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神奈川13区はどうなるのか?

(トップ写真は綾瀬市役所から見た風景)

今年秋に解散総選挙が予想されますが、衆議院神奈川県第13区(以下、神奈川13区)の現状と解散総選挙となった場合の予想を述べたいと思います。

神奈川13区は、神奈川県のうち大和市、綾瀬市と横浜市瀬谷区を区域としており、比例区では南関東ブロックに属しています。
この神奈川13区の区域は日産自動車の大規模事業所の縮小で経済に影響が出たと言われていますが、そのマイナスの影響をカバーするかのように横浜、東京の郊外住宅地としても成長を続けています。近年では、相模鉄道(相鉄)の新横浜、東京都心直通が実現したことでも注目を集めています。
神奈川13区の区域で政治的な重要性があるといえば、米軍厚木基地の存在であり、深刻な騒音問題等を抱えています。隣接した神奈川20区には在日米陸軍の司令部が置かれているキャンプ座間があり、在日米軍全体、しいては日米安保体制の枢要な地域となっています。

神奈川13区の概要

神奈川13区は2022年(令和4年)公職選挙法改正以前は、大和市、綾瀬市、海老名市、座間市(2017年に一部の地域が16区へ移行)を区域としていました。
同改正により、海老名市と座間市が抜け、代わりに横浜市瀬谷区が5区から移行してきました。瀬谷区は横浜市の一部であるとともに、横浜市では少数派の旧相模国(鎌倉郡)に属し相摸野台地上にあること、相鉄本線の沿線で同線が区民の生活の足となっていることから、県央地域との近さも感じられます。
それでも、人口約14万人の海老名市、約11万人の座間市(先述の16区移行地域を除く)が抜けたことは大きい影響といえます。元の13区内の人口の約4割以上に相当します。
一方、編入された瀬谷区の人口は約12万人で現在の13区の人口の約27%であることから、区域内の最大都市である大和市(約24万人)と綾瀬市(約8万人)を抑えていれば影響はそれほど多くないとも考えられます。
しかし、瀬谷区は中選挙区時代からこれら県央地域の都市と同じ選挙区になったことがありません。大和、綾瀬、海老名、座間の4市は旧神奈川3区、瀬谷区は泉区、戸塚区など他の横浜市の行政区と同じ旧神奈川4区の一部でした。その後の小選挙区制でも戸塚区、泉区と同じ5区に含まれていました。
つまり、瀬谷区内の政治的な地盤となる勢力は基本的に5区、ないしは旧4区時代から続く横浜市の一部としてのものであり、県央地域とは異なるものであろうことは想像がつきます。これが旧13区で戦ってきた候補者たちの戦略にも影響します。

強固な地盤がありながら「国替え」 ー 自民党・甘利明さん

神奈川13区で長く選出されてきたのは、自由民主党(自民党)の甘利明さんです。甘利さんは1983年に中選挙区制での旧神奈川3区で初当選以来、今に至るまで議席を守り通してきたベテランです。しかし、中選挙区制では一度もトップ当選をしたことがなく、小選挙区制移行後は3回の比例復活ということで、神奈川13区は甘利さんの無風選挙区ではありませんでした。
神奈川13区は都市型選挙区ではありますが、近年の投票率は常に50%は超えており、甘利さんの強固な地盤であるとともに、常に足元をすくわれる危険性がある選挙区でもあり、甘利陣営の苦労とその結果としての支持者の多さに賛辞を送るべきところなのでしょう。
ところで、過去3回の比例復活のうち、1996年は新進党との激しい競合があったこと、2009年は民主党の大勝で政権交代が実現した選挙であったことから、甘利さんの小選挙区敗北については政局の影響があったと思われます。しかし、2021年の選挙は自民党の圧勝でした。これは2016年のUR口利き疑惑によるネガティブキャンペーンが成功したものとされています。
現在、甘利さんは次の総選挙では新設の神奈川20区での出馬を言明しています。理由は20区を構成する座間市と相模原市南区が中選挙区時代の地盤であることとされています。13区に編入される瀬谷区が前述のとおり中選挙区時代から全く無縁であったこともあります。
しかし、小選挙区制移行から四半世紀、甘利さんの支持基盤が座間市にはあっても相模原市南区にどれだけ残っているのでしょうか。南区の人口は約28万人で20区の7割近くを占めます。前回の選挙でも座間市では対立候補に得票数で負けています。逆に13区に残存する綾瀬市で勝っていますが、大票田の大和市での負けをカバーできていないので転出を決めたのでしょう。
それでも、13区にとって甘利明という存在は非常に大きいものがあり、この巨人が消えたことによって13区の行方が混迷の度合いを強めていると言えるのではないでしょうか。

