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お日さまとお月さま

 ある日、夜空を見上げると、まあるい、おおきなおおきなお月さまが、にんまりわらっていました。

「どうしたんだい? 君、えらく元気がないじゃないか」

 ぼくは、とつぜん頭上のお月さまに声をかけられ、びっくりしてしまいました。

「ああ……、うん、いや、べつになんでもないんだ」

「なんだい。えらくつれないじゃないか。ぼくでよければ相談にのろうと言っているんじゃないか」

「え? 君がかい?」

「そう」

「お月さまの君が?」

「そうだとも」

 ぼくは思わずプッ、と吹き出してしまいました。

「だって君、いっつも夜空にうかんでいるだけじゃないか」

 するとお月さまは顔を真っ赤にして、「しつれいだな。ぼくだって、好きでこんなところにうかんでいるわけじゃないんだ。ようし! そこまで言うのなら、証拠を見せてやろうじゃないか!」

 そう言うと、お月さまはおおきく息を吸いこみ、ほっぺたをパンパンにふくらませたかと思うと、おもいっきりぷうっ! と吐き出しました。お月さまはその反動でおおきく後退しましたが、どうしたことでしょう。風はおおきくつむじを巻いて吹き荒れ、ぼくのからだはくるくる回りながら吹き飛ばされてしまったのです。

「おやおや、またやってしまった。どうも、ちから加減がむつかしくてね」

★ ★ ★

 気がつくと、空はすっかり明るくなっていました。

 それまでお月さまがいたところには、陽気な顔をしたお日さまがのぼっていました。

 お日さまは暑苦しいまでの笑顔をみせながら、

「どうしたんだい? 君、そんなところでスットンキョウな顔をして」と、言いました。

 ぼくは昨夜起きた出来事をお日さまに説明しました。

「そいつは災難だったね。なにせあいつはいたずら好きで有名なんだ。なやんだ顔をしている人を見つけると、からかってやりたくてたまらないのさ」

 それを聞いたぼくは、なんだか腹が立ってきました。

 そのようすを見ていたお日さまは、「どうだい? やつにしかえしをしてやろうじゃないか」と、ぼくにある提案をもちかけてきました。

★ ★ ★

 その晩、お月さまは昨日と変わらず、ひょうひょうとした顔で夜空にぽっかりうかんでいました。

 ぼくはお月さまに向かって、おもいっきり石を投げつけました。

「痛ッ! 君、痛いじゃないか! いったいぜんたいなんだっていうんだね!」

 お月さまはまあるい顔にぷっくりたんこぶをつくって言いました。

「うるさい! 昨日はとんでもない目にあわせてくれたな。お日さまからおまえはとんでもないいたずら好きだってことを聞いたんだぞ!」

 するとお月さまはおどろいた顔をして、

「お日さまだって? 君はあいつの言うことを信じたのかい? あいつこそ本物のペテン師さ!」と、言いました。

 しかし、ぼくにはお月さまの言ったことが信じられません。

「うそをつくな! お日さまはぼくにとても親切にしてくれたし、忠告までしてくれたんだ」

「ばかだな、君。そこがあいつのねらいなのさ。あいつはぼくのことをきらっているから、わざと親切なふりをして、そうやって相手にしかえしをさせるのさ。それに、ぼくは君のなやみの相談にのってあげようとしただけなんだ。それを君がわらうものだから、ちょっと腹を立てただけさ。悪気はなかったんだよ。それより、悪いのはやつさ! 腹を立てている君の心を見すかして、君を利用したんだからね」

 お月さまの真剣な怒りっぷりに、なるほど、そう言われてみればそのような気がしないでもありません。ぼくはなんだか頭が混乱してきました。

「つまり、お日さまはぼくをだまして、君にしかえしをするようにしむけたってことかい?」

「そうだとも! でなければなんだと言うんだい? やつはとんでもない卑怯者さ! ええい、なんだかよけいに腹が立ってきたぞ! ねえ君、ぼくのおねがいを聞いてくれないか」

★ ★ ★

 翌日、空には雲ひとつなく、見事なほどに晴れわたっていました。

 お日さまは今日もニコニコ、とてもキゲンがよさそうにかがやいています。

 ぼくは昨晩、お月さまにもらったちいさな袋包みを、お日さまに向かって投げつけました。

 袋包みは空中で破裂すると、中からもくもくと黒い煙がふき出し、またたく間に空をおおってしまったのです。

「うわっ! なんてことをしてくれたんだ! これじゃあぼくの光が地上まで届かないじゃないか」お日さまはとてもこまった顔をして言いました。

「やい! 昨日はよくもぼくをだましてくれたな。おまえがうそつきの卑怯者だってことは、お月さまから聞いたんだぞ!」

 それを聞いたお日さまはびっくりして、

「なんだって? ははぁ、君、またしてもやつにいっぱい食わされたんだな。あいつはぼくのことを妬んでいるんだ。ぼくがいっつもにこにこキゲンよさそうに空にうかんでいるものだから気に食わないのさ。それになんといったって、やつはこのぼくがいなけりゃかがやくことすらできないからね。だからこうやってぼくの仕事をじゃますることで、うっぷんを晴らしているのさ」

