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Eternal Snow -雪の女王- ④


   3. 雪の女王

 ――ふと、だれかがじぶんのなまえをよんでいるような気がして、スノウは目をさましました。
 部屋のなかはまっくらで、スノウはじぶんのベッドの上に起き上がっていました。外はあいかわらず吹雪いているようで、窓ガラスがしきりとガタガタふるえています。
 でもたしかに、スノウはだれかによばれたような気がして耳をすましていると、やっぱりどこからともなくじぶんのなまえをよぶ、うるわしい女の人の声がきこえてくるのでした。
 しかしその声は遠くかすかに、ささやくようにしかきこえず、しかも部屋のなかではなく、窓の外からきこえてくるようです。そこでスノウは窓辺に近寄って外のようすをうかがってみましたが、ものすごい風と雪の嵐でなにもみえません。それでも、その声はすさまじい風の音にまじって、たしかにきこえてきました。
 スノウはおもいきって窓のガラス戸をひらいてみました。はげしい風と雪が部屋のなかに吹きこんできましたが、それも一瞬のこと、すぐに風はおさまり、雪はひらひらと宙を舞いながら床の上におちて消えてしまいました。
 ――部屋のとびらのまえにだれかいます。ぴかぴかと白銀色にかがやくきれいなロングドレスを身にまとい、髪の毛の色から肌の色まですべてがまっしろ、ただ瞳の色だけが吸いこまれるような碧い色で、ゆうれいのようにとつぜんあらわれたその女の人は、じっとスノウをみつめながら立っていました。
「あなたは、だあれ?」
 スノウはびっくりしてたずねました。
「わたしは雪の女王。スノウ、あなたをむかえにきたのよ」
「雪の女王?」スノウはオウム返しに答えます。「ほんとうに、雪の女王?」
「そうよ」
 雪の女王はつかつかとスノウのちかくまでやってくると、氷のようなまっ白い手でスノウの頬をそっとやさしくなでました。てのひらはおそろしいほどつめたく、おもわずとびあがってしまいそうなほどでした。
「でも、どうして? ぼくはあなたがおもうような、あなたの後継者にふさわしい子どもなんかではないのに」
 この問いに対し、雪の女王はやさしくほほえみながら答えます。
「いいえ、スノウ、あなたほどわたしの後継者にふさわしい子どもいません。あなたがわたしをここへよんだのですよ。あなたが望むことなら、みんなかなえてあげることができます。あなたとわたしで、このくだらない、みすぼらしい世界を、よりうつくしく汚れのない、幸福につつまれたすばらしい世界につくりかえてゆきましょう」
「でも、ぼくは……」
 そのとき、スノウが頭のなかにおもいうかべていたのは、ハルのことでした。もしも、とつぜんじぶんがいなくなってしまったら、ハルはかなしんでくれるでしょうか? それとも、何事もなかったように、ふだんとおなじ日常がくりかえされてゆくだけでしょうか? それだけが気がかりでした。
「雪の女王さま――」ためしに、スノウはたずねてみることにしました。「ぼくともうひとり、いっしょにつれていってほしい人がいるんですが、その人といっしょではだめでしょうか?」
 雪の女王は表情ひとつ変えないまま、冷然と答えました。
「スノウ、わたしがえらんだのはあなたひとりです。ざんねんだけれど、そのお友達は、つれてゆくことができません。でも、しんぱいすることはないでしょう。わたしが、いつまでもあなたのそばにいます。けっして、ひとりでさびしいおもいなんてすることはありません。さあ、もう時間です。わたしとともに行きましょう」
 雪の女王はそう言うとスノウの頬に口づけをして離れました。すると、ほんとうにスノウの心から不安や心配などはすっかり消え失せ、ただもうあたまがぼうっとなり、なにもかもどうでもよいという気分になってきました。そしてスノウは雪の女王にみちびかれるまま家の外に出ると、ちかくに停めてあった馬車にのりこみました。
 雪の女王が合図をすると、馬車はいきおいよく走り出しました。
 スノウはふりかえって、遠ざかってゆく町なみをながめていました。町は雪とあらあらしい風につつまれ、白いけむりのほかにはもうなにもみることができませんでした。





(つづく)