「保守」「右派」の野党候補 ー 立憲・太栄志さん

2021年の総選挙で自民党の甘利明さんを破って神奈川13区から選出されたのは立憲民主党(立憲)の太栄志(ふとり・ひでし)さんでした。失礼ながら、太さんのことについては知らないことばかりなので、まずは経歴や政策・主張等を調べてみました。
1977年生まれ、鹿児島県沖永良部島出身。中大院修了後、長島昭久衆議院議員(当時は民主党、現在は自民党所属)秘書を経て、米国の各研究機関で日本の外交・安全保障問題を研究してきたとされています。
2015年民主党神奈川県第13区総支部長に就任。民進党、希望の党を経て、2017年の総選挙で神奈川13区から希望の党公認で立候補。この時は甘利明さんに敗れ比例復活もならずダブルスコアで落選しています。
その後、2018年に旧国民民主党が結党され、同党神奈川県第13区総支部長に就任。2020年には旧立憲民主党と旧国民民主党の合流により現在の立憲民主党に参加して同党神奈川県第13区総支部長に就任しています。
太さんにとっては6年越しの夢を叶えた戦いであり、最初に秘書として仕えた長島昭久さんが田中角栄元首相の秘書を務めた朝賀昭さんを遣わし、朝賀さんの指導のもとで当選までに10万軒の戸別訪問、街頭演説と月1回のタウンミーティングを徹底して行ったというくらい力を入れて地盤を作り上げたといわれています。
この太栄志さんの政策・主張は、経歴から察せられるとおり、立憲民主党の中でも極めて「保守」または「右派」と称して差し支えないものです。
専門の外交・安保分野で安全保障関連法の成立について「評価する」と答えており、憲法改正についても「自衛隊(国防軍)の保持の明記」「集団的自衛権の保持の明記」など、自民党にも近いような主張をしています。
皇位継承問題については「男系男子主義者」であり、驚いたことにアベノミクスについても「どちらかといえば評価する」と主張しています。
ただ、日韓関係の修復を主張するなど、立憲民主党らしい活動にも力を入れています。もっとも、最近の岸田政権では韓国との関係改善には力を入れています。
こうしてみると、太さんも政策・主張面では甘利さんとそれほど変わっていないのではないかと思えます。2021年の総選挙では日本共産党(共産党)が13区での候補者擁立を取り下げ、事実上の野党統一候補として勝利したのですが、太さんに投票したリベラル、ないしは左派の有権者はどのような気持ちだったのか興味深いところです。
次回の総選挙も太栄志さんは引き続き出馬する意向を表明しています。しかし、立憲民主党自体の大敗が予想されている中、太さんがどのような戦い方をするのか、そもそも、立憲民主党自体が党論が一致せず、どのようなスタンスで戦うのかすら見えてこない状況で、甘利さんという強敵がいなくても厳しい戦いになることかと思います。

「自民党不在」の現状

前述のとおり、自民党の甘利明さんが20区に「国替え」したため、現在の神奈川13区には自民党の衆議院議員はおろか、同党選挙区支部長もいません。今年4月の統一地方選の応援で、菅義偉前首相が横浜市各地で遊説しましたが、瀬谷駅前での演説会では5区選出の坂井学衆議院議員が同行していました。
この13区から総選挙に打って出ることを噂されている県議会議員や市議会議員の話も聞きません。また、落下傘候補の噂すら出てきません。例えば、遠い山口県の県連所属で比例単独で衆院議員に選出されているものの、次の総選挙では比例単独は難しく小選挙区を探さなければいけないとされている杉田水脈さん。他の選挙区での出馬の噂は出ていますが、まさに自民党空白地帯と化している神奈川13区で出馬という噂は聞いたことがありません。

