個別最適な学びと協働的な学びの一体化を目指して

1 知識の再構造化の難しさ
2 意図的な授業デザインの必要性
3 これから必要とされる力
4 協調学習を引き起こすための手立て
5 思考途中のたどたどしいことばの重要性
6 協調学習を引き起こすための条件
7 より質の高い知識の獲得
8 適応的熟達者的な学び手を育てる

【知識の再構造化の難しさ】
知識獲得は、個体の持つ先行知識に制約される。
人間の知識は、新しい情報を既有の枠組みと調和するように解釈する、という意味で保守的性格を持つから、再構造化は稀にしか起きない。
人の知識は、新しい情報を既有知識の枠組みになるべく調和するような形で解釈する傾向がある。
 
だから・・・
 
【意図的な授業デザインの必要性】
理解を深めたり、誤概念を修正したりする活動を起こすためには、意図的な授業をデザインする必要がある。
知識の深化や再構築を促すための手段として、多様性を生かした異意見を持つ他者との説明し合いや、外化物を利用した比較参照活動の導入が有効な手段の一つと考えられる。
 
そこで・・・
 
学習科学の理論(協調学習)に注目する。
協調学習=人が他者との対話を通じて自らの理解を深める学びのこと
協調学習で目指しているのは、子どもたち一人ひとりが自分たちなりのわかり方をつかみ、まだわかっていないのはどこかに自分で気づき、その不足分を埋めて理解を深めながら次に知りたいことを自然に見つけていく学びである。 
協調学習が原理として立脚する「人の自然な学び方」は、2つの相互作用の組み合わせとして考えるとわかりやすい。
その1つが各個人にとっての「内外相互作用」である。人は生まれながらにしてもつ見方・考え方の基盤(言葉を話せる、数を把握できる、物の動きを予想できる、生物と無生物を見分けられる、心の存在を仮定できるなど)の上で、生まれ落ちた環境での経験を積み重ね、「スキーマ」と呼ばれる知識の枠組みを自らつくりあげる。この内的・認知的枠組みがあるからこそ、人は外界の情報を一貫した傾向で処理する。
その一方で、人の問題の解き方や考え方などの認知過程は、その時その時にどのようなモノがあるか、どのような人がいるかという「外的リソース」の影響も受ける。それゆえ、人の認知過程はこの内的スキーマと外的リソースとの相互作用(インタラクション)として起きる。だからこそ、細かく言えば一人ひとりの認知過程は違うし、同じ人のなかでも外界の影響次第でその時々の認知過程は変わる。
さて、このような特徴をもつ人が複数集まると、1人のインタラクションの結果として生み出された言動が他の帆とにとってのリソースになるという「インタラクションのインタラクション」が生じる。特に、誰も答えが完全にわからない問題を解こうとする場面では、それぞれの問題理解や解法がインタラクションする前に比べて深まりやすい。これが個人間に起きる相互作用、すなわち「建設的相互作用」である
 
人が生まれながら持っている学ぶ力
・他人と自分の違いを活かしながら他人から学ぶ力
・自分の考えていることを他人に説明してみて自分の考えを変えていく力
 
【これから必要とされる力】
DeSeCoのキーコンピテンシーでいえば、「異質な集団で交流する」
協働する力 問題解決力

21世紀型スキルでいえば、「コミュニケーション」「コラボレーション」「シティズンシップ」
(シティズンシップ=多様な価値観や文化で構成される社会において、個人が自己を守り、自己実現を図るとともに、よりよい社会の実現に寄与するという目的のために、社会の意思決定や運営の過程において、個人と しての権利と義務を行使し、多様な関係者と積極的に(アクティブに)関わろうとする資質)
 
協調的問題解決能力(CPS能力)
二人以上のエージェントが解に迫るために必要な理解と努力を共有し、解に至るために必要な知識とスキル、労力を出し合うことによって問題を解決しようと試みるプロセスに効果的に従事できる能力
 
これらの力、能力を使わざるを得ない状況、使ってしまう状況を作る
 
ナッジ理論 
意図的にその行動を起こさせるよう、環境や仕組み、情報提供を設計する。
「強制」ではなく、行動を選べること、また、それを仕掛ける人、仕掛けられる人の双方のプラスになることが設計の条件。行動経済学に属する。
 
つまり・・・
 
そのような状況が引き起こる可能性が高い学習環境を設定するということ。
 
【人の理解過程及び深化について】
人は、「分かった」内容を他人に説明したいという欲求は持っている。
他人に説明する機会があると、自分なりに「分かった」つもりの内容を説明するが、他人は既有知識や経験が異なるため、いくつか疑問が生じる。
その疑問を相手から受けることにより、自己の「分かった」つもりでいた考えについて振り返り、知識の再構築が生じるのである。
白水ら(2002)の研究により、このような協働的理解過程のプロセスでは、繰り返し吟味する活動を通して徐々に抽象度のレベルを上げながら再構築されることが明らかになっており、理解を深めるための重要なプロセスであることが分かる。
 
