東京大学の学費値上げ(の報道)について

国立大学の学費の意義については既にTLでたくさん言及があるのでそちらに委ねることにして、ここでは、国立大学の費用はどのように賄われるべきかという観点から、東京大学執行部の立場を確認しておきたい。

東京大学の行動計画であるUTokyo Compassでは「3つの視点」を置いているが、それに先立ついわば0個目の視点として「自律的で創造的な大学活動のための経営力の確立」が挙げられている。そこには3つの目標が含められており、「『自律的で創造的な大学モデル』の構築」「持続可能な組織体としての経営戦略の創出と大学の機能拡張」「大学が果たす役割についての支持と共感の増進」となっている。要するにカネがないという話なのだが、「自律的」では財源の多様化、すなわち政府支出以外に資金を求めるということを言っている。「持続可能」には時間軸の要素が盛り込まれていて、基金つまり投資・運用のことが主だと思えばいいだろう。最後の「支持と共感」はやや解釈が難しく、直接的には寄付ということになるのだが、同時に、大学に対して資源を配分するという政策の可否は最終的には国民の理解を得られるかどうかにかかっているはずである、という間接的な意味も見逃せない。いずれにせよここで重要なのは、「経営」というキーワードのもとどのように国家予算の外部に多角的な収入源を求めるかを指向しつつも、あくまで大学の公共性・非営利性が大前提の基礎に置かれていたはずだということである。

東京大学は最近「統合報告書」というものを発行している。これは民間企業で一般的になりつつある取り組みで、財務情報と非財務情報を統合しているから統合報告書なのだが、経営に関する情報発信としては最も重要な部類に入るものである。そこには「東京大学が、社会との関係において活動を拡大して、価値を生み出していく。生み出した価値に対して社会から支持をいただく。その支持が支援に繋がり、その支援に基づいて行った次の活動が、また社会へと還元され、支持・支援と繋がる」という「好循環サイクル」を目指していると書かれている。活動そのもので利益を上げる、あるいは費用を補償するという考え方ではなく、「価値」や「支持」を媒介に広く社会との関わりで資金を確保すると言っている(これ自体に、「価値」とは何か、などの問題はあるが、それはひとまず措く)。授業料という制度は現実問題として存在するが、これを拡大する方向に動くのはこの考え方と根本的に矛盾している。教育活動の内部で対価として費用を補償しようとしているからである。

振り返れば五神前総長の末期に大学債が始まり、理事・副学長として社会連携や産学官協創などを担当していた藤井輝夫氏が(一悶着の上で)総長に選出され、そして国際卓越研究大学、というのがこれまでの流れであった。国際卓越研究大学の第1回公募には落ちたわけだが、そもそもこの制度が構想され具体化されてきた舞台である総合科学技術・イノベーション会議やその下位の会議体には五神前総長・藤井総長がメンバーとして参加しており、東京大学執行部の方針と国の政策はオーバーラップしながら生み出されてきた。社会保障支出が増大する一方であるという国家財政事情を見たとき、恒常的な経費負担ではなく基金という形での資金提供とか規制緩和といった国の懐を痛めない政策は、トップ国立大学の生存戦略としてはひとつの現実路線だったという見方もできるのであろう。国の公共政策としての妥当性はさておき、大学内部だけを見れば、自律性をもった論理として矛盾はしていなかったと言っても必ずしも外れてはいないように思われる。だが、授業料値上げとなればもはやそうは言えない。

結局のところ、この事態を収拾していく道筋としては、どのような見通しが立てられるのか。誰に考えを変えてもらわなければならなくて、そのためにはどのような説得が必要、ないし有効なのか。官僚機構と政治機構と民主政の関係についてはいろいろと意見もあろうが、そこをどう考えるにせよ、つい先日もTwitterで盛り上がっていたように、大学に国費が投入されるべきということを自明の理とした言論は受け入れられないだろう。「支持と共感」という東京大学が掲げたワードはそれを意識しているものだったはずだ。もっとも、授業料は研究ではなく教育にかかわるもので、その違いは考慮に入れていいだろう。「光熱費の高騰等」を理由に図書館の開館時間が縮小されるなど、既に学生の教育環境が維持できなくなりつつある。

初等中等教育でも教員への待遇が問題になっていて、教職調整額の増額でひとまずの手打ちはなされたことになっているが、批判は燻っている。これも結局はどこまで公費を投入するかということに帰する。大学に閉じない議論という方向に持っていってもいいのではないだろうか。私たちの社会は教育に対してどのような態度を取っていて、取るべきなのだろうか?


(2024年6月22日追記)この投稿は、筆者以外の著作物を引用している部分を除き、CC BY-NC-SA 4.0の下で利用できるものとします。なお、同ライセンスの認める範囲をこえて利用したい方は、個別に対応を考えますので、筆者までご相談ください。


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