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半年間でのアメリカ留学の学びは、ジ ャ パ ン ・ ヤ バ イ。

みなさん、こんにちは。お久しぶりです、Takeです。

昨年末12月にUniversity of Central Floridaでの約半年間の留学プログラムを終了し、日本に帰ってきました。元々は「地元・滋賀県での観光経営による地域創生」をビジョンとして掲げ意気揚々と渡米した訳ですが(渡米前のnote)、現地滞在期間では大学院の授業のみならず、アメリカでの生活を通して思うコトが沢山ありました。

とりあえず半年間の留学の学びを一言に集約すると、

「ジ ャ パ ン、ヤ バ イ」

この言葉に尽きます。滋賀、滋賀、滋賀!と意気込んでアメリカに渡った僕がなぜ急に日本を憂いているのか、この理由については記事中で説明します。

いきなり偏差値23のタイトルで始まった当記事ですが、このnoteでは主に3のPartに分け、①University of Central Floridaで学んだこと ②ジャパン・ヤバいの理由 ③日本の観光産業にかける希望と3つのパートに分けて書き記していきます。少し長くなりますが、留学の成果報告としてご笑納ください。


①University of Central Floridaで学んだこと

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留学プログラムでは、大学院修士課程の秋季セメスターにて3つの授業を履修しました。毎日、毎週多くのエッセイ課題や予習をこなす上に総合的に英語力も不足していたので、とてもチャレンジングな半年間でした。しかしそれでも何とかオールAの成績が取れてホッとしています。

(1) Tourism Industry Analysis
⇢観光による経済効果を研究し産業としての観光が地域社会・産業にどのように影響を与えているかを学ぶクラスです。Input-Output Model (産業連関表)やSocial Accounting Matrix (経済内で行われるすべての経済取引の流れ)を活用し、実際に観光への投資が他の産業にどれほどの経済的恩恵を与えているかを学びました。

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上記テーブルで示されている通り、農業、機械、防衛、教育そして観光と様々な主要産業への投資の中でも一番に観光産業への投資が相互作用的に経済的恩恵を生み出すという発見は、非常に興味深かったです。また、そもそも論として観光産業は「地域の人々を幸せにするために存在する」のが普遍的な役割・目的であるということを自分の中の原理としてマインドセットすることができました。

当クラスは同大学の日本人正規教員である原忠之先生による授業で、観光による経済効果のみならず日本の観光産業が目指すべき道筋などを修しました。

(2) Tourism industry development
⇢戦後から現代まで時代の流れが進むにつれて、観光産業も大きく発展しました。しかし、その中で生まれた弊害も沢山あります。例えばマスツーリズム(戦後の経済発展を背景に、それまで富裕層に限られていた観光旅行が、幅広く大衆にまで拡大した現象)の発展によって「オーバーツーリズム」が引き起こされたり、Covid-19の影響により現在進行形で多くの観光地が被害を受けている中で次なるパンデミックなどの外部的影響に負けない産業全体の「レジリエンス」や「サスティナブル・ツーリズム(持続可能性な観光開発)」がより注目を浴びています。

そういった時代・状況背景の中で観光産業はどうあるべきか、これからどんな変化が求められるのかを自分の考えや意見を元に学習しました。(ちなみにこの授業は毎週、膨大な量の読書課題とエッセイが出されるので割と鬼畜授業でしんどかったです...。)

(3) Principles of Destination Marketing and Management
⇢◯◯政府観光局、Visit◯◯など、観光地そのものをマーケティング・PRする組織であるDMO(Destination Marketing Organization)の仕組みや役割を学習しました。

日本国内ではよく観光協会と間違われることが多いDMOですが(僕も前までは違いをよく理解できていませんでした...)一言で言えば、主にインバウンド集客をターゲットにデータに基づいた定量的なマーケティングを行う組織です。近年、日本にも多くのDMOが誕生しましたが「アメリカのDMOは日本のDMOより40年進んでいる」と言われる通り、まだまだ発展途上というのが印象です。

日本政府も観光立国を掲げ、2030年にインバウンド6000万人の集客を目標としていますが、達成には日本国内DMOのさらなる進化が必要だと強く感じました。

また授業の中で自分が選んだDMOの施策や形態を学ぶ課題があったのですが、僕が選んだアメリカのTahoe湖を起点としてレイクツーリズムを展開するネバダ州Reno市の取り組みは、滋賀の琵琶湖にも活かせそうで興味深かったです。