人の解が収斂するのではなく、むしろ一人一人が各自の独自な課題理解に基づいて互いに解を提案し合い、相手とのずれを解消させながら各自が独自に自分の解を深めていく。
学習場面で協調作業が重視されるのは、効率の良い学習が期待できるからというよりは、このような学習者自身による理解の構築と再構築にメリットがあるからである。
 
わかっている人は、理解レベルをより分からない人のレベルまで下げる必要が出てくるため、より細かく自分の考えを編み直す必要が出てくる。その過程の中で、わかったつもりになっていたことがわかっていなことに気付き、学び直すが起こる。相手に説明をしていたのに、いつのまにか自分の学び直しになっていく。この学び直しによって、より深く学ぶことができるようになる。
 
さらに・・・
 
【協調学習を引き起こすための手立て】
協働的理解過程のプロセスでは、知識経験の差が大きい学習者同士の方がよい。経験の差が、議論の幅広さを生み、知識の再構築活動がより活発になると考えられる。
一人が「自分にとっては十分納得できる説明」を提示すると、聞き手はその説明者と同じ知識や考え方を共有していることはないのが普通なため、ほとんどの場合、聞き手にとっては了承しにくい部分が生じる。
聞き手がその部分を指摘すると、それが説明者にとって、自分自身納得していたモデルを見直すための手がかりを与えることがあり、それによって説明者は自分のモデルの再構築が可能になる。
初めのモデルがある程度精密なものであれば、この再構築過程によって、今まで気づかなかった新しい見方や新しい疑問が生まれることも少なくない。
 
さらに・・・
 
多種多様な学習教材を用意しておいた上で、学習者同士の説明活動を繰り返していく途中途中で、過去学習した内容同士の関連性も意図的に考える活動を導入することにより、学習領域全体の概念的理解の促進を期待することができる。
 
また・・・

【思考途中のたどたどしいことばの重要性】
Barnesは、「探究型の対話(exploratory talk)」と「最終稿・発表型の対話(presentational talk)」を対比させ、前者のような対話が理解深化を促進しやすいとした。
 
「探究型の対話」=「え?」「もし〇〇なら、△△は?」のように、問の繰り返しを含む対話 考えの比較検討や吟味を生むことが多い 
「探究型」の対話の概念は、その後協調問題解決過程において答えがはっきりしていない段階における自由な考えの出し合いによって、知識の共有や見直しを促す対話として拡張された。
 
そして・・・
 
意見の述べ合い、全面的な批判や無批判の受け入れといった絡み合いのないパタンの対話に対して、不完全で疑問生成的な発話を頻繁に話者交代して行うパタンの対話が理解深化につながりやすいという共通見解を見出すことができる。 
授業を相互に生徒の考え方を解釈し合って自分たちが知識を構築していく過程、すなわちアプロプリエーションとしての学びの場と捉えるならば、そこには「探索的なことば」が欠かせない。
教師と子どもたちは、理解やわからなさをたどたどしく語り、それらを探索的にていねいにつないでいくことにより、「なかばわがもの、なかば他者のもの」という状況が生まれる。
 
秋田 (2012)は、学習とは、なかば他者のものであることばをわがものとする過程と定義し、他者のことばに付け加えしていくことで、なかば他者のもの、なかばわがものとして教室の中で共有され、それぞれの子どもたちの内的対話が可能になると述べている。

「アプロプリエーション(領有)」=異質なもの同士が多様な考えを引き受けながら学んでいく過程
 
秋田 (2012)は,ダグラス・パーンズの理論に基づき、教室内のことばには「最終稿」と「探索的 なことばの2つのそードが存在していることを指摘している。
きちんとした答えである「最終稿」に対して、「探索的なことば」はたどたどしく語られる。ゆえに、他者の考えやことばが入る余地を残していることばである。
 
「探索的なことば」=たどたどしい思考途中のことば 他者の考えやことばが入る余地を残していることば

人間の知識は、経験則、先行知識に制約され、さらに、既有の枠組みや知識と調和するように解釈されるため、再構造化は稀 また、個人の中で第2の自分をつくり、個人内対話をすることで、相互作用を引き起こし、知識の再構造化を期待することはできるが、人は一度「わかった」ことを再度、見つめ直し、修正することはなかなかできない。
そこで、他者が必要となる。
他者は、そもそも経験則も理解レベルも異なるため、「わかった」ことに対して、質問・批判が生まれ、強制的に学び直しが起きる。学び直しが起きることで、「わかった」ことの中に「わかったつもり」だったことがあることに気づく。そして、改めて思考し直す中で、知識の再構造化が引き起こることになる。
 
では・・・協調学習を引き起こすにはどうすればいいのか
 
【協調学習を引き起こすための条件】
協調学習が実現しやすい環境の条件を表5のような4点に整理している。 
・一人では充分な答えが出ない課題をみんなで解こうとしている 
・課題に対して一人ひとりは「違った考え」を持っていて、考えを出し合うことでよりより答えをつくることができる期待感がある 
・考えを出し合ってよりよい答えをつくる過程は、一筋縄ではいかない 
・答えは自分で作る、また必要に応じていつでも作り変えられる、のが当然だと思える 
 
