと思います(あ、これも本書を通じて得た気づきというより、学生当時に読んだ本でも同じようなことを言っていた気がするなぁ)。

しかし、どんなに排除されるものを包摂しようとしても、そこから抜け落ちるものは必ず存在する。だからこそ、メイヤスーやハーマンに代表されるようなポスト・ポスト構造主義といった考え方が出てくるのでしょう。それでもなお、脱構築を繰り返して人間存在を捉えなおすその不断の努力を続けることが必要で、それがひいては「自分自身の力をより自律的に用いる」(p99)ことに繋がるのではないかと思うのです。それを実践として可能にするのが、ドラッカーの提唱する「マネジメント」なのではないか(あ、ここでもまたひとつ繋がった)。

このように、本書を読むことでそれまで頭の中で断片的に散らばっていた知識や見解が関連付けられ整理されていきました。自分の問題意識の深まりや打開の糸口を探るきっかけを与えてくれたという意味では、よい本に出合えたなと思います。ただ、ここで学びを止めてしまうと、また学生時代のように消化不良になってしまう気がします。本書で紹介されていた書籍については、機会をとらえて読むことでより深い理解につなげたいです。

最後に、「おわりに」で今村仁司先生の著作を推薦していたことは個人的にはうれしかった。やはり、日本で現代思想を学ぶとなると、今村先生の薫陶(洗礼⁉)を受けないと始まらないですよね。紙媒体が嫌いな私の手元にある本は、『近代性の構造』(講談社選書メチエ 1994)の電子書籍版だけですが、本書で進めていた『現代思想を読む辞典』も早く電子化してもらいたいです。個人的には、『現代思想の基礎理論』『現代思想の展開』(いずれも講談社学術文庫)の電子化も待たれます。マルクスに足りないものは循環の発想だ、という指摘は、今だに私の脳裏に焼き付いて離れません。

以上

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