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Eternal Snow -雪の女王- ②


   1. ハルとスノウ

 秋の季節もおわりにさしかかり、もうそろそろ冬の足音がきこえてこようかという時期になっていました。
 街中の路面には、あかね色や黄金こがね色に染まった落ち葉がすき間もないほど敷きつめられ、ときおり強く吹く木枯らしがカサカサという音とともにどこかへと運んでゆくようすがみられます。
 そんな秋晴れの早朝、一軒の家からカバンをせおった十歳ぐらいの女の子が出てくると、すぐさまとなりの家のとびらをノックし、それから壁を背にしてもたれかかりながらまっていました。
 しばらくすると、とびらが開いて、女の子とおなじ背格好の男の子が出てきました。
 ふたりは、おはよう、とあいさつを交わすと、おなじ方向にならんで歩きはじめました。
 女の子のなまえはハル、男の子のなまえはスノウといいました。
 ハルとスノウは家がすぐとなり同士だったということもあり、幼いころからとても仲よしでした。なので、毎朝このようにどちらか早く支度したくがすんだほうからさそいあって学校に通っていたのです。
 ですが、ちかごろはスノウのようすがおかしく、妙によそよそしい態度をとるようになっていたことをハルは気にしていました。
 その原因は、ハルのおせっかいな性格にあったのかもしれません。でも、ハルがそんなにもおせっかいになるのは、スノウの複雑な家庭の事情があったからでした。
 スノウのお母さんは、かれがまだずっと幼かったころ、とつぜん家を出たまま、それっきり帰ってこなくなりました。スノウがその理由をたずねてみても、お父さんはむっつりとだまりこんだまま答えてくれません。スノウの両親はかねて不仲で、顔さえあわせればいつも口げんかばかりしていました。そのため、ついに愛想をつかして出て行ってしまったのではないか、あるいは、どこかに別の男の人がいて、その人のところへ行ってしまったまま、帰ってこなくなってしまったのではないか、というような、根も葉もないうわさが、近所に住む人たちのあいだでまことしやかにささやかれていたのです。
 いずれにしても、お母さんがいなくなったその日から、父と息子二人きりの生活がはじまりました。
 スノウのお父さんの職業は漁師で、いったん遠洋に出てしまうと、一か月ほど帰ってくることはありません。そのあいだ、スノウはひとりぼっちになってしまうため、となりの家に住むハルの両親がめんどうをみてあげることになっていました。もともと両家は古くからの知り合いでしたし、とつぜん母親がいなくなってしまったスノウが不憫ふびんでならなかったため、ハルの両親は気がねなくスノウをむかえいれることにしたのです。
 ハルとスノウは年が同じだったということもあってすぐに仲よくなり、そのころからつねに行動を共にするようになりました。どこへ行くのもいっしょ、近所の子どもたちとおにごっこやかくれんぼをしてあそぶときもいっしょでした。
 そして一月たつと、スノウのお父さんが漁から帰ってきます。お父さんはハルの両親にお礼をいい、その日の晩はいっしょに食卓をかこんで今月の漁の成果や、むずかしい政治のはなしなどに花をさかせていました。そして食事がすんで夜もふけてくると、お父さんはスノウをつれてじぶんの家に帰ってゆくのでした。
 その後、しばらくのあいだ休暇があたえられたお父さんは、いつも酒場に入りびたって朝方ちかくまで飲み明かし、ぐでんぐでんによっぱらったまま家に帰ってきます。そして帰ってくるなりすぐさまベッドにたおれこむと、めったなことでは目をさましません。そのような生活をくりかえしていたので、お父さんが家に帰ってきてからも、スノウはやっぱりひとりぼっちでした。
 そんなスノウを人一倍気づかい、親身になって接してくれていたのがハルでした。いつもあそび相手になり、たのしいときや落ちこんだりしたときにそばにいてくれたのもやっぱりハルでした。ですから、ハルはスノウのことを家族同然におもっていましたし、スノウもまた、ハルのことを家族のようにたいせつにおもっていたのです。
 ふたりの関係に変化がみられたのは、学校に通うようになってしばらく経過したころでした。
 なにしろ、そう広くはない町のことですので、スノウの家庭がそういった複雑な事情をかかえていたことは町じゅうの人たちが知っていました。スノウは学校でも孤立しがちで、いつも遊ぶなかまはハルとそのともだちのみ。ハル以外にも仲のよい女の子は何人かいましたが、男の子のともだちはひとりもいませんでした。いつも女の子とばかりあそんでいるので、あんななよなよしたやつはなかまに入れてやらない、というような雰囲気があったのです。とくに、おなじクラスのギルという少年はその態度が顕著けんちょで、いつもかげで悪口をいっては、にやにやとわらっているのでした。
 ギルはこのあたりの地域では名の通った権力者の息子で、三人兄弟の長男でした。学業優秀でからだが大きく、取っ組み合いやなぐり合いではかなうものがいなかったギルは、またたく間にクラスメイトの支持をあつめ、男の子たちを率いるグループの頭領になっていました。そのうえ先生たちからの信頼もあつく、両親も息子のことをほめたたえていたため、それがことさらかれをつけあがらせていたのかもしれません。だれもギルをしかる人がいないものですから、ひとたび町に出ればやりたいほうだい。他人の家の壁いちめんにらくがきをしたり、店先にならんでいる商品をくすねたりしては、なかまたちと自慢しあっていたのです。
 ハルとスノウは、そんなギルのことが大きらいでした。ギルがどんな悪事をはたらき、それを得意げに話していても、この二人だけはけっしてほめたり感心したりしなかったのです。そんな態度が気にくわなかったのか、あるときを境に、ギルは二人にちょっかいを出してくるようになりました。そして、その標的にされたのはもっぱらスノウのほうでした。
「おい、おまえの母ちゃんいつ帰ってくるんだ?」とあざけったり、「おまえの親父、また酒場でよいつぶれてたぞ」と言ってからかったりすると、スノウはいつも顔をまっかにして怒り出します。そうなると、ハルもまっさきにとびだしていつも味方になってくれますが、そのようすをみたギルは、なかまの男の子たちとげらげらわらいながら、
「へっ、また女の子にかばってもらってるぜ」
「いこうぜ、あいつのちかくにいるとなよなよ虫がうつっちまう」
 と言って、どこかに行ってしまうのでした。
 スノウはあふれるくやしさを拳にこめてにぎりしめ、下くちびるを噛みながら、くるりとふりかえって歩き出しました。そのすぐうしろを、ハルがなにも言わずついてきます。
(ぼくがよわくてなさけないから、あいつらにあんなことを言われるんだ。もっとたくましく、ひとりでもりっぱに生きてゆけるような、つよい人にならなくては。いつもハルに頼ってばかりではだめなんだ……)
 さいきんスノウはハルといっしょにいると、そんなことばかり考えていたのでした。


「どうしたの? 元気ないね」
 学校へむかう道を歩きながら、ハルがたずねました。
「そんなことないよ、ぼくは元気さ」
「またギルのこと? あんなやつ、ほうっておきなさいよ」
「ちがうってば!」
 ギルのことになると、いつもスノウは少しムキになります。これ以上なにかいうとスノウのきげんがさらにわるくなることをハルは知っていたので、もうなにもいいませんでした。
 それからしばらくだまったまま二人は歩きつづけていましたが、気まずい空気をかえるためにスノウは話頭を転じました。
「ハルはさ、雪の女王ってしってる?」
「雪の女王?」ハルはきょとんとした顔でききかえしました。「なあに、それ?」
「ぼくのおばあちゃんがまだ元気だったころ、よくうちにきてくれてたの、おぼえてる? そのとき、いろんなはなしをしてくれたんだ。ここからはるか北の土地に、『冬の国』っていう、一年じゅう季節が冬で雪にかこまれた国があるんだって。その国をおさめているのが、雪の女王って人なんだとさ」
「一年じゅう冬ってことは、一年じゅうずっとさむいってこと? いやよ、そんな国」
「それが、それほどわるい国じゃないそうだよ。その国にすむ人たちはみんな苦労やなやみなんてひとつもなく、争いごとなんかも起こらないってはなしだ。だけど、雪の女王には後継ぎがいなくて、一年に一度、冬の季節になると、その後継者にふさわしい子どもをさがして世界じゅうをさがしまわっているんだって」
「ほんとうかしら」と、ハルがいぶかしげにいいます。
「もちろん、ほんとうかどうかなんて、わからないけれど……」
「じゃあ、もしわたしたちのどちらかが雪の女王の後継者にえらばれたら、冬の国につれていかれちゃうってこと?」
「まさか、世界じゅうに子どもなんてたくさんいるじゃないか。ぼくたちがえらばれるなんてこと、ありっこないよ。でも、もしそんな苦労もなやみもない国なんてものがあったとしたら、行ってみたいとおもわない?」
「うん、でも……」
 ハルはちょっとなやむように考えてから答えました。
「わたしは、わたしのことをしらない人たちがたくさんいる国に、たったひとりで行くのはこわいわ。お父さんやお母さん、それにスノウとはなればなれになるのなんていやだもの」
「……」
 そこで会話はとぎれ、ふたたび沈黙したまま二人は歩きつづけました。
 やがて学校の校舎が目前にみえてきました。話しながら歩いていたため、いつもよりおそくなってしまいました。授業のチャイムが鳴るギリギリに登校してきた生徒たちが駆け足で門をくぐって行きます。そのようすをみた二人もあわてて駆け足になり、どちらがさきに教室へたどりつくか競争しました。





(つづく)