1人で考えるより2人で一緒に考えたほうがより深い理解に到達することがある。 
このようなことが起こる認知過程のなかには、次のようなステップが含まれると想定される。 
1.共同状況が参加メンバー1人1人の思考プロセスの明示的な外化を促進する。 
2.上記が参加メンバーそれぞれに外化された内容の意識的な再吟味を許容する。 
3.上記は批判的な視点や考え方の生成を引き起こしやすく、より深い理解につながることがある。 

建設的相互作用を多人数が参加する授業で安定的に引き起こすには、 
(1)「問い」が共有されている 
(2)答えを出す視点や考え方が各自異なる 
(3)異なる考えを統合して各自が答えを作る 
という設計原理が満たされていることが望ましい。 
 
【より質の高い知識の獲得】
質の高い知識によって、建設的相互作用はより質の高いものになる
質の高い知識=「原理原則や概念」といった教科の本質にかかわる知識
質の高い知識を獲得するためには、「原理原則や概念」について学ぶ各教科での学びを充実させる必要がある。
 
しかし、ここでも知識を伝達するだけの授業では、質の高い知識を習得することはできない。
知識の獲得には、深い納得を伴う必要がある。納得とは、既有の知識や経験との関連づけにおける実感的意味の発生にほかならない。本来的に知識とは、一人ひとりが意味として構成するものなのである。
意味理解が大切であり、「なぜ、そうなるのか」ということを問うこと、そして、他者と考えを聴き合う学びを引き起こすことが重要になる。
 
ということは・・・
 
【適応的熟達者的な学び手を育てる】
「適応的熟達者」= 新奇の場面に遭遇した時に持っている知識や技能を柔軟に組み替えて適用でき、常に向上を目指す熟達者
 
初心者との違いは、(適応的)熟達者の汎用的な思考や記憶の能力・スキルではなく、専門領域の問題をうまく解くことができる「『概念や原理』に基づいて構造化された豊富な知識」、つまり「質の高い知識」にある。(適応的)熟達者は、その知識によって、現象を説明・予測でき、自分の認知過程を評価(メタ認知)しながら適切な行為を取ることができる。 
 
これは・・・
 
資質・能力も、教科等の豊富な学習経験を基盤に成立する。
それゆえ、資質・能力も、それがしっかり働く段階では、教科等の知識(内容知)を含み込んだものになっていく。
(適応的)熟達者になると、内容知と方法知が一体化し、その人なりの「知のネットワーク」が構成されるのと似ている。
内容知=意識(学んで身に付けるもの)
方法知=資質・能力(自分のなかにあるものを引き出して使うもの(誰しもが基本的に持っているもの))
 
適応的熟達者として学んでいくには、 
①絶えず新奇な問題に遭遇すること、 
②対話的な相互作用に従事すること、 
③切迫した外的必要性から開放されること、 
④理解を重視する集団に属していること、 
の4点を満たす環境が重要であると指摘している。 
このような学習環境を学校で実現していくことが鍵となる。
 
授業で、21世紀型スキルを引き出し高めていくには、問いに対する解を対話しながら生み出すと同時に、問いが生まれ学習を深め続ける知識創造活動が重要
 
≪参考引用文献≫
子どもの事実に向き合う 齊藤 慎一 2022 東洋館出版社 
協調学習 授業デザインハンドブック第3版-知識構成型ジグソー法を用いた授業づくり-  東京大学CoREF
学習科学からの視点-新たな学びと評価への挑戦- 益川弘如(静岡大学大学院教育学研究科) 
協調的問題解決能力をいかに評価するか -協調的問題解決過程の対話データを用いた横断分析-                                遠山紗矢香 白水始 2017 
学習科学:協調的な実践科学と理論構築との互恵関係を目指して 三宅なほみ
多人数インタラクションを活用した学習とその支援 三宅なほみ 2009
授業改善力を高める協調的授業観察分析法の提案と実践  益川弘如 村山功 酒井宣幸 石上靖芳 2009
多様性を利用した授業形態 -ジグソー学習法と協調学習支援システムの組み合わせ- 2007 益川弘如 
理解深化につながる対話を見とる指標の提案:対話の疑問を軸として  齋藤萌木 飯窪真也 白水始 2018 
日本の保育アップデート!子どもが中心の「共主体」の保育へ 
大豆田啓友 監修 おおえだけいこ著 小学館 2023 
協同の知を探る 創造的コラボレーションの認知科学 岡田猛・植田一博編著 共立出版 2000  
学習科学の新展開 白水始 三宅なほみ 益川弘如 
「協同的な学び」による授業づくり-多声的な対話に着目して- 田中靖士 2015 
アプロプリエーションとしての学びの生成過程-探索的なことばに着目して- 田中靖士 2016
「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を目指して 奈須正裕/伏木久始編著 2024
note 子どものつぶやきと教師の見取り・役割~学習科学の視点から~ 村山豪
note くっつけるだけでは… 村山豪
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