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合気道開祖、植芝盛平に鉄砲は当たらない!?

合気道開祖、植芝盛平の最も有名で、驚くべきエピソードの一つが、鉄砲の弾を躱したというものでしょう。しかもそれは、5人に同時に撃たせ、さらに撃った瞬間、25メートル先にいたその相手を、投げ飛ばしたというもの。

漫画のような話で、とても信じられるようなものではありませんが、しかし弟子であり、合気道の達人でもあった塩田剛三が、それを目の当たりにしています。

昔、砲兵官が植芝道場へ合気道を見に来たんです。彼らは鉄砲を撃って、銃身が右に曲がっている左に曲がっているなど検査をするんですが、そういう連中がニ五人ほど連れて見学に来ました。

植芝先生は演武を見せた後、「わしゃ鉄砲は当たらんのじゃ」と言ったんですね。そうしたら彼ら怒ったんです、彼らはプライドがあるから。

「本当ですか」と後で詰め寄ってきて、「それじゃあ先生一筆書いてくれ」と。「私は鉄砲で当たっても死んでも何とかかんとか・・・」と書かされて、そして大久保の射的場に連れられていきました。

それはピストルだったんですけど、五人ですよ、五人でニ五メートル離れたところに的があるわけです。それがピストルの一番の射程距離だそうです。

そこで五人が並んでそして植芝先生がニ五メートルの所に立ってそれに向かって一斉にバーンとやったんです。そうすると一人がぶん投げられて先生が後ろに来ちゃった。

「こんな馬鹿なことがあるか。もう一回やらせてくれ」といったけれども二回ともやられちゃったわけ。で、先生は笑っている。

中略

あの大本教の出口王仁三郎と一緒にモンゴルに行ったときも、王仁三郎の用心棒のようなことをしておりました。闇討ちをされた経験があるそうです。

最初に金の玉のようなものが飛んできてシューと音がするそうです。それをパッと避ければ、「その後から弾丸は来るから当たらんのや」とおっしゃった。

高岡英夫の極意要談 編・『秘伝』編集部 39項


実はこの話には、続きがあって、

そのあと、佐藤定次郎という、飛んでいる山鳥の頭を100発100中で当てる、鉄砲の名人に、塩田先生が「俺の先生は鉄砲に当たらないんだ」と連れて行ったら、植芝盛平翁は、「あんたの弾は当たる」とおっしゃった。


塩田先生がその理由を聞くと、

「この人のは当たる。何故かというと心になんにもない。本当にそのまま鉄砲の弾が一緒になって飛んでくる。そこになんにもない。この人の鉄砲は俺にも当たる」

とのことで、「名人は名人を知る」というように、そのことにも驚かれたそうです。


またこのことからも、鉄砲を躱したエピソードの信ぴょう性は、より高く感じますね。

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