武器を使わない情報戦ープロパガンダ④

おもしろさで日本を席巻した娯楽プロパガンダ

軍部と民間がタッグを組んで制作

 名称のいかめしさから、プロパガンダは堅苦しいものと思われがちだ。町中にスローガンを掲げた看板がデカデカと飾られ、テレビをつければ指導者のお言葉をキャスターが語り、道路では宣伝車が扇動放送を流し続けるという印象が強い。たしかに、そうしたやり方もなくはないが、実は娯楽をつうじた方法も多い。
 押しつけがましい宣伝は民衆に反発されやすく、効果もいまひとつ。しかし楽しく愉快であったなら、たやすく人の心に浸透する。こうした「娯楽プロパガンダ」は日本の思想戦にも組み込まれ、プロパガンダの第一人者たる清水盛明情報部長も娯楽の重要性を講演などで訴えている。
 おもに戦前・戦中で利用されたのは軍国映画だが、手段はほかにもある。音楽、お笑い、演劇だ。しかも軍部だけでなく、民間企業も率先して娯楽プロパガンダに参加した。当時は政府による検閲が敷かれていたので、娯楽産業が生き残るためには軍への協力が一番の近道だったからだ。そのため戦時下となれば、各企業や団体が軍隊や戦いを題材とした作品を我先と発表している。
 軍部も自前で娯楽を作ろうとはしたものの、一部例外を除き流行ることはほとんどなかった。専門外の分野に四苦八苦するのなら、協力的な企業に任せた方が軍部も都合がよい。つまり当時の娯楽プロパガンダは、軍部と民間企業が持ちつ持たれつの関係で製作されたといえよう。

多くのジャンルでくり広げられた戦意高揚

 代表的な娯楽プロパガンダの例を挙げると、音楽界では東京日日新聞と大阪毎日新聞が合同で「大陸行進曲」を1938年に制作した。日本ビクター蓄音機(後の日本ビクター)より発売されたこの曲は、徳山璉や藤原義江などの人気歌手がこぞってカバーし、ジャズや浪花節などのアレンジ版も発表されたばかりか、日活映画とのタイアップも果たしている。
 浪花節は、戦前の日本で人気を博したジャンルでもある。社会の流行に合わせて企業は巧みに戦争要素を組み込み、客層にプロパガンダを流し続けていたのだ。伝統音楽でも「ハワイ海戦」という琵琶語りを山口錦堂が作曲。太平洋戦争初期の戦意高揚に一躍買った。
 一方、お笑いでは「エノケン」こと榎本健一のレコード「もしも忍術使へたら」の2番に日中戦争の話を潜り込ませ、「わらわし隊」という芸人慰問隊の漫才を収録したレコードも発売された。当然ながら、漫才の題材は戦地や軍隊だ。
 演劇のプロパガンダとしては、日本海海戦30周年という名目で1934年に制作された「太平洋行進曲」が目立つ。海軍軍人の松島慶三が原作を手がけ、宝塚少女歌劇団が演じたレビューである。全6部で構成されたレビューはシリアスな戦争要素の中にもコメディを散りばめ、堅苦しさを軽減するよう工夫が成されている。
 また、子ども向けのプロパガンダも採用されている。絵本や玩具はもちろん、軍国アニメも製作されている。代表的な作品といえば「桃太郎 海の神兵」だろう。公開は終戦目前の1945年4月12日。海軍省の命令で松竹が製作し、開戦初頭の南方進出を桃太郎になぞらえたものとなっていて、ミュージカルシーンなどのクオリティは相当高いものであった。

ミッキーマウスを模した適役の黒ネズミ

 もちろん、これら以前にもプロパガンダアニメは多数制作された。その中でも異彩を放っているのが「オモチャ箱シリーズ」だ。J.O.トーキー漫画部が1934年から製作した8分程度の短編連作アニメで、その第3話「絵本 1936 年」がまさにプロパガンダ一色となっている。
 ストーリーは、少女と動物たちの住む島を黒ネズミの軍団が侵略し、絵本から飛び出た昔話のオールスターが立ち向かうというものだ。その敵役の黒ネズミというのが、まさにミッキーマウスそのものなのだ。戦いではさるかに合戦のウスが戦車に変身したり、カニとクリが爆弾三銃士のオマージュを行ったりと、対米戦を非常に意識した内容となっている。
 1936年といえば、日本のアジア進出で日米関係が悪化しつつあったころである。反米感情をあおる娯楽をつくることで、将来の対米戦にそなえたとも考えられる。
 こうした「楽しめるプロパガンダ」は、当然ナチスドイツや連合国でも盛んに行われていた。そして、こうした宣伝のたぐいが、もっとも恐ろしい手法だといえる。なぜなら宣伝が重苦しいと警戒心もはたらくが、おもしろくてわかりやすければ、民衆も受け入れやすくなる。むしろ率先して楽しむようになり、やがては政府や軍部の主張を信じ込んで、みずから協力するようになる。
 プロパガンダは、おもしろければおもしろいほど、効果は絶大となる。そのために娯楽を利用することは、もっとも効率的だといえよう。

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