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電子契約に推定効を

電子署名には推定効がはたらくのかはたらかないのか。
本記事を書いている時点(2020年9月1日)では歯切れよく断言はできず、半々の状態です。

そこで、もう推定を認めていいんじゃないか? という話です。



「推定」というのは、たとえば書類にハンコが押してあった場合、その書類の作成者でありかつハンコの持ち主である本人の意思が間違いなくその書類に書かれているものと考えて、裁判の証拠として使うことを認められるということ。ようするに「立証の負担」を軽減する法的技術のことです。(ほんとうはもう少し複雑ですがおおまかにいうとです。)


なぜ「推定」?

そもそもなんでそういうテクニックが必要かというと、契約書など紙の書類を裁判の証拠として提出するときに、それを「本当に本人が自分の意思で作成したものなのか?」って言いだしたらきりがないというか、どっかで「証拠にしてもよい」というジャッジが必要です。

たしかに、実はわからないですよね。書類はあって、ハンコも押してあるけど、ほんとうに本人によるものかどうかは。誰も作成するところを見ていたわけじゃないでしょうし。なんならハンコを押すところだってそうだし。

ただまあ、経験則からいえばハンコって普通本人が大事に保管してるものなんだし、書類にそれが押してあるんだったらいちいち疑うよりもいったん本人によるものと考えた方が話が早いはず。反証があればそれはまた別の話です。

そんなわけで、ここで「推定」というお約束的な方法で、証明を手続的に助けてくれるわけです。判例と法律により、署名とハンコのある書類についてはこの「推定」が認められてきました。

ハンコには推定効がある。だから「そのためだけに出社」をしてまでも、契約書には「ハンコ」を押していたわけです。


脱ハンコ→電子契約が主流になったら?

ところがいまや、電子契約が普及しはじめています。

電子契約なら、ハンコを押すことなく、オンラインで契約の締結ができてしまいます。そもそも「紙」じゃないからハンコは押せないんですが、かわりに「電子署名」といって、一種の暗号技術をつかって、電子ファイルの本人性や非改ざん性を確認できるようにします。とにかく楽だしスピーディです。

なのですが、問題は、もし裁判になってこの電子ファイル(電子契約)を「取引の証拠」としてつかいたいとなったときに、さっきの「推定」があるのかないのかです。

あちこちで言われていることをかき集めて要約すると、電子署名の場合は「当事者署名型」だと推定効がはたらくが、「事業者(立会人)署名型」だと推定効ははたらかない、と整理されます。


「当事者署名型」と「事業者(立会人)署名型」

「当事者署名型」と「事業者(立会人)署名型」ってなんだというと、電子署名の方式の違いです。オーソドックスな方法と、最近出てきた方法とで、手順がちょっと違うわけです。

ハンコの場合でいうと実印と印鑑証明書をつけて押印するのが「当事者署名型」です。具体的には、当事者それぞれが「電子証明書」という、本人確認のようなことをして第三者に発行してもらう証明書をつけて、それとセットで当事者自らが電子署名をするタイプです。

これだと電子署名と本人とが強く関連付けられるから、裁判になっても「書類の成立の真正性」が「推定」される、と、電子署名法という法律にも書いてあるし、一般論としてもそう言われています。


事業者(立会人)署名型による場合

もう一方の「事業者(立会人)署名型」というのは、(これも非常に雑ないいかたですが)クラウドサービスなどで電子署名のサービスを事業者が提供していて、それ(その事業者が提供するクラウドサービス等)をつかって利用者が電子契約を締結したり管理したりする方式です。

この場合、電子署名をするのは利用者たちじゃなくて、クラウドサービスなどの事業者のほう、というところがポイントです。だからここでも無理やりハンコのたとえをつかうなら、当事者が自分でハンコを押すわけじゃなくて(もちろん実印でもなく)、近くにいた「事務員」さんにお願いして「認印」を代わりに押してもらうような感じでしょうか。

あまりうまい例えじゃないかもしれないですが、イメージとしてはこのように「間接的」な感じですね。

で、「事業者(立会人)署名型」は、文字通り「事業者」が電子署名をするんだから、厳密には本人による電子署名にはあたらない、だから推定効ははたらかないんじゃないかというのが今のところの一般論です。

たしかに、電子署名法の3条を読むと、

電子署名法
第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

電子ファイルに「本人による電子署名」があれば「真正に成立したものと推定する。」と書いてあるんですね。

この、「真正に成立したものと推定する」っていうのが先ほどから言っている「推定」のことです。本人が電子署名してるんだったら、たしかに本人の意思による文書と扱おう、っていう意味ですね。

でもいま急速に普及し始めている「事業者(立会人)署名型」のほう、いわゆるクラウドサービスによる電子契約のほうは「本人による電子署名」にあたるのかというと、どうなんでしょうか。解釈の問題になります。

どうやら今のところは、「本人による」電子署名とはいえない(だから推定効は無し)とされています。


「推定」を認めてよいのではないか

ようやく結論なんですが、僕は事業者(立会人)署名型においても「推定」があってもいいのではないかと思います。

なぜなら、たしかに本人じゃなくて事業者が電子署名をするしくみではあるけれど、クラウドサービスの事業者による電子署名は、もっぱら「契約を締結しようとする利用者」にたいするサービスとしてのそれなのであって、すなわち本人の指図のみに従っているのだから、もはや「本人による電子署名」と同視してよいと思うからです。

行政解釈を変更するかなにかして、推定が認められてもいいのではないかと思います。

もちろん、3条の「推定がはたらかない」ことと、「真正性の立証が可能かどうか」ということとはまた別の問題なので、必ずしも3条で推定されなかったからといって、真正性の立証ができなくなるわけではありません。

推定によらずとも他の立証手段により立証できるのだから、あまり推定だけにこだわる必要もない、というスタンスもあり得ます(つまり、推定されなくても立証可能なのだから良しとする)。

でも、こういうのは複雑すぎて一般の人には理解しづらいと思います。

「推定」が判例や法律で認められれば、やはり裁判で立証の負担が減って有利でしょう。それに「推定がない」というフレーズには(詳細がどうあれ)一般的な感覚として相当不利な雰囲気があります。電子契約を導入しようとする企業にとって、「推定がないから不利」みたいな漠然とした不安が心理的ブレーキになるかもしれません。


クラウドサービスの電子署名にも、真正性の推定がはたらくのかどうか。
この点に一刻も早く決着がついて、この記事が過去のものになればいいなと思っています。


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