言ったから
だって、それは"言ったから"。言ってしまったら、言う前には戻れないんだよ。
それは言葉の強さや恐ろしさ、誤解をされる可能性、脆さ、不確かさ、そういうことをとてもよくわかっているから、言うことは、何かを言葉に言うことは何かを変えかねない。
それこそ、それぐらいの"覚悟"で、言葉を発さないといけないと思う。
時々友人に「一度言ったからなんだよ」と言われる。
それは、言った事実と、それを訂正可能であることは分離できるという意味らしい…なるほど確かにそうだ。
でもそれは、"言った"ときの自分の信念や気持ちが変わってしまったら、の話だと思う。もしそうならば、言った事実は消せなくとも、再度伝え直すことはもちろんできる。
僕は確かな信念と覚悟で毎回言葉を選んでる。だから、"言った"ことが覆ることは、自分自身の否定に他ならない。それは自分の人生と言っていいほどに、自分の決断は、否定のしようがないぐらい、深く深く考えてから言葉にするから。
もしその上でも、それをさらに覆すことがあるとすれば、それはきっとまた同じように考えて考えて、また別の決断をして、同じように慎重に言葉を選ぶんだと思う。
その程度の問題なんだと思う。
訂正可能性はいつでもあるが、その言葉にたどり着くまでの練度みたいなものは言う内容や対象によって異なる、ただ、それだけだ。
ちゃんと決断してるよ、後悔したくないから。
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