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都市工学科の演習を振り返って

東大の都市工学科都市計画コース学士課程にて中心的な科目である演習を一通り終えた。
演習では2年秋学期から4年春学期までの4セメスターにかけて、大きく5つの設計・計画策定の課題に取り組んだ。文京区根津の小公園と集合住宅を設計する演習課題では建築・地区スケールから、横須賀市の都市計画マスタープランと中心市街地活性化基本計画を策定する演習では地区・自治体・都市圏スケールから都市を分析・提案した。個人課題もあればグループ課題もあり、週6コマ(105分×6)(2年時は4コマ)の演習時間と授業外の作業を加えた時間を費やした。
それぞれの演習で学びを得た一方、特に個人課題は納得のいく作業の進め方ができなかった。個人的な計画性はさておき、自分の演習の進め方に問題があるようだった。問題があることは認識していたが、明瞭な言語化ができないまま演習を終えてしまった。

最近になって、その答えは演習、ひいては都市工学に対する向き合い方を整理することで見えてくるのではないかと思えてきた。学部生の知識で(かつそれすらも不勉強なぼくが)まとめられることは高が知れているが、現時点の振り返りを兼ねてまとめてみたい。

都市工学科について

都市工学科は2つのコースに分かれる。都市工パンフレットから記述を抜粋する。(以降太字筆者)

都市工学科は、現代の社会的要請に応えるために設立された工学部の中では新しい学科です。都市問題及び環境問題の重要性が広く一般に認識され、1962年に学科が発足し、1966年に第1回卒業生を送りだしました。

都市工学科には、都市計画コースと都市環境工学コースとがあり、それぞれが環境問題や都市問題を解明するための専門的カリキュラムを組んでいます。都市工学科設立の目的は、都市のフィジカルプランナー(すなわち物的・空間的存在によって形成される諸環境の計画とデザインを行う者)の教育・養成、ならびに都市問題に対処する工学的研究・教育にあり、その対象領域は都市を中心としながらも、都市的生活領域の拡大や全地球的都市化にともない、農山漁村を含む地方圏や国土全体、さらには地球環境全体におよびます。また、工学技術にその基盤を置くことは当然ですが、工学部の中では、法学、経済学、社会学、歴史学、心理学、美学、哲学など社会科学・人文科学と密接な関係にある専門分野です。

本学科は、都市計画コースと都市環境工学コースで構成されています。両コースともに、国土や地方圏、都市全体、都市を構成する地区、さらには各種都市施設などを対象とした調査・分析、計画立案、設計・実現の各局面において能力を発揮できるような専門家を養成することを目的としています。このような学科の性格から、当学科のカリキュラムは午後の多くの時間をさいて、演習と実験に充てています。当学科は、学生が、これらの時間を有意義に用いることを通じて、単に与えられた課題を解くのではなく、自らの観点から都市を眺め、課題を発見し、これに対処する能力を開発することを期待しています。

また、都市工学科のあゆみでは、

東京大学で唯一、「都市」について専門的、総合的に教育、研究している学科です。

都市の「スペシャリスト」から社会の「ジェネラリスト」まで、幅広い人材を育成しています。 

との記述がみられる。
要約すると、都市工学科は都市の諸問題を扱う学問であり、都市のフィジカルプランナーを養成すること、都市問題に対処する工学的研究・教育を行うことを目的としている。多様な学問分野を横断しながら、国土レベルから地区レベルまで複数のスケールで都市を分析し、自ら都市の課題を発見して対処する能力を開発することを目指す。

ぼくが都市工学科に関心を持った理由は、都市工学が多様な学問分野を横断する姿勢と、都市の課題解決を目指す実学の側面に魅力を感じたからだ。

都市工学と横断

都市工学という学問分野の説明にはしばしば「横断」というワードが用いられる。

  1. 異なるスケールを横断すること(スケールの横断)

  2. 文理問わず学問分野を横断すること(学問領域の横断)

  3. 都市の分析から解決手法まで横断的(総合的)に取り組むこと(都市工学内の分野の横断)

  4. 多様な主体の視点を横断しながら分析すること(関係主体の横断)

特にスケールの横断、学問領域の横断が強調して用いられる印象がある。
スケールの横断は演習を通して感覚的に身についたように思う。1/1000スケールでは周辺地区とのネットワークや動線を把握し、1/100スケールでは隣棟との関係性や利用者の具体的なアクティビティを検討する、といったようにスケールごとに検討すべき事項がある。それらを往復しながら計画していくことで部分・全体共に整合性の取れた計画立案ができるということだ。

学問領域の横断については、ぼくは演習内では上手くいかず沼にはまってしまった。都市にまつわる他分野、例えば貧困の問題を考慮して設計や計画を試みても、都市工学の領域だけでは太刀打ちできなかったり、あるいは初期条件すら問い直す必要が出てきてしまう。学問を横断的に捉えるべき箇所とそうでない箇所の分別をつけることがいつまでもできなかった。