今は噂も聞こえてこない状況ですが、私はある自民党系の神奈川県議とその弟に注目しています。
横浜市瀬谷区選挙区選出の田村雄介県議。田村さんは1980年生まれ、公式サイトの経歴から神奈川区出身と思われます。高校卒業後、いくつかの職業を経て、坂井学衆議院議員秘書から神奈川県議会議員となり現在3期目。
田村さんの公式サイトを見れば分かるとおり、田村さんと菅義偉前首相とは深い関係があるようです。また、秘書として仕えた坂井学さんは菅前首相を事実上の領袖として無派閥衆議院議員で構成される「ガネーシャの会」のメンバーです。
神奈川県選出の国会議員でも、有名政治家である甘利明さん、河野太郎さん、小泉進次郎さんなどとは違い、菅前首相を中心とした非世襲議員によるグループがあり、彼らが「ガネーシャの会」を含む「菅グループ」を構成する複数の集団のメンバーとなっています。「菅グループ」が派閥化する噂は前からありますが、派閥であるかどうかに関係なく、菅前首相を中心とするグループが当然ながら神奈川県、殊に前首相の選挙区がある横浜を中心に県議会、市町村議会にも影響を及ぼしていることは容易に想像がつきます。
田村さんについてはこればかりではありません。実は田村喬さんという弟がいるのですが、議員でもなく、顕著な業績を誇る財界人や言論人でもない一般人であるにも関わらず、安倍晋三首相時代の「桜を見る会」に参加したり、安倍元首相の「国葬儀」にも参列しています。
田村喬さんについては、むしろ「政治知新」というネットサイトの管理人ということで有名です。このサイトは共産党の吉良佳子議員が夫と一緒にいるところの写真を掲載して「不倫」などと書き立てたデマサイトとして知られており、吉良さんから名誉毀損で強い抗議を受けています。
それに加え、田村雄介さん自身も2019年の県議選で、知人などを介し、インターネット掲示板などに対立候補を中傷する内容を書き込み、神奈川県警が名誉毀損容疑で書類送検しています。田村さんはこの事件で自民党離党ののち、翌年に復党していますが、2023年の統一地方選では無所属で出馬しています。
この田村兄弟は、菅前首相の庇護のもとで政治活動をしている一方、他党の政治家に対する名誉毀損行為を行なっていることで、これを安倍政権、菅政権の工作活動のように見る向きもありますが、安倍晋三さんや菅義偉さんが関与していなくても、政権がこの田村兄弟を優遇してきたことは事実です。
他の県議、市議で田村兄弟ほど政権に近い話も聞かないので、今のところ、この田村兄弟が自民党の神奈川13区支部長となり総選挙に立候補するであろう数少ない有力候補と思われます。

まとめ

神奈川13区では、次の状況がキーポイントとなるでしょう。
・甘利明さんの「国替え」
・野党も「保守」「右派」
・自民党候補の不在

まず、甘利さんの「国替え」によって、現職の太栄志さんを含め、誰が当選するか分からない状況になっています。
次に、太栄志さんが立憲所属でありながら、自民党にいてもおかしくないような「保守」「右派」であり、「リベラル」「左派」にとっては投票しづらい候補でもあるということです。
太さんが「保守」「右派」なので、同じようなスタンスの日本維新の会(維新)や国民民主党は候補を立てにくいと思われ、全選挙区で候補者を立てると主張している維新はともかく、国民民主党が立てる可能性は低いでしょう。立憲自身が太さんではない「リベラル」「左派」の候補を立ててくる可能性も低く、れいわ、共産から候補を立てたとしても、現職である程度の地盤もある太さんに勝てるとは現時点で考えにくいところです。
ただ、自民党候補が不在であり、自民がここに候補を擁立しないとは考えづらいので、その自民党候補と立憲の太さんの事実上の一騎打ちになると思われます。自民党候補が「リベラル」や「左派」であるとは考えにくいので、神奈川13区は自民対立憲であり、「保守」「右派」同士の戦いということになるでしょう。
また、自民党候補については、前述として田村雄介神奈川県議とその弟の田村喬氏のいずれかという予想を出しましたが、これも確実な証拠があるわけではありません。他の県議、市議や落下傘候補の可能性もあります。
「リベラル」「左派」にとってはまたも選択に苦しむ状況で、こういう点からも中選挙区のようなある程度は少数野党でも当選可能な制度が欲しいところです。もっとも、総選挙が直近であればともかく、当面先となれば「リベラル」「左派」にも独自の候補者を立てて選挙準備をすることができますので、完全に絶望することはないと思います。

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