「でも、君だってぼくをけしかけて、お月さまにしかえしをさせたじゃないか」

「ぼくが? それはちがう。ぼくはただ、君がやられっぱなしでくやしいだろうと思って言ったまでさ。もちろん、君がやりかえさなかったとしても、ぼくはまったくかまいやしなかったよ」

 なるほど、たしかにそう言われてもみれば、お日さまの意見にもすじが通っているように思えてきます。ぼくはがっくり肩を落としてうなだれてしまいました。お日さまはその様子を見て、もともと真っ赤だった顔をさらに赤くさせ、しゅわしゅわと蒸気をあげながら言いました。

「ちくしょう! もう頭にきたぞ! 安心したまえ、君。もうやつの好き勝手させるものか。こうなりゃ、直接やつと対決してやろうじゃないか」

★ ★ ★

 その日、お日さまは空に居すわってなかなかしずもうとしませんでした。それというのも、お月さまがやってくるのを待っていたからです。もちろん、ぼくもその場で待ちました。やがて、お月さまが、そうとも知らず向こう側からのぼってきました。お月さまはいつもより空が明るいことを不審がりながら、お日さまのすがたをみとめると、びっくりして言いました。

「おい、もう君の仕事は終わりの時間だぞ。ここからはぼくの受けもちだ。さっさとしずんでくれないか」

 しかし、お日さまはうで組みをしたまま、そこから動こうとはしません。

「そうはいくものか。今日はちょっと君に話したいことがあってね」

 お月さまはいぶかしげに顔をしかめると、

「話だって? ぼくは君に話したいことなどなにもないね。さあ、じゃまだから、とっととその場から動いてくれないか」と、フキゲンそうに言いました。

 こうも悪しざまな態度をとられては、お日さまもだまってはいられません。

「君がぼくのことをきらっていることは百も承知だが、ちょっとやりかたが陰湿でないかね。気に入らないことがあれば、直接ぼくに言いたまえ」

 お月さまはさらに顔つきをけわしくさせると、

「陰湿だって? そりゃおたがいさまだろう。他人を利用して復讐をくわだてるなんて、ずいぶんひきょうな手を使うじゃないか」と、負けずに悪態をつきます。

「すべて君からはじめたことだろう。素直にそうみとめたまえ」

 お日さまは目もとをピクつかせながら、しかしつとめて冷静に言いました。

「ちがうね。たしかに君のことはずっと以前から気に食わなかったが、それとこれとは無関係さ。どうだい、ここはひとつ、君があやまれば、すべてご破算としようじゃないか」

 それを聞いたお日さまの顔は、みるみる赤くなっていきます。

「なぜぼくがあやまらないといけないのかね。そちらこそいいかげんみとめたまえ。君は個人的なねたみからぼくにいやがらせをしてるんだとね」

「ちがうね」

「いいや、ちがわない」

「ちがう」

「ちがわない」

「こいつッ!」

「やるのかッ!」

 たがいに顔を真っ赤にしながら取っ組み合いになると、そこからさきはなぐりなぐられのおおさわぎになりました。すると、そのさわぎを聞きつけた周辺の人々がぞろぞろと集まってきます。どちらかがなぐられると、あちこちから歓声があがりました。なかには、どちらが勝つか賭けをするような不届き者の姿も見受けられます。しかし、ぼくだけは複雑な心境でずっとその様子を見ていました。やがて、居ても立ってもいられなくなったぼくは、人だかりをかきわけ、あらんかぎりの声でさけびました。

「ごめんなさい! ぼくが悪かったんです。ぼくがきっかけだったんです。ぼくが暗い顔をして歩いているところを、お月さまが心配してくれたのに、ぼくが笑ってしまったのがいけなかったんです。お日さまも、ぼくを気づかってくれたのに、それを仇で返してしまったんです。どうかゆるしてください」

 ぼくはなみだを流しながらひたすらあやまりました。お日さまとお月さまもなぐりあう手を止め、たがいに顔を見合わせて、こまったような表情をうかべました。

 やがてお日さまが言いました。

「君にそうまで言われたら、こちらも立場がないではないか。……よし、わかった。ここはひとつ、おたがいにあやまって仲直りしようじゃないか。君もそれでいいかね?」

 お月さまも、しぶしぶそれをみとめました。

 人だかりは、なんだつまらない、とばかりに散っていきました。目や口をみじめに腫らしたお日さまとお月さまは仲直りの握手をすると、それ以後、目を合わすこともなく、お日さまは地平線のかなたへとしずんでいきました。

★ ★ ★

 その後、ぼくは気まずさからお日さまともお月さまとも距離を置くようにしていましたが、しばらくしてむこうのほうから話しかけてきました。

「いや、君、この前はすまなかったね」

 そう言われたとき、ぼくはほっと胸をなでおろしました。それ以後、ぼくはお日さまとも、お月さまともふつうに会話をかわすようになりました。しかし、お日さまとお月さまは、たがいにすれちがうことがあっても、目をあわすことも、声をかけることもありませんでした。

 今日も夜空にはお月さまが、まんまるかった顔をつの形に変えて黄色くかがやかせ、ふんわり宙にうかんでいます。そしてかれが見えなくなって空が白んでくるころには、あたたかい光をはこんでくるお日さまが、満面の笑みをうかべてのぼってくることでしょう。


(おわり)