実際に都市工学科は文系から進学する学生が多く、さまざまな関心の学生を受け入れる懐の深さのようなものがある。しかし、都市工学が都市に関するあらゆる学問とつながりを持つという説明に対しては疑問を持っている。少なくとも演習においては都市工学に対する都市社会学の見地からの検討はあまり必要とされていない。都市工学が学問領域を横断しているという説明は部分的に正しくても、適切ではないように思う。

都市工学の学問の性質から整理する

そこで、都市工学の学問的性質を整理することで都市工学が「横断」的であるという別の切り口を探ってみたい。

都市工学は都市のあり方を問う

都市は生活の場でありながら、経済活動の場であり、政治的な場でもある。都市を分析する際にはこうした都市のさまざまな側面を多層的に、かつ時間軸を導入しながら把握することが求められる。
例えば、独自の魅力を持つ下町にある狭小な住宅地が防災面で欠陥を持つことが判明した際には、対応策として地区を一体的に開発する方法もあれば、道路を拡幅することで対応する方法もある。この場合、既存住民のコミュニティが場所と紐づいて路地空間を形成している場合には開発を行うことで失われてしまう。その一方で住民の安全を軽視することもできない。もし対象地区に史跡が存在していたら保全すべきだろうか…
このような場合において(実際的な意思決定とは別に)考えを深めると、都市/都市空間とは何かという問いに結びつく。この問いには多くの学問分野から説明を試みることができるが、最終的には個々人の価値判断に依拠することから定性的議論を展開できる人文科学の知見が役立ちそうだ。各学問分野から都市や社会の変容を捉え、それらの現状を社会課題として抽出することもできる。

都市工学は実学である

都市工学は名の通り「工学(Engineering)」である。実学として都市に対して実践的な手法を提案することが求められる。交通や人口動態を分析・予測するための新たなモデルを構築したり、あるいは制度的な構築を行うことで新たな知見、手法を見出すことを目指す。

都市工学は都市の専門家を養成する

都市工学科は都市に関する専門家(都市のフィジカルプランナー)養成を目的にしている。これは都市工学科の成立背景である、戦後日本の環境問題・都市問題とも関連している。ここでの専門家は、工学的な理論を学ぶだけでなく、実践的な技能の習得も重視している。その一つが都市のスケール感の獲得だ。

都市工学に限らずとも工学部自体が専門的な人材育成の一面を持つが、都市工学における都市の専門家養成は性質が異なると感じている。これを教育学研究科修士課程と教職大学院の違いを例に挙げて説明したい。

教育学研究科修士課程と教職大学院はどちらも教育に関する修業年限が標準で2年の大学院であるが、前者は教育学に関する研究を行い、修士論文の提出が求められる。一方で後者は教員として必要な実践的な教育を行い、基本的に修士論文の提出は必要ない。学位は前者が教育学(修士)であるのに対し、後者は教職修士(専門職)という違いもある。

教職大学院は、専門職大学院の一つである。専門職大学院は「大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするもの」(学校教育法第99条第2項)であり、研究でなく特定の職業の人材育成を目的としている点が一般的な大学院と異なる。
参考(6.(3)大学院修士課程と専門職大学院との制度比較 文部科学省

都市工学科で目指す都市の専門家養成は、ここで言う教育学研究科修士課程と教職大学院の双方の性質を持ち合わせているように思う。つまり、都市工学の研究という側面と、都市計画関連の職業の人材育成の側面の双方を備えていると説明できそうだ。カリキュラム上では卒業論文と演習がそれぞれ対応していると捉えられる。

タイトル/関連分野/近い学問/演習で取り組む?課題
都市のあり方を問う/人文科学/文系っぽい/都市社会の課題
実学である/工学/理系っぽい/都市空間の課題
都市の専門家を養成する/都市計画職/専門職大学(院)っぽい/都市計画の課題

かなり雑だが都市工学を3つに分類してみた。都市工学は人文科学的な知見をベースに工学的なアプローチで取り組みながら、本課程自体が都市工学の専門家養成の側面を強く持つ。これらの領域を横断が都市工学の横断の説明とできるのではないだろうか。

演習の位置づけ

上記の整理を踏まえて学科の演習の位置づけを振り返ると、都市計画関連の職業の人材育成を目的に研究ではなく実践の機会として設けられたカリキュラムであると考えられる。そのため、学問的に都市のあり方を問うことや、工学的な新たな手法を提案することは重要でなく、都市の基本的な分析・提案手法の習得が目指される。

ぼくはこの三者の区別をつけられておらず、かつ人文科学っぽい領域に関心を寄せていた。その結果、演習では「都市社会の課題解決」をしようとしてしまった。そこが演習で上手く進まなかった原因だった。

終わりに

都市工学が横断的であるという説明を、学問の性質から行うことで演習の位置づけと自分の認識とのズレを認識しようとした。
都市工学を学ぶ学生によって関心領域や、都市工学に対する認識は多様であるため、その認識の違いが演習の向き合い方に影響を生んでいそうだ。ともかく、このカリキュラムはキャリア選択のふるいとしてある程度機能しているとは言えそうである。

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