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私のインフレ・ターゲティング ♯3

前回からのつづき)

庶民にとっては迷惑なはずの「インフレ」が「ターゲット」(目標)になっている「インフレ・ターゲティング」ということばがよくわからない。今回はこの概念の意味について、日銀出身の経済学者、渡辺努氏のベストセラー『物価とは何か』をひもときながら、少しずつ考えてみたい。

日銀が目指す物価目標はなぜ変化ゼロではなく「2%程度の上昇」なのか

「物価の安定」と聞いて私が感覚的にイメージしたのは「モノやサービスの値段がずっと変わらない」という状態だ。うまい棒は永遠に10円、ブラックサンダーは永遠に30円、こんなアイス知っとるケ、は永遠に70円+税であって欲しい。

しかし当然ながら原材料費や輸送コストは一定ではないから、企業は提供する物やサービスの値段を変えないと、赤字になって潰れてしまう。生活者の立場としては、モノの値段が上がらない方が生活はしやすいが、かといってブラックモンブランやガリガリ君を作る会社が消えてしまうと夏が寂しい。買う側と売る側のバランスに基づく「物価の安定」は望ましい。

プロはどう考えているのだろうか。『物価とは何か』に、米国の中央銀行であるFed議長を19年間にわたって務めた、グリーンスパンの発言が紹介されている。

アラン・グリーンスパンは、1994年の議会証言で、中央銀行が目指す物価安定とは何かに言及し、「経済主体が意思決定を行うにあたり、将来の一般物価水準の変動を気にかけなくてもよい状態」と定義しています。
(渡辺努『物価とは何か』183頁)

日本の消費者物価指数(CPI)は、1974年、中東戦争に伴うオイルショックの影響で前年比23%上昇した。さらに第二次大戦後の1945年から1949年初頭には、年率190%というインフレもあった。こういう極端なインフレが起きている社会では、人々が常にモノとお金の交換比率の変化を気にして経済活動を行うことになる。大借金して新しい会社を作りたいという人に金を貸す人々は金利をものすごく上げるだろうし、毎月1万円ずつタンス貯金することを心に誓って頑張ってきた倹約家は絶望に陥る。

極端な物価上昇の弊害はつまるところ「未来予想がめっちゃブレる」という点にある。もちろん実際の未来は誰にもわからないが「未来予想」を放置せず、基準を作ってみんなで共有しておくことには意味がある。このへんに「インフレ・ターゲティング」の存在意義がありそうだ。

「ハイパーインフレを防ぐための知恵の勘所は、X%のX(引用者注:物価上昇率)を人々に決めさせるのではなく、中央銀行や政府が決めるということです。人々が勝手にXを決めるとなると、人々の気持ちは移ろいやすいので、Xが揺らぎ、インフレ率の振幅も大きくなる。そうなると経済が不安定になってしまうからです。」(渡辺、同書99頁)

私が知りたかった日本銀行が設定する物価上昇率の目標「2%」の根拠についてもこの本に記述がある。世界の主要通貨であるドルやユーロと為替相場で差が出ることのないように、米国や欧州と同じ2%にしている、ということらしい。それだけ…? しかし実際に年率2%インフレターゲティングの仕組みを導入したニュージーランド、カナダ、英国ではすでに結果が出ていて、インフレ年率5〜20%の間でブレまくっていた物価が、導入後20年間は一貫して変動幅が小さくなっている。このグラフはかなり説得的なので、気になった方はぜひ『物価とは何か』の103頁を参照していただきたい。

ここまでを少しまとめると、

■戦争が起きると不条理かつ大規模なインフレが起きがち

■物価の安定には国レベルの「物価予想の安定」が有効

■「物価予想」の決定権を持っているのは主要通貨を持っている国

ということになる。

次回は「では2022年現在、日本に住む一個人として、インフレ対応をどう考えたらいいのか」ということを、少し考えてみたい。

(次回につづく)


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みんなのフォトギャラリーより
(C)横田裕市氏 https://note.yokoichi.jp/


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