アヒルのトーマス #3
「ではダルトンさん、ご協力願えますかな?」
名指しされたダルトンは一瞬ピクリと体をこわばらせましたが、なんとか平静をよそおって、「え、わたしですか?」と言いました。
「もちろんです。さきほど、物忘れに悩んでいるとおっしゃっていたではありませんか。ささ、こちらへ、こちらへ」
ダルトンはトーマスに従うまま、機械の前にある椅子に座りました。もちろん彼はトーマスの発明品を疑っていたわけではありませんが、いざ椅子に座り、あの奇妙な形状のかぶりものを頭にのせられると、不安は否応なくつのってくるのでした。そのようすに気がついたトーマスは不安そうな面持ちのダルトンを気づかって、「だいじょうぶですよ、ダルトンさん。いままで一度たりとも失敗したことなどないのですから」と念を押して、意気揚々と準備にとりかかりました。
「さあ、あとはこの電源ボタンを押すだけです。ダルトンさんは何も考えず、リラックスしていてください。よろしいですかな?」
ダルトンはこくりとうなずきました。
トーマスが機械のスイッチを押すと、ゴウンゴウンとうなりをあげながら機械は起動して、赤や緑や黄色のランプをせわしく点滅させました。
さて、当のダルトンの様子はと言いますと、特別変わったところもなく、ただそのちいさな目をぱちくりさせているばかりでした。
「どうです、なにか変わったところはありませんか?」トーマスがたずねました。
「うむ、たしかに微弱な電流は感じますが、これといっておおきな変化はないように思われます」
「ふむ、ですが、もうあなたの物忘れはすっかりなおり、頭脳は明晰になっているはずです」
「ほう……、しかし、あまり実感はないようです」
ダルトンのあいまいな反応に、様子をうかがっていた観客たちもやや半信半疑な面持ちです。このままではまずいと感じたトーマスは、機械のダイヤルのひとつをすばやくつまむと、それをグイッっとひと回ししました。
すると機械のうなりはにわかにおおきくなり、小刻みだった震動はややはげしくなりました。
それまで平然と座っていたダルトンの様子にも変化が見られ、すこしだけブルッと震えると、ちいさな目をカッと見開いてこう言いました。
「おお……! だんだん頭のなかがすっきりと、晴れ渡って澄んでゆくようです。まったく悪い気分はしません。それどころか頭は妙に冴えて、つぎからつぎへと斬新なアイデアが湧き出てきます。これはじつにすばらしい!」
興奮気味に話すダルトンの様子を見て、観客たちもおもわず「おおっ」と感嘆の声をもらしました。
これであのなまいきなアルバートの鼻をいくらか明かしてやれただろうと、トーマスは満足げにうなずきながら、そろそろ機械の電源を切ろうとしてスイッチに手をのばすと、その手をガシッとなにものかにつかまれ、トーマスはおもわず身をこわばらせました。
「いやいや、トーマスさん。もうすこし、もうすこしだけ待ってください。イヒヒヒ、こんなすばらしい気分ははじめてですよ。もうちょっとだけ、もうちょっとだけ待ってください、イヒヒヒヒ」
ダルトンは恍惚の表情をうかべながらそう嘆願してきました。トーマスはこのまま続けてよいものかどうか迷いましたが、本人がそう言うのならと、電源スイッチから手を離しました。
「イヒヒヒ、これはすばらしい、すばらしい。でも、あとすこし、あとすこしなんですよ。あとすこしでもっともっとすばらしい効果が得られそうなんです。あとすこしなのになあ、イヒヒヒ」
そのとき、おそれていた事態が起きました。錯乱状態におちいったダルトンがさらなる効果を得ようと、やにわに機械のほうへ跳びかかると、ダイヤルやらスイッチやらをめちゃくちゃにいじくりだしたのです。
「アッ!」とトーマスが制止に入ろうとしたときにはもうすべてが遅すぎました。機械はすさまじい震動とうなりをあげ、ついにはボカンッ! と爆発してしまったのです。
(つづく)