②「ジ ャ パ ン ・ ヤ バ イ」


これら3つの授業を留学期間中に履修した訳ですが、冒頭での「 ジ ャ パ ン 、ヤ バ イ」はこれらの授業や、現地での生活を通して痛感させられました。

まず現在、日本経済は物価下落による企業業績の悪化から賃金が減少⇢消費の減退⇢物価が下落する悪循環するデフレスパイラルに長きに渡って陥っています。この国民総貧困化が続く日本では、さらに人口減少・コロナショックという巨大な問題に直面しているのは皆さんが既知かと思います。

それを尻目にアメリカ経済は至って好調で物価も上が続け、株価も上昇、賃金も上がっている、人口も増えているなど日本とは真逆の"イケイケな国"の雰囲気を現地で体験しました。最近見たニュースではGAFA(親会社のアルファベット含むグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)と日本株全体の時価総額が逆転したそうです。ゆえに、日本という国の現状を外から見た結果「 ジ ャ パ ン 、ヤ バ イ」と強く感じるようになった訳です。

にも関わらず、日本はGDP世界3位の経済大国だ!とバブル当時の強かった日本を捨てきれず(事実、一人あたりのGDPは世界32位でG7先進7カ国中最下位、他国が成長し続けている一方で日本は停滞し続けています。)、また人口の高齢化に伴い、自分が生きてる時代さえ良ければ良いや。と考え、変化を嫌う保守的な考えの高齢政治家や経済人は多いのではないでしょうか?(スミマセン、完全に主観です)ただ、戦後の焼け野原から類を見ない経済発展を成し遂げた先人の方には多大なリスペクトを持っています。

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観光産業においても、前項のDMOが発展途上であることもそうですし、DX化の遅れ、産業そのものの地位が低い(賃金が安い、ブラックな職場が多いなど)など課題が山積み現状です。日本政府も観光産業を一大輸出産業として観光セクターに向けて様々な取り組み・支援をしていますが、それに地方の観光セクターがついていけていない現状はなんとも歯がゆいです。

そういった日本とアメリカの観光を含めた経済の現状などを踏まえて、このアメリカ留学で感じたことを一言で集約すると「 ジ ャ パ ン 、ヤ バ イ」になりました。

③ 日本の観光産業にかける希望と決意


前項では少し暗い話題を連連と書いてしましたが、日本の観光産業がまだ発展途上であるということは、自動車産業にとって変わる巨大輸出産業にもなれるポテンシャルを秘めています。そのためにはインバウンド観光客の量から質へのシフトやDX化など、変えなければいけない、行わなければいけないことは山積みですが、希望は必ずあると信じています。

かつての強かった日本経済を取り戻すために、今後、観光産業が大きな役割を担い、日本経済を引っ張る存在になり得ると知ることが出来たのは大きな希望です。

さいごに

この留学を終え、一人の日本人であり、日本という国のために「観光経営の分野で人生を賭け国に貢献したい」と覚悟・信念を持ちました。

もちろん、元々抱いていた、地元・滋賀を観光経営で盛り上げたい、貢献したいという気持ちは下がるどころか一層上がりました。留学中は滋賀県の観光に活かせそうな事例もある中で様々なアイデアを浮かばせながら学びを深めることでき、自分が将来どういった形で滋賀の観光経営に関われるかワクワクしています。

ただ今では滋賀のみならず、その他の地方観光、そして日本全体の観光産業をアップデートし、経済GDPを上げ、国に貢献したいとも思うようにもなりました。

ある本によると人間、20代半ばになると人生の使命みたいなものを考えるらしいです。日本経済の父と呼ばれ日本初の銀行を設立した渋沢栄一は27歳でフランス・パリに行き日本近代化へのヒントを見つけ、不屈の精神で世界医療の大改革を成し遂げたナイチンゲールが進むべき道を見出したのは25歳だそうです。

そして自分がこのアメリカ留学に行ったのも26歳。まだ何も成し遂げていないし、さらに多くの知識やスキル、実績、人脈...etcが必要なのは痛感しています。したがって、自分がこれから日本の観光産業を担うリーダーとして活躍するためには絶えず日々学び、挑戦し、経験しなければいけません。

その先に、いつか「観光経営といえばTake」と呼ばれるような人間になっていきたいと思います。

--End--

P.S. 次回のnoteは「滋賀がとるべきアフターコロナの観光戦略」について書いていきたいと